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001 異世界トーク

 俺が異世界から帰ってきたのが3ヶ月前。そして美影さんと出会ったのが2ヶ月前だ。


原町拓人(はらまちたくと)さん! 聞こえますか? 原町拓人さん!」

「……へ?」


 俺はちょうどとあるダンジョンをソロでクリアしたところだった。

 そんな時、目に映ったのは病院の天井だった。体に力が入らなかったのをよく覚えている。

 そこからはもう怒涛の情報量だった。

 俺が異世界に行っていたのは4年間。それは向こうの時間感覚と同じだったからいいが、ちゃんとこっちでも時間は進んでおり15歳だった俺も19歳になっていた。

 何より驚いたのは妹の成長だったな。12歳で小学生だった妹が16歳になって高校生になっているんだ。目が飛び出るかと思ったぜ。

 初めは異世界に行っていたなんて言っても信じてはくれなかった。

 頭がおかしくなった、狂った。看護師たちの陰口は今でも忘れてはいない。


「お兄ちゃんが異世界かぁ。やっぱり超強いチート能力とかもらっていたの?」


 唯一信じてくれたのは妹の凛音(りんね)だけだった。

 黒いポニーテールをぴょんぴょん揺らし、興味深そうに異世界について聞いてきた。

 凛音は俺が異世界に行っている間にオタクになっていたらしく、異世界物にもかなりの理解があった。

 兄としては妹のオタク化に複雑なところもあったけど、理解者がいてくれることが嬉しかった。


「チート能力なんて偉そうなものは無いぞ。ただまぁ魔法は使えたし、剣の使い方も自然と理解していたけど」

「うわぁ! お兄ちゃん剣と魔法の世界にいたんだ!」

「あぁ。魔法を見るか? 紅蓮の炎よ、すべてを焼き尽くせ!」


 ……魔法は出なかった。

 帰ってきた俺に突きつけられたのはキツい現実。

 中卒で、4年間も社会経験がない。その上この世界では魔法が使えない。

 俺に残ったのはこのえげつない事実だけだった。

 退院してからはすぐに家に引きこもった。

 やり場のない怒り、胸の締め付け、将来不安。どうしようもなかった。

 そんな俺を引っぱり出してくれたのは凛音だった。


「お兄ちゃんって異世界に行っていたわけじゃん? だから本屋さんで異世界作品をオススメしたりするのはどうかな?」


 凛音なりに気を遣った提案だったのだろう。正社員は無理だろうがアルバイトなら……俺もそう思えた。


「よし、じゃあ行ってみるか、面接!」

「うん! お兄ちゃん頑張って!」

「なーに、火焔龍討伐に比べれば簡単なものさ」

「かっこいい!」


 とはいえでっかい本屋さんで働く勇気はなかったので、地元の小さな本屋さんである美影書店(みかげしょてん)という本屋に申し込みのメールを送った。

 すぐに面接の案内が来て、翌日面接即日採用だった。

 こんなあっさり良いのだろうかと思っていたが社会復帰のための第一歩を踏み出せたことに安堵した。

 そして運命の出会いがあったのはアルバイト初日だった。今日のように美影さんと2人で店を切り盛りしている時に、美影さんはこう言った。


「ねぇ、原町くんも異世界帰りなんでしょ? 私もなんだよね」


 耳を疑った。

 頭がおかしい人なのかと思った。が、ブーメランになると思ってその発想はゴミ箱に捨てた。


「えっ?」


 本当に情けない声でこう返事をしたと思う。


「うん、私も異世界帰り。2年間向こうにいたんだ」

「ええっ!? ってか誰に聞いたんですか、俺が異世界帰りって」

「原町くんが面接の時に言ってたじゃん。盗み聞きしちゃった」


 確かに言ったな、異世界帰りだと。

 だって4年の空白期間があったら面接で突っ込まれるなんて当時の俺は理解していなかったから。だから嘘を用意することもできずに正直に答えたのだ。

 そして美影さんも異世界帰りという事実。驚きのあまり語彙力を完全に失ってしまった。

 詳しく話を聞くと美影さんは令嬢に転生したらしく、王子と結婚の話が転生時にすでに出ていたらしい。

 しかし王子には隠された愛人がおり、それにより婚約破棄された。その後は本になっているような追放先でいい人を見つけて幸せに暮らす……なんてことはなく、田舎で細々と暮らしていたらしい。


「壮絶な人生ですね」

「原町くんは?」

「俺はまぁ最近よくあるパーティ追放ですよ。勇者パーティにいて魔王討伐を目指していたんですけどパーティに可愛い女の子が増えてから突然リーダーにクビを宣言されて……」

「ありゃりゃ。邪魔になっちゃったか」

「そこから俺がいなくなってパーティが破綻、俺は可愛い子を見つけて新しいパーティを組んで無双……なんて夢物語もなく細々とソロで冒険者やってたわけです」

「うーーん、世知辛い!」

「お互いにっすね」


 そこから毎日、俺と美影さんは異世界での思い出を共有しているわけだ。

 何しろ俺は4年分の、美影さんは2年分の異世界話がある。2ヶ月ですべて話切るなんて不可能で、まだまだ話せることはあるのだ。

 そんな出会いがあり、今日に至る。


「あっ、いらっしゃいませー」

「いらっしゃいませー」


 美影さんに続いて俺も声を出した。

 客は男子高校生の3人組だった。迷うことなく俺が品出ししている異世界コーナーに足を踏み入れる。

 美影さんは客が来たからとレジへ戻った。


「新刊出てんじゃん、買おうぜ」

「でも3巻が微妙だったからなぁ」

「あーわかる。なんか新キャラが好きになれないんだよなぁ」


 男子高校生たちが話しているのは『勇者パーティから追放された俺、燃え盛る炎のチートとやる気で無双します』って作品だ。

 実は異世界から帰ってきてからそういう作品はよく読むようにしている。まぁ書店員として人気ジャンルを抑えておこうという気持ちもあるが、単純に興味もあったのだ。

 異世界童貞の書く異世界は夢に溢れていて面白いな。と小馬鹿にしながら読むのが俺の読み方だ。趣味の悪いことだとつくづく思う。


「すみません、この新刊って面白いですか?」

「バカ、店員さんがいちいち全部読んでいるわけないだろ」

「ざっくりとなら読んでいますよ」

「えっ!?」


 俺があっけらかんと読んだことを伝えると男子高校生たちは固まってしまった。

 その作品なら俺がシフト時間前に電子で読んだ。勢いある作品だったからな。


「新刊ですが正直言って前の展開で盛り上がれなかった方にはオススメできないですね。異世界という舞台設定に対して燃え盛るやる気で乗り切るという新しい切り口ではあったと思うんですがスタートがピークになってしまったというか。ってかそもそも異世界ってやる気でどうにかなる世界じゃないんでマジで。やる気でどうにかなるんだったら異端審問会になんてかけられないってのあっははははは! って感じです」


 俺の熱弁を聞いた男子高校生たちは「そっすか」と目を合わせずに小さく呟いて本を置いてそそくさと出て行ってしまった。

 む……異世界経験者の目線から率直な意見を言ったのだが何かおかしかっただろうか。


「原町くん、営業妨害」

「えっ!?」

「とりあえず売らなきゃダメなんだよ! 正直なのはいいことだけど君は評論家じゃなくて売り子なの!」

「す、すんませんでした」


 美影さんに怒られてしまった。

 ただ美人というのは怒った顔も綺麗なのだなと新たな発見もあった。トータルでプラマイゼロということにしておこう。


「で、異端審問会って何?」

「あ、それ聞きます?」

「うん。気になる」

「いやー、あの時はちょうどパーティを追放されてすぐだったんですけど、スラム街でパンをたかっていたら優しい人が恵んでくれて。それで手を合わせて『神様仏様』って言ったら宗教団体にチクられて逮捕ですよ」

「うわぁ……」

「裸にされて鞭で打たれて教本読まされて改宗させられて……もう尊厳なんてあったものじゃ……」

「あ、あーごめん。もういいよ。泣かないで」


 俺の異世界での4年間の中でも辛かったランキング上位に入る出来事だ。エピソードの破壊力が違う。


「そういや美影さんが結婚するはずだった王子ってどんなやつだったんですか?」


 俺のエピソードを話したのだからこっちも少し気になることを質問してもいいだろってことでそんなことを投げかけた。

 婚約破棄するタイプの王子だからなぁ。まぁ冷酷なやつなんだろう。


「うーーん……いいやつだったよ?」

「え? 意外と?」

「うん。私のことには興味なかったみたいだけど、愛人さんのことは本気で愛していたんだと思う」

「あ、あー……。王子とのなんか恋愛エピソードとか無いんですか?」

「無いね。私のことなんてすぐに捨てちゃったし」

「それでもいいやつって言える美影さんがすげぇ!」

「ギャップなのかなぁ。私には冷たかったけど愛人さんには本当にデレデレだったもん。ちょっとだけ羨ましかった! 私もあんなにデレデレしてくれる男の子が欲しい!」

「すぐ見つかりそうなもんですけどね」


 美影さんなんてめっちゃ美人なんだから好きになる人なんてそこら辺にいそうだけどな。

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