019 恋バナ
店長が風呂に入るということは日菜と2人きりということである。
さっきとは打って変わって、心臓が躍り出しそうなほど舞い上がっているのを自分でも理解できた。
てか……お風呂上がりの日菜の破壊力やばいな。髪も結ってないし、イメチェンしたみたいでドキドキする。あと当然のように同じシャンプーを使ったから自分と同じ匂いがするんだ。それもちょっと……
「拓人くん、なんか鼻の下が伸びているんだけど」
「の、伸びてねぇけど!?」
「えー? 伸びているように見えたけどなぁ」
ニヤニヤとしながら日菜はさっきまで店長が座っていた俺の対面に座った。
「せっかく2人きりだし、2人きりの時にしかできないことをしよっか」
「えっ!? それはまだ早いというか段階を飛ばし過ぎというかでも別に嫌じゃないけど初めてなのでよろしくお願いします!!」
「なんでそんなに早口なの? 聞き取れなかった……」
「あ、何でもないです」
「それよりしようよ、異世界トーク」
「……2人きりでしかできないか?」
「お父さんにはあんまり異世界の話はしないんだ。寂しそうな顔をするし」
たぶんさっきの話と繋がっているのだろう。日菜の生きた異世界の話を聞くと日菜とどう接すればいいのかわからなくなる。だから異世界の話を聞きたくないんだ。
「まぁ……そっか。じゃあ話すか。といってもまぁまぁ話した気がするけど」
「でも拓人くんは4年、私は2年も異世界にいたんだから、まだまだ話すことはあるでしょ!」
「うーん……聞きたいことはあるかも」
「おっ、なになに?」
聞きたいこと、それは日菜が王子のことを好きだったのかだ。
もし日菜が王子のことを想っているのだとしたら俺に勝ち目はない。異世界の思い出は辛いことが多くても美化されがちだからな。
俺も、あの子のことは美化している面があるかもしれないし。
ただストレートに聞くと踏み込んでいるようで気持ちが悪いよな。少しまわり道をして聞くか。
「えっと……日菜は異世界で恋したりしたのかなーって。ほら、俺と違って婚約破棄がある世界だろ? ありそうじゃん!」
ちょっと無理して食い気味に弁明を入れることで気持ち悪さを軽減させたつもりでいるがどうだ?
日菜は少し驚いたようだったが、少し想いを馳せるような表情になった後、頬を赤くして頷いた。
頷いた……つまり、異世界で恋をしたことがあるということだ。
「そ、そうなんだ……へぇー」
「えー? そんなこと聞いてきたのにそれだけ?」
「い、いや深く聞いていいのかわからないし……」
「拓人くんなら……いいよ」
どういう意味だ!? 俺が特別って意味なのか、俺のことなんか恋愛対象として見れていないからどうだっていいという意味なのか!?
こういうのを察する能力が欲しい。二宮先輩助けて……。
「じゃ、じゃあ聞かせてくれるか? ちょっと恋バナしたい気分なんだ」
嘘をついた。
本当は日菜が惚れた男の話なんて聞きたくない。でも流れ的に聞かないのは不自然なので、渋々聞くことにしたのだ。
「うん。ひと言で表すならそうだな……不器用な人だったかな」
「ぶ、不器用?」
「うん」
何だそれ……よくわからん。
「結局その人の名前すらその時は知らなかったもん」
「好きになるほど関わったのに名前も知らないのか?」
「うん。変な話だよね」
まぁ人のこと言えないけど。俺だって森デートしたあの子の名前を知らないし。
「お、王都にいたのか? さぞかしイケメンなんだろうな」
「ううん。婚約破棄されて王都から追い出された先で出会った人だよ」
「へぇ、王族じゃないのか」
少しだけ勝ち目が見えた。が、本当に少しだけだ。
日菜くらいの美人なら王都でもいい人を見つけられそうなものなんだがな。日菜の異世界の奴らは趣味がおかしいのかもしれない。
「その人は本当に不器用だったな。でもたぶん彼も私のことを好きだったと思う! 勘違いだったら恥ずかしいんだけどね」
「い、いや日菜がそう思うならそうなんじゃないか? ってかその……日菜のことを好きにならない男も少ないと思うぞ」
「……ありがと」
照れたように口を尖らせて礼を言う日菜はありえないくらい可愛かった。
さて……日菜が惚れたやつの全貌はよくわからんが、とにかく今も好きなのかどうかが重要だ。
もし今も日菜がその恋を引きずっているのなら俺が入り込むのは難しいということになる。
「日菜はその……まだそいつのこと好きなのか?」
「え、ええっ?」
日菜は顔を真っ赤にして目を泳がせた。
数秒くらいの間を空けて、ゆっくり目線を俺の目線とぶつけて口を開く。
「うん、好き……」
終わった。
俺にとっての終戦宣告に近い。
日菜はまだ、異世界での恋を引きずっている。
「む……なんだいこの雰囲気は」
「お父さん!」
「て、店長……」
「なんだか空気が甘いな。換気するかい?」
「雨入ってきちゃうからいいよ」
「そうかい」
店長は甚兵衛を着こなしながらリビングをウロウロとし始めた。恋バナも異世界トークもここで終了である。
「あまり夜更かししてもいけない。そろそろ寝ようか」
時刻は23時半。寝るにはまぁ妥当な時間だ。
「じゃあお父さん、拓人くん。おやすみ」
「あぁ。おやすみ」
「お、おやすみ」
ショックが抜けないが、ともかくおやすみと言えたことに満足した。
あれ、そういえば俺はどこで寝ればいいんだろう。
「さぁ原町くん、私の部屋へ」
「え……えぇ! 店長の部屋で寝るんですか!?」
「問題あるかい?」
「無いですけど……無いですけど……」
安眠できる気がしないだけだ。
案の定店長のベッドの横に布団を敷いたところですんなり入眠できなかった。
浅い眠り……それは夢を誘発するらしい。




