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033 閉店危機

「日菜、今日のシフトが終わったら話したいことがあるんだけどいいか?」


 俺が勇気を出して日菜に告白の前置きを伝えると、日菜は少しだけ表情が和らいだ気がする。


「うん。もちろんいいよ」


 心の中で親指を立てた。これでスタート地点には立てたな。

 俺と日菜、脈がないとは言えない。デートしたし、異世界という共通点から仲良くなっている。2度もお泊まりをした。……無敵だ。ライトノベルならすでにくっついている段階だろう。

 そんな俺の脳内勝ち確BGMを打ち消すような低い声の持ち主がレジにやってきた。


「やぁ。お疲れ様」

「お父さん!」

「店長!」


 普段ほとんど店に顔を出さない店長がやって来た。日菜の家に泊まった時以来か。


「二宮さん、少しいいかな?」

「ういっす」


 二宮先輩も呼び、客のいない美影書店のレジで従業員と社長が集合した。


「急で悪いが、この店を閉める可能性が出てきた」

「えっ……」


 全員が息を呑んだ。

 まったく前置きをしないのは店長らしいが、この重大報告くらいは前置きを入れて欲しいものである。


「と、突然なんで……」

「見てわからないかい?」


 たしかに夜の7時という会社員や学生が帰路にいる時間帯に誰ひとりとして客がいない。こんな本屋は潰れて当然といえば当然だ。

 ただ……今までそんな話、一度も出てこなかった。あまりに唐突すぎる。


「何もすぐにというわけではないよ。まぁ3ヶ月後には閉める可能性があるというだけさ」

「3ヶ月……」

「早いね」

「ちょっと頭が追いつかないし……」

「……すまないね。営業を続けていたけどなかなか成果を出せなかった」

「店長ってどんな営業をしていたんですか?」

「ここの本を引き受けてくれるところさ。売れ残る作品はいっぱいあるからねぇ」


 紙媒体は今や深刻な不況にある。

 俺だって出勤前に電子で読んでしまっていたもんな。

 だから都合よく売れ残りを引き受けてくれるところなんて存在しないだろう。


「確定ではないけどね。みんな心しておいて欲しい。では僕は先に帰るよ」

「う、うん。お疲れ様」


 店長はよく見たらふらついている。たぶんこの店を閉めなくていいように必死になって働いていたのだろう。

 とてもじゃないが告白する状況なんかじゃなくなったな。どうすりゃいいんだこれ。


「アタシ、この店に潰れてなんか欲しくない」

「私もです。売り上げは悪いのは分かっていたけど、ちゃんと毎月来てくれる常連さんもいたし……」


 くっ……悔しいけど俺には何もできない。

 こんな時、魔法が使えたら。

 ……違う。魔法なんかに頼っているうちは、異世界の男に勝つなんて夢のまた夢だ。

 考えるんだ、他でもない、俺の頭で。


「……日菜、二宮先輩。諦めるのはまだ早いです」

「え?」

「何か考えがあるってこと?」

「えっと……中卒の浅はかな考えでよければ。この本屋にしかない、圧倒的な強みを使うんです」

「圧倒的な強み?」

「この本屋にしかないって……そんなのなくない?」

「いえ、ありますよ。それは俺たちです」


 決め台詞のように言ったつもりだったが、2人ともはぁ? って感じの顔になってしまったのであまり盛り上がらなかった。

 これで察してくれる手筈だったが、そう上手くはいかないか。


「俺と日菜。そして二宮先輩。この3人の力を上手く使えばこの本屋にたくさん客を呼べるはずです」

「そんなん無理じゃね? どうするっての?」

「まず宣伝ですが、二宮先輩のアカウントを使わせてもらいます」

「アタシの? いいけど……なんで?」

「4万人もフォロワーがいる限界本屋のバイトなんて二宮先輩くらいですよ」

「私と拓人くんの力っていうのは?」

「俺たちが押し出すのは異世界帰りってところだ」

「異世界帰りを……」

「マジ?」


 正直言ってかなりの博打だ。

 異世界帰りなんて誰が信じるだろうか。せめて魔法が使えたら証明になっただろうけど、あいにく日本で魔法は使えない。剣の振り方だって綺麗さっぱり忘れてしまっている。


「これくらいしか思いつかないし、これくらいしかこの本屋にはないと思う」

「それはそうだね。悲しいけど」

「……まぁやるだけやったりますか! 何呟けばいい?」

「いったん動画で店紹介をお願いします。いきなり俺たちが映ると元からのフォロワーさんが逃げちゃうかもなので、最初の投稿は二宮先輩オンリーで」

「りょ」


 何やら棒を取り出して、スマホに装着して撮影を始めた二宮先輩。あんまり詳しくないのでその辺は二宮先輩に任せよう。


「ねぇ拓人くん、シフトが終わったら話したいことって何?」

「あ、えっと……」


 とてもじゃかいが告白する雰囲気ではない。でも今の勇気が出ている流れを消したくはない。だから……


「店の存続が決まったらまた話すよ」

「……うん!」


 たぶんこれがベストだ。

 ひと通り撮影をしてくれた二宮先輩の動画を確認していたら閉店時間となってしまった。

 もう本屋とか関係ない気がするが、みんなこの居場所を失いたくはないからな。真剣だ。


「じゃあこの動画を今日は投稿して終わりにしましょう。明日は休みですけど……午後とか集まれますか?」

「アタシはオーケー」

「私も大丈夫だよ」

「では明日は集まって美影書店存続のために頑張りましょう!」

「おー!」

「おー!」


 唐突な宣告なんかに負けてたまるか。

 俺たちは俺たちの居場所を守る。これが俺の日本で初めての何かを守る戦いだ!

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