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023 夢④

「おっはよー!」

「あぁ、おはよう」


 ほとんど眠れなかった俺だが、異世界ではそんなこと日常茶飯事だったのでどうにか乗り越えられそうだ。

 眠れなかった理由が胸のドギドキだったのは初めてだがな。


「この村に来てから朝起きるのが楽しみだったのは初めてだよ! ありがとね、剣士様」

「剣士様……まぁいっか」


 恥ずかしいけどその恥ずかしさも悪くない。なんかちょっと新しい扉を開きそうだった。


「ちゃんとお弁当も作ってきたよ」

「弁当にしては大きくないか?」

「気合入れちゃったからね」

「それは楽しみだ」


 俺は黙って手を伸ばした。

 手を繋ごうという意思だったが、ちゃんと伝わったのか不安で背中に汗をかいている。

 茶髪の少女はそんな俺を見て、少しだけ固まった後に笑い出した。


「ふふっ、本当に不器用なんだね」

「こ、こんなエスコートなんてしたことないんだよ。君は慣れているかもしれないけど」

「ううん。私もデートなんて初めてだよ」

「そ、そうなんだ……そっか」


 このレベルの美人でもデートしたことないのか。不思議だ。

 例えば俺が王子だったらこの子のためにわざわざ王城からやって来るけどな。


「だからめいっぱい楽しみたいな! よろしくね」

「お、おう」


 茶髪の少女は手を取ってくれた。手を繋いでデートすることを受け入れてくれたということだ。

 緊張しながら第一歩を踏み出し、結界の外へ出た。ここから先は山賊が襲ってくる可能性もあるし、運悪くゴブリンの住処に出くわすかもしれない。


「ここから先は危険だが、約束する。君には何人にも指一歩触れさせやしないから」

「う、うん」


 自分で少しクサいことを言ってしまったかと反省した。

 とはいえ茶髪の少女の反応は悪くない。むしろ距離を少し詰めてくれた気がする。

 鳥の鳴き声、差し込む光、木漏れ日。

 どれも良い雰囲気を作ってくれていた。


「すごい……神秘的」

「まさに自然って感じだ」

「そうだね。空気も美味しいし、鳥の鳴き声が心地いい」

「こういうのは村から離れないと味わえないだろ?」

「そうだね。こんなに近くにあったのに、知らなかった。君が私を連れ出してくれたんだね」


 茶髪の少女はジッと俺を見つめてきた。

 すごくいい雰囲気だ。この思いを伝えるのなら今しかないかもしれない。


「なぁ、ちょっと……」

「グギャャャア!」


 ゴブリンの鳴き声が鼓膜を揺らした瞬間、俺は少女の腕を抱き寄せて防御体制を取った。


「えっ、なに!?」

「ゴブリンだ。やっぱり住処を襲われたらしいな」

「誰に……」

「山賊と考えるのが一般的だ」


 あの時、俺が山賊を全滅させるべきだったかもしれない。

 そんなことを悔やむ暇はない。とにかく今はこの子に指一本触れさせないこと、危害を加えさせないことが第一だ。


「どうしてすぐに反撃しないの?」

「俺が反撃している間に後ろから君が撃たれる可能性がある。今は魔力を地面に這わせて範囲を広げているから少し待っていてくれ」

「う、うん」


 不器用と君に言われ続ける俺でも、こと戦闘と命に関わることなら遅れをとることはない。

 ましてやそれが……君の命に直結することなら尚更だ。

 地脈に這わせた魔力の範囲は半径100メートルまで伸ばすことができた。検知したゴブリンは……2体! やはり複数体いたか。


「降霊せよ! 武神の盾と竜王の牙、さらには鴉の翼と鹿の角」


 俺が使える最強の召喚魔法。これにより4つの神器を召喚した。

 まず武神の盾で茶髪の少女の守りを固める。ゴブリン程度の攻撃なら100回食らっても問題はない。

 次に竜王の牙を右腕に装着した。これで突けば岩山すら崩れる。

 さらに鴉の翼を背中に宿した。速さはないが悠々と空を飛べる。

 最後に鹿の角を茶髪の少女に託した。角は粉状になっている。


「もし、万が一君が攻撃を受けてしまったらそれを飲むんだ。どんな傷でも癒してくれる」

「う、うん。わかった」

「じゃあ、行ってくる」


 鴉の翼で飛び、地脈によって索敵したゴブリンを突き刺した。

 声すらでない一撃決殺。神器なだけはある。

 あとは南に一体か。面倒だ。ここから狙撃する。

 竜王の牙に魔力を込め、先端に集めて射出した。

 地脈に沿って魔力弾丸は進み、木を貫通してゴブリンに突き刺さった。


「ふぅ、大丈夫だったか?」

「うん。まったく危なくなんてなかったけど、こんな大層なことして……君って大袈裟?」

「い、いや! 君に怪我をしてほしくなくて……」

「ふふ、わかっているよ。そういうところも不器用だなって思っただけ」

「む……」

「貶しているわけじゃないからね。不器用で真っ直ぐで、すごく可愛い男の子だと思うよ」

「そ、それはどうも……」

「……お昼、食べよっか。お腹空いたでしょ」

「あ、あぁ。いただくよ」


 茶髪の少女が作った料理はとても美味しかった。

 元々の出身地の関係かもしれないが、味も和食に似ていて食べやすい。


「ごちそうさま。なんだか懐かしい気持ちになれたよ」

「そう? それなら良かった! そういえばさっき何か言おうとしてたよね? 何だった?」

「えっ!? あ、いや……なんでもない」


 流れに任せて告白しようとしたがゴブリンでその流れが消えてしまったな。

 惜しいことをしたが、まぁまた機会はあるだろう。


「なぁ、またこうしてたまに散歩しないか? 俺も予定ではまだこの辺りにいるからさ」

「うん! 君から誘ってくれるなんて嬉しいな。勇気あるじゃん」

「……はは、うっせ」


 幸せを噛み締めていると、一羽の鳩が俺の元へ飛んできた。

 凄まじく嫌な予感がする。


「伝令じゃ」

「え!? 鳥が喋った!?」

「南の火山にて手がつけられないモンスターが現れた。お前が討伐に向かえ」


 伝えることを伝えた伝書鳩は事務的に飛び立っていった。


「……南の火山ってここから何百キロも」

「……君を村に送ったらお別れだ。ごめんな」


 俺はたぶん、かつてないほどに悲しい顔をしている。

 でもここでお別れではないはずだ。この異世界にいる以上、またここで出会える。俺が生きてさえいれば。

 茶髪の少女を村に送って、解散したところですぐに荷物をまとめた。

 明朝、俺は少女と顔を合わせることもなく村から立ち去った。

 彼女とセンチメンタルな別れをするのが怖かった。だから俺は逃げたんだ。

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