032 背中を押すギャル
お泊まり会の朝は忙しく、日菜は開店からのシフトがあるので起きて朝ごはんを食べたらすぐに出勤した。
対して昼から出勤の俺はまだまだ余裕があるので家でゆっくり過ごしている。
……なんだか朝は凛音の視線がヤバかった。どうヤバイのかは言い表せないが、とにかく、ヤバかった。
そんな凛音も学校に行ってしまったので、俺は家で1人で過ごしている。
「暇だ」
お泊まり会は寝る時以外はみんなといて盛り上がったので、その反動で静かさが寂しさと感じてしまうようになった。
そうだ、と思いつき今日発売のライトノベルを電子で購入して読み進めた。
まぁ新刊は後で自分で品出しするっていう、本屋にしかない体験をするわけだがこうして読んでおけば客におすすめを聞かれた時の参考にもなったりする。
ただ今読んでいるのは流行り物というよりは俺が恋愛の教科書としている一冊だ。
「ぷっ、この主人公鈍すぎるだろ」
笑えるくらいにヒロインの好意に気がつけない主人公。こういう主人公は俺が異世界に行く前からずっと続いているな。
こんなやつ、現実にいるのだろうか。いるとしたらかなりの笑いものになっているに違いない。
ただ新刊では思ったより展開が進み、なんとページの半分くらいでついに主人公がヒロインの好意に気がついた。
「へぇ、やるじゃん」
ページを捲る手が止まらない。これが優れたライトノベルだという証拠だろう。
徐々に近づく2人の距離。紆余曲折を経ながらも、ついに2人は結ばれた。
……えっ!? この巻で最終巻なの!?
読んでから最終巻だと知るのはこれで何回目だろうか。地味に心苦しいからやめて欲しいんだよなぁ。
とはいえ結ばれてハッピーエンドか。それを見届けられたのはいいことだ。
「俺も、そろそろ日菜と……」
分かってはいる。だが日菜が異世界の男のことを引きずっている今、想いを告げるべきではない。
じゃあどうすればいいんだという話ではある。異世界にはこっちの意思で行くことはできないし、そもそも俺の行った異世界と日菜の異世界は別世界のはずだ。
俺は家の鍵をかけ、出勤した。
日菜に挨拶をして着替え、数人の客のレジを相手にしてから品出しに向かう。
「詰み、なのかな」
「何が?」
「いや……ってうおっ!? 二宮先輩!?」
ボーッと働いていたら夕方出勤の二宮先輩が来ていたことに気がつかなかったらしい。
「言うてみ言うてみ。拓人っちのサゲな顔なんて見たくないじゃん?」
「えっと……まぁ、日菜のことなんですけど」
「恋バナキタコレ」
「まぁその……日菜は異世界で出会った男のことをまだ引きずっているみたいで、それで俺に勝ち目がないなーと……って二宮先輩?」
勘違いでなければ二宮先輩は笑っている。
だが俺の悩みを聞いて笑うような人ではないと俺は信じている。
「いやちょっと……ウケる」
「う、ウケる!? 全然ウケないんですけど」
「分かってるって」
何を分かっているのだろうか。
まさかウケると言われるとは思っていなかったので困惑だ。
「お、俺は真剣に悩んでいるんですよ?」
「うんうん。悩め若者よ」
「……一歳差っすよね?」
「んじゃまぁ真面目な話だけどさ」
「最初から真面目にお願いしたいですが……」
二宮先輩は見たことないくらいに真面目な顔で俺を見つめてきた。
「拓人っちってその異世界の男に勝とうとは思わないん?」
「えっ……」
「なんか異世界の男とやらに負ける前提で話しているのがめっちゃ気になるんだけど」
「そ、それは……」
「拓人っちは異世界で出会った女の子のことは好きだったけど、今は想いに決着をつけて日菜を好きだって言ってたっしょ?」
「は、はい。恥ずかしいんで声小さめしてもらえます?」
「だったら日菜の好きな男も、その異世界の男から拓人っちに塗り替えちゃえば解決じゃん?」
……確かにそうだ。二宮先輩は何も間違ったことは言っていない。でも……
「異世界の思い出は悲しいこともあったけど、同時に美化もされやすいんです。日菜は魅力的な女性だから俺は想いを新たにできましたけど、俺の魅力では到底美化された想い出には……痛っ!」
俺の脳天に二宮先輩のチョップが入った。そこそこ強めだったので普通に痛い。
「うじうじすんなし!」
「…………」
「少なくともアタシはうじうじしている男は好きじゃない。日菜もたぶんそう。ってか女の子はみんなそう」
「分かってますよ、それくらい」
「んじゃ胸張れって。拓人っちは磨けば光るって言ったじゃん? 最近光らせたんでしょ? ならいけるいける!」
「二宮先輩……」
「んじゃ分かったって。もし振られたら代わりにアタシが付き合ってあげる」
「え、ええっ!?」
「どーせアタシのことは趣味じゃないんでしょ?」
「い、いやー……そんなこと……」
「目泳ぎすぎ。ウケる」
「はは……」
そんな失礼なこと言えるか!
まぁこれはガチではなく、二宮先輩なりに俺の背中を押してくれているってことだろう。
うじうじしている男は好きじゃない、異世界の男に勝ってしまえばいいか。いかにもギャルらしい考えだ。
でも……そうだな、逃げ続けてきたけど、俺はその男を超える覚悟を持とう!
「わかりました。頑張ってみます」
「いい目じゃん。あ、アタシに惚れたからってわざと失敗すんなし?」
「当たり前じゃないですか」
「……それはそれでなんかムカつくし」
「痛いっ!」
2度目のチョップ。痺れるわ……。
でもまぁ元気は貰えたかな。本当にいい先輩に恵まれたものだ。




