018 親と子
「お、お風呂お借りしました」
「あぁ。日菜、入ってきなさい」
「はーい」
げっ、日菜がこのタイミングで風呂に入るってことは……
「どうした? 私の顔に何かついているかな?」
「い、いえ!」
店長と2人きりってことだ! 嫌すぎる!
甚兵衛スタイルで日本酒を飲んでいる店長はいつもの怖い目つきで俺を見つめてきた。何を見定められているんだろうか。
「思えば君とゆっくり話す機会はなかったね」
「は、はい。そうですね」
「まぁ座りたまえよ」
「失礼します」
なんでこんなに緊張しなければならないのか。経験はないけど就活の面接みたいな緊張感だ。
店長がお猪口に注がれた日本酒をクイっと飲み干して俺を見つめた。
「君から見て、日菜はどう映る?」
「そ、それはどういう……」
「そのままの意味だ。どう映る?」
いやわっかんねぇ!! どういう意図で質問してんだよそれ!
そりゃ馬鹿正直に答えるのなら「優しくて可愛くて好き好きチュッチュです」ってなるが、そう答えた瞬間に隠し持っていそうな短刀で首を捌かれる未来がなぜか見える。
だからここは無難に答えるべきだ。えっと……
「優しくて仕事熱心で、素晴らしい娘さんだと思います」
我ながらいい答えができたと思ったが、店長の顔のパーツは一つとして動くことはなかった。感情がないのかな?
「そうかい。では質問を変えよう。日菜を異性として見て、どう映る?」
「い、異性として!?」
踏み込んできた! ってかそれが聞きたいのなら最初からそう言ってくれよ!
焦った俺には考える余裕などなく、即興で答えるしかなくなった。
「そ、そうですね。もちろん魅力的です。優しくていい人とは思っていましたが、関わっていくうちにどんどん彼女の温かさもわかってきて……」
美容師にぶっちゃけたのとほぼほぼ同じことを言っているが、日菜の父親に打ち明けるとなると意味合いも緊張感も恥ずかしさも段違いだった。
たださっきは顔のパーツが一つも動かなかった店長も眉毛がピクリと動いた気がする。
「ふむ……」
「あ、あの。なぜそんな質問を?」
「……いやね、親としては悩んでいるんだ。日菜は17から意識を失った。青春の時期を日本視点だと寝て過ごしていたわけだからね」
「それは……痛いほどわかります」
俺は日菜の2倍の期間を異世界で過ごしていた。だから日菜の苦しみは俺にもわかるつもりでいる。
店長は目を細め、俺の顔をジッと見つめた。
「君は日菜と共通点がある。君が面接に来て、4年も異世界へ行っていたと聞いたとき、僕は戦慄したよ」
そうは見えませんでしたけどね。とは口が裂けても言えない。
「……苦しんでいるのは日菜だけじゃない。そう思えたのは君のおかげだ」
「別に俺は何も……」
「ただまぁ、君もまだまだだがね。より自分磨きに勤しみたまえ」
「は、はぁ」
話の核心が見えてこない。この人はいったい何が言いたいんだ?
日菜を異性としてどう映るか聞かれたが、それがどう影響するのかもわからん。なんなんだこの人は。
「君も飲むかい?」
「い、いや未成年ですし」
「そうかい」
あ、今少し寂しそうにしたのはわかったぞ!
うーん……よくこんな表情のバリエーションに乏しい人から日菜が生まれたものだな。失礼だけど血が繋がっているのか疑わしくなる。
「少し失礼な質問をする。答えたくなかったら答えなくていいよ。君の家庭では異世界から帰ってきたとき、混乱は生じなかったかい?」
「まぁ異世界に行った時にはすでに混乱していたらしいですね。昏睡した俺を巡って両親は離婚。俺が帰ってきてから母は俺にどこかぎこちなさを持っています」
「そうかい。私もね、日菜とどう接すればいいのかわからないんだ」
「……それはなぜですか?」
実はこれは母親に聞きたかったことだ。異世界帰りの子どもと、なぜ上手く接することができないのかを知りたい。
「……なぜだろうねぇ。推測でしかないが、今まで私と同じものだけを見ていた子どもが、私の知らないものを見て成長したからかもしれないね。日菜は料理も掃除もできるような子ではなかった。でも帰ってきてからは君の知るように家事をこなせる子ども……いや、大人になっていたんだ」
異世界に行く前と異世界の中での日菜は知らないが、親である店長から見ると大きなギャップがあったんだろう。
凛音にも言われた。お兄ちゃんは4年前で止まっていると。でも俺の中で俺には異世界での4年間があった。だからギャップなんてあって当然だろう。
「こんな親を許して欲しい。君たちの成長に、私たち親はついていけていないんだ。止まった時間が流れていたこと、君たちが成長していることを受け止めきれないんだ」
「気にしないでください……とは言えません。俺たちには俺たちなりの数年にわたる苦労があってここにいます。でも店長は立派だと思います。だって店長は日菜から逃げていないから」
さっきの日菜のことを異性としてどう映るかという質問の意味がやっとわかった。同じく異世界に行っていた俺の目に日菜がどう映るか知りたかったんだ。店長は店長なりに、日菜の青春を取り戻してあげたいと思っているわけだ。
「そう言われると少しホッとするね」
「それに心配はありませんよ。日菜は大人気ですから、すぐに青春なんて取り戻せるはずです」
俺だって、その中に……
「お風呂空いたよー」
俺と店長、両方の肩が同時に震えた。
そんな俺たちを見て日菜は不思議そうに首を傾げるのだった。




