022 夢③
宴で出てきた料理はどれも美味しくて、人の感謝の気持ちが感じ取られた。
異世界でこんなに温かいものを食べたのは初めてだ。乾いたパン、冷めたスープ、表面だけ温かいパイなどが懐かしい。
ふと、この宴に参加していない少女が目に入った。
いつもなら見過ごしたり、目に入ってもその姿を追ったりはしないのだが、不思議とその少女のことが気になって仕方がなかった。
美しい……ただそれだけの理由なのかもしれない。ただとにかくその子から目が離せなかった。
「村長、あの子は他の村人との交流をされないんですか?」
俺が村長に茶髪の少女のことを尋ねると、村長は目を細めた。
「彼女は村の新入りでね。1年ほど前に加わったんだが溶け込めていないところがあるんだよ」
「そうなんですか」
異世界の村で溶け込むのは簡単ではない。
しきたり、宗教的行事、戒律。様々な村独自のルールが新入りを縛り上げるからだ。
それでも1年間ここにいられたのは他でもない彼女の強さあってこそのものだろう。
俺はふと、マリオネットのこどく何かに操られたように体が動いた。
彼女に話しかけたい。その一心で、一人で黄昏れる少女の元へ向かった。
宝石のような瞳、美しい茶色の髪、エルフのような顔立ち。息を呑むほどの美少女だった。
「や、やぁ。元気なさそうだけどどうした?」
「……ぷっ」
「え!? なんで笑うんだ!?」
「ううん。なんか不器用な話しかけ方だなーって思っただけだよ」
「……悪かったな、不器用で」
「責めているわけじゃないよ。可愛いとは思ってるけど」
「……なんか意外と元気だな。村に溶け込めていなさそうだったから来たのに」
「村に溶け込めないのは君の思っている通りだよ。私が住んでいたところとは別世界で、溶け込むのは時間がかかるかな」
それは俺も同じことを思っていた。
異世界に来た俺にとって、異世界に馴染むのは大変なことだった。移住が少ないから蟠りも少ないが、この子みたいに移住していたら大変だっただろう。他人事とは思えないな。
「なぁ、一緒の席でご飯を食べていいか?」
「え? ……君はこの宴の主役なんだよ? 主役が端っこに来たらダメでしょ?」
「俺は君に聞いているんだ。君が俺と食べたいか食べたくないか、答えてくれ」
「えっと……私はいいけど」
「じゃあ失礼するよ」
許可をいただいたので遠慮なく隣に座らせてもらった。
なんでこんなに積極的になれているのか俺でもわからない。いや、正確にはわかっている。俺はたぶんこの子に一目惚れしたんだ。
馬鹿にされたかもしれない最初の笑う顔で、落ちてしまったんだろう。我ながら単純な話だ。
「どうして君は私とご飯が食べたいのかな? んー?」
「……そんな野暮なこと聞くなよ」
「あはははっ、何それー」
なんかこの子、普通の高校生みたいな話し方するな。ちょっと他の異世界人とは違うというか。まぁ美貌も頭ひとつ抜けているし、話し方くらい抜けていても不思議ではないか。
運ばれてくる皿に乗る料理に手をつけようとしたらいつの間にか8割ほどなくなっていた。
……ん? 俺ってまだこの席で飯に手をつけてないよな?
よく見たら茶髪の少女は次々に料理を口へと運んでいた。すごく美味しそうに食べるから見ていて気持ちがいいが、そんなに食べて大丈夫なのか? と同時に思う。
「い、意外とよく食べるんだな」
「そう? これくらいならペロリだよ。あ、いっぱい食べる女の子は苦手?」
「いや、そんなことはない。不健康でないならどれだけ食べていてもいいさ」
「寛容だねー。じゃあ遠慮なく」
本当に遠慮なく、茶髪の少女はバクバクと食べ始めた。
結局俺よりも多く食べている気がする。すげぇな……と思ったけど別に引いてはいない。
「うーん! すっごく美味しかった。あ、このデザートは私が作ったんだよ?」
「デザートを? いただくよ」
わらび餅みたいな透き通ったデザートだった。
プルプルした食感にほんのりと舌に広がる甘さ。日本人が好きな上品な甘さというやつだ。
「うん、この味めっちゃ好きだ! なんか故郷を思い出すなー」
「そうなんだー、私もなんだよね。この優しい甘さ、好きなんだ」
2人で微笑み合う、本当に幸せな時間が過ぎている。
なんとも言えない甘酸っぱさ。異世界に転生したせいで味わえなかった青春というものを、今ここで取り返しているかのようだ。
「ありがとう。なんかその……失っていた大切なものを取り返せたような気持ちだ」
「ふふ、何それ」
「お、俺も何言ってるのかわからなくなってきた」
「あははは、本当に不器用さんだね」
「じゃあその、不器用ついでにもう一ついいか?」
「うん。どうしたの?」
「その……明日でいいからさ、少しこの辺りを散歩しないか? モンスターとかいるかもしれないけど、俺の側さえ離れなければ大丈夫だから」
「ふーん。カッコいいじゃん」
「だ、だろ?」
不器用なので流れに乗ってデートの誘いをした。
茶髪の少女は悩むそぶりすら見せず、即答する。
「いいよ。じゃあ明日の朝、お弁当を作って待っているね」
「ほ、本当か? あぁ、絶対来るから!」
俺は恥ずかしくなってその場を立ち去った。
恥ずかしい、でも嬉しい。これが青春なのだと、今の俺は確信できていた。
その夜はほとんど寝ることができなかったが、それもまた青春という言葉で片付けた。




