026 お泊まり会
「ここに来たのはお礼も兼ねているんです。台風の日に兄を家にあげてくれてありがとうございました」
「お礼を言われるようなことじゃないよ。私とお父さんが拓人くんを泊めさせたくてしたことだもん」
「お兄ちゃん、日菜さんいい人だね」
「……だろ?」
一切の否定をしない。
凛音には何か考えがあるんだろう。一旦はそれを信じてみる方向でいこう。
「日菜さん、台風の時のお礼じゃないですけど、よかったらウチに泊まりに来ませんか?」
「ぶっっ!?」
「……なんでお兄ちゃんが咳き込むの?」
「そりゃ咳き込むだろ! なんて提案してるんだ!」
否定しないと誓ったが、一瞬で覆ってしまった。
そういえばこの前に日菜を家に呼べないかとか言ってたな。行動力がついたものだ。
「日菜さん、どうですか?」
「わ、私は泊まりに行けるなら行きたいけど……拓人くんと凛音ちゃんの親御さんの都合もあるでしょ?」
「大丈夫です! お母さん今日は帰ってきません」
「え? そうなの?」
何それ。俺が知らないんだけど。
「うん。お母さん今日から出張だから」
「知らなかったんだが?」
「お兄ちゃんには言ってなかったもんね」
……店長とは違って、母は俺と向き合おうとはしない。
最低限のことをして背を向ける。それが母の選んだ道だった。
「だから全然ウチに泊まりに来てください! ダメ……ですか?」
あ、あざと!
首を傾げ、瞳をうるうると湿らせてお願いする凛音。ズルい、ズルすぎる!
日菜も同じことを思っているようで、断ることができないといった表情だった。
「う、うん。じゃあお邪魔しようかな」
「やったー! 今日の夜、待っていますね!」
凛音は大満足したようで、足早に美影書店を後にした。
もしかして日菜の気が変わらないうちに逃げた? そんなに策士だったりする? だとしたら恐ろしい子だ。
「すごいね凛音ちゃん。私との距離感ほとんどなかったよ?」
「あー……俺と違って社交的だからな」
「すごく仲は良さそうで安心したかな。兄妹がいるの羨ましいなー」
「そっか、日菜は一人っ子か」
「うん。もしお兄ちゃんがいたら……拓人くんみたいな人がいいな」
「え……」
「な、なんてね! あ、いらっしゃいませー」
どういう意味だったんだろうか。
良いようにも悪いようにも捉えられるが、まぁ都合よく受け取っておこう。
その後は特にハプニングも何もなく、逆に会話する機会も少なく、つまらないバイトの時間になってしまった。
ただ閉店作業に入った瞬間、これから日菜が家に来るんだよな……という実感が湧いてきた。
何もやましいことはない。だがこう……ジンジンと体が熱くなるのだ。
「拓人くん、いったん家に着替えとか取ってくるね」
「お、おう。じゃあ待ってるよ」
急に声をかけられたので驚いてしまった。たぶん情けない声が出ている。
それにしても日菜が家に来るのか。昨日の俺に言っても信じないだろうな。
片付けとか不安はあるが、まぁ凛音がいるんだししっかり掃除はしてくれているだろう。
「お待たせ。じゃあ……お邪魔します」
「おう。行こうか」
美影書店の裏に日菜の家があるため、夜道を2人で歩くのは初めてだ。
街灯や月など綺麗なものはたくさんあるが、一番輝いているのは……
「ん? どうかした?」
「いや、なんでもない」
言うまでもなかったな。
「それにしても凛音ちゃん可愛かったなー。お兄ちゃんとしては心配もあるんじゃない?」
「もちろんだ。もし凛音がどこの馬の骨とも知らないやろうと……」
「あはは……お兄ちゃんというよりお父さんって感じだね」
「まぁ父が逃げたしな。父の代わりができるのは俺だけだ」
「……責任、感じてる?」
「それは日菜も一緒だろ?」
「……わかっちゃうか」
俺は自分が異世界に行ったせいで父親を、日菜は母親を家族から奪った。
もちろん俺たちが悪いと断定されると首を傾げたくなる。異世界に行ったのは自発的ではないからだ。
ただ……凛音と母、そして店長にとってみれば俺たちが家族を崩壊させた原因となってしまうのは仕方がないことなのかもしれない。
「あーあ、異世界になんて行っていなければなぁ……とは思わない。不思議だよね」
「俺もだ」
もし俺が異世界に行っていなかったら、普通に高校生活を送り、普通に大学に行っていたことだろう。
それはそれで一つの人生だ。悪いことではない。
でも……その人生には日菜がいない。そんなこと今の俺では到底受け入れられることではなかった。
「よーっし、しんみりした話はここまで! 楽しいお泊まり会になると思うから笑顔で行こう! ね?」
「そうだな。実はかなり楽しみだったりする」
「おっ、ノリいいじゃん! 由香さんから褒められるんじゃない?」
「あの人かなりの褒め上手だからな」
店長がいない分、日曜日よりもっと純粋に楽しめそうだ。
凛音はたぶん何か目的があるはずだが、変にかき回してはこないだろう。
日菜といると短く感じた帰路だった。
「ここが俺の家だ」
「おー……普通だ!」
「はは、何も言うことないだろ?」
特筆事項、なし!
まさにそんな家だ。
だけどこんな家を俺は気に入っている。もちろん日菜の家だって和風で新鮮だったが、普通が一番落ち着いたりもする。
「じゃ、いらっしゃい、日菜」
「うん。お邪魔します」
俺たちのお泊まり会が幕を開けた。
明日はお昼に更新します!




