036 告白
「店長、少しお時間いいですか?」
日曜、俺は午後の出勤と共に店長を呼び出した。
悲しいことに相変わらず客はほとんどいなかったので、呼び出しても問題はなさそうだ。
「……いい目だね」
「ありがとうございます。やっと自分のやりたいことが見つかりました」
「そうかい。言ってごらん」
「はい! 日菜と結婚してこの店を継ぎたいです」
「そうかい。…………んんんっ!?」
「うわっ!?」
表情筋がほとんど動かない店長の顔のパーツが激しく動いた。目は見開いて、口はパクパクと開閉されている。
驚くだろうとは思っていたけど、ここまで驚かれるのは予想を上回ってきたな。
「ど、どういうことだい? 何が君を……えっ?」
混乱する店長を見るのはもちろん初めてだ。
「俺は日菜が好きです。まさか本人より先に店長に言うことになるとは思ってもいませんでしたけど」
「そ、そうだね。私も娘への求婚を今言われるとは思ってもいなかったよ」
「すみません……でも、それが俺のやりたいことです」
「…………」
店長は冷静さを取り戻したように俺を見つめた。
その視線は痛いが、ここで怯んでいるわけにはいかない。
「いい目だね」
これを言われるのは2回目だ。何がいい目なのかはわからないけど、相当いい目とやらをしているのだろうか。
「この店を継ぎたいから、君はこの店をなくしたくない。なるほど……意外だが面白いね」
「いやその……もちろん無理だったら無理って断ってくださいよ?」
「いやまぁ、私は他の業務で忙しいからね。美影書店を続けるのなら誰かに継がせようとは思っていた」
「……え? 他の業務?」
「私の会社は美影書店だけを運営しているわけではないよ?」
「ええっ!?」
じゃあ俺のやることめっちゃ増えるじゃん! 責任重大じゃん!
「そうだね……美影書店を独立させた会社にして、君をそこの社長にする。悪くはないかもねぇ」
「あの……そもそも俺が継ぐとか日菜のこととかはいいんですか?」
「……君がうちに泊まりに来た時話したことを覚えているかな?」
「日菜のこと、異性としてどう思うかって話ですよね」
「そうだ。あの時私はね、君が日菜と結ばれることを望んでいたからそんな話をしたんだよ」
「えっ!?」
まったくそんなこと汲み取れなかったけど!? どこからそんな感情出てたの?
ってか父親公認じゃん!
「もちろん自分磨きをもっとしなさい。父親というのは娘の彼氏に対して厳しいよ」
「は、はい! 精進します!」
「といっても彼氏にすらなっていない君にこれ以上の説教は無駄になってしまうかもしれないね」
「えっと……」
「私がレジに入る。君は君のやるべきことをしなさい」
「は、はい!」
店長は颯爽とエプロンを着てレジに入った。
心臓の高鳴りがやかましい。親に告げてから本人に告白って、そんな変化球なやり方があるだろうか。少なくとも俺の教科書にはなかった。
「お父さんどうしたんだろ、突然休憩を取れだなんて」
「よ、よう日菜」
「拓人くん! お父さんとの話は終わったの?」
「あ、あぁ。俺のやりたいことについて話したぞ」
「へぇ、気になっちゃうなー」
「気になるか?」
「え? う、うん」
真面目なトーンで返したので、少しだけ日菜は驚いていた。
さて、心臓がうるさいなぁ。
「日菜、俺は日菜のことが好きだ」
「っ!!」
「驚くよな、悪い。日菜には好きな奴がいる、異世界の恋を引きずっているのを知ってて告白なんて非常識だったよな」
「いや、そうじゃなくて驚いたけどえっと……」
「何も言うな。俺の勝ち目が薄いことは分かっている。でも覚悟はできたことを伝えたい。俺はその異世界の男に男として勝って、日菜に惚れられるような男になりたい。日菜と結婚して、この美影書店を継ぎたい。だから今日から頑張るんだ」
「え、えっと……照れるね、うん」
日菜の顔は真っ赤だった。
葛藤もあるだろう。異世界の恋を引きずっている状態で距離の近い者から告白されたのだから、混乱して当然だ。
ただその混乱させた負担は必ず俺が責任を取る。俺が魅力的な男になって、日菜に異世界のことを忘れさせてやるんだ。
「……はは、本当に不器用だなぁ、拓人くんは」
「不器用か……以前にも言われたことがある」
「うん、不器用。すっごく」
「うる…………え?」
日菜は明るい茶色の髪を結んでいたヘアゴムを取った。
茶髪のロングヘアになった少女と、不器用という言葉。そして……柔らかな笑顔。
なぜだろう、重なる。記憶の中の少女と日菜が!
「……気がついた?」
「嘘……だよな」
「森でデートしたよね」
「え、映画の後だろ?」
「そのずっと前」
「ずっと……前……」
「わらび餅、記憶に残ってたんだ」
「わらび餅みたいなデザート……あの子が……」
「うん。美味しいって言ってくれて嬉しかった」
「じゃあ……え? 異世界で好きになった男って……」
「ごめんね、黙ってて。でも女心的に気がついて欲しかったんだ。不器用だけど好きになっちゃった男の子に、自分が誰なのかくらいはね」
「…………謝るのは俺の方だ」
何てこった。
本当に俺は、どうしようもない不器用な男だ。
「それで? 私のことを好きな拓人くんは私とどうしたいのかな?」
「ぐっ……急に異世界の時みたいな話し方するな!」
「ふふ、揶揄いたくなるもん。ずっと我慢してた。我慢できなかった時もあるけど。拓人くんは可愛いからね」
「なんかずっとこんな関係が続く気がするな」
「うん。でも君の魔法のひと言で、大きく変わるかもよ?」
「分かってる。……日菜、不器用で、好きな女の子にすら気がつけないどうしようもない俺だけど、俺は俺なりに人のことを思いやって、日菜のことを行動原理にして生きていくつもりだ。俺と付き合ってくれ」
「……こちらこそ。好きな男の子をずっと悩ませちゃうような悪女ですが、よろしくお願いします」
俺たちは自分たちの悪いところをさらけ出して、ようやく想いが一つになった。
このあと店長や二宮先輩にめちゃくちゃイジられたんだが……まぁ、それはそれで良しとしよう。




