002 異世界に理解あるギャル
雨が降り出していっそう客が来ないからって異世界トークに花を咲かせまくっていると、ようやく人が美影書店に入ってきた。
……といっても客ではないんだがな。
「お疲れっす。出勤でーす」
「由香さんお疲れ様です。雨大丈夫でしたか?」
「余裕っしょ」
書店に似つかわしくないこの金髪少女の名は二宮由香。見ての通りギャルだ。
これでようやく俺、美影さん、二宮先輩とこの店の従業員全員が揃ったな。改めて考えても少なすぎるだろ。
ちなみに俺と美影さんは同い年だが、二宮先輩は大学2年生で一個上だ。
「拓人っち今品出し?」
「はい。異世界ものを中心に」
「んじゃ手伝うね」
「あ、ども……」
この人が隣にいると緊張するが、断る正当な理由もないので受け入れるしかない。
金髪にピアス、さらには香水。
俺には理解できないもので身を包む二宮先輩だが、彼女は実は……
「んで? 今日のおすすめは?」
「この『異世界なら婚約破棄されてもまだイケメンがいるから大丈夫だもんね』ですね。ギャグ寄りで面白かったです」
「ウケる」
「ウケます」
そう、異世界ものが好きなのだ。
オタク文化に理解あるギャルがまさか同じ職場にいるだなんて思ってもいなかった。
ちなみに俺と美影さんが異世界帰りってのも知っている。なぜなら美影さんが異世界から帰ってくる前からこの本屋でバイトしていたからな。店長から聞いていたらしい。
俺がおすすめした作品をなんの悪びれもせずに仕事中に読み出した。客が来てもこのスタイルを貫くため、一部の客からはヤンキーなのではないかと恐れられている。
だが俺と美影さんは知っている。この人は……
「ぷっ、何この展開チョーウケるんですけど。さすが拓人っちのおすすめじゃん」
よく笑い、よく褒める。本当にいい人なのだ。
そしてよく見たらめっちゃ美人だ。赤いエプロンと仕事中だけするポニーテールがめっちゃ似合う。
ネットのアカウントでもフォロワーが4万人いるらしい。自撮りやメイク術をバンバン上げたらバズったと言っていた。
まぁ……たまにそのアカウントのフォロワー稼ぎに利用されそうになるんだけどな。異世界の話をしてとか言って。
魔法でも使えたら俺でもバズれるのかな? でも二宮先輩みたいに顔での引きがないしなー。
「ん? アタシの顔になんかついてる?」
「あっ、いえ!」
しまった、見すぎていたか。あとどうでもいいことに思考を割きすぎた。
「それにしてもマジでロマンあんじゃん異世界。拓人っちたちのサゲな意見聞いてたらアレだけど、普通に行ってみたいわ」
「なんか二宮先輩なら普通に楽しめそうですよね」
「あたり前っしょ。アタシならバチイケメンな王子と結婚してやるし」
「そんなこと言ったら彼氏さんが悲しみますよ」
「いやそんなのいないし。ウケる」
えっ!? いないの!? ギャルなのに!?
そうか、ギャルだから彼氏がいるなんて発想は古いのか。ちゃんと改めよ。4年前からアップデートできていなかったわ。
「拓人っちの世界にこういうイケメンいなかったん?」
二宮先輩は王子の挿絵を見せて問いかけてきた。
イケメンか……あんまり意識して考えたことなかったが、そういやあいつはイケメンだったな。
「俺をパーティから追い出した勇者候補はイケメンだったと思いますよ」
「おっ、やっぱいいじゃん異世界」
「でも性格は難ありですけどね」
「確かに。拓人っち追放してるし」
「最悪っすよマジで」
「ってか拓人っちも美容院行きなって。化けるよたぶん」
「えー? って前髪触らないでくださいよ」
「いやいやイケるイケる。この由香様が言うんだから間違いない」
二宮先輩は俺の前髪をぺたぺたと触り、こうすればイケるなどとアドバイスしてくれた。
ただ距離が近い! ギャルのパーソナルスペースはバグってる! 甘い香水の匂いが鼻をついて危険だ。
「ちょっと由香さん、原町くん。品出しの手が止まってるぞー?」
「メンゴメンゴ」
「すんません」
また美影さんに怒られたじゃないか。
その後は21時の閉店時間までに十数人の客が訪れただけで、ずっと暇な時間が続いた。
閉店業務を終えるとさぁ解散だとなるのだが、今日は珍しく美影さんが俺たちを呼び止めた。
「ねぇねぇ、原町くんは明日から公開のあの映画、知ってる?」
「あの映画……あぁ、『転生勇者は毒を喰らい進化する』の劇場版ですか?」
「そうそう! 金曜は休みだし、あの人気作がついに映画化ってことで、一緒に観に行かない? よければ由香さんも」
「あー、もちろん行きたいけど明日は大学の講義だから無理ぽ」
「そうですか……じゃあ原町くんは?」
二宮先輩は来ない。それすなわち美影さんと2人きりで映画館ということ。
デートやん。はっきりそう思った。
「もちろん行きます。その作品、好きなんで」
俺は親指を立て、自分の中で最大限の笑顔で答えた。
はっきり言おう、俺は美影さんのことが好きだ。優しくて、可愛くて、それでいて俺とも話してくれる。
好きにならない要素なんてないんだよ。ぶっちゃけ付き合いたい。
「良かったー! 数量限定の入場者特典があるんだけど1人だと不安だったんだよねー」
「それくらいの用事ならいつでも飛んで行きますよ」
「おっ、拓人っちカッコいいじゃん」
「ふふ、じゃあ明日の9時に駅の時計に集合でいい?」
「はい! 楽しみにしています!」
急遽明日の予定が埋まったところで解散になった。
ふふ……楽しみだ、こんなに楽しくなりそうなイベント、異世界での村救出イベント以来じゃないか?
心を躍らせて家に帰った。