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017 美影家

『もしもしお兄ちゃん? どうしたの?』

「あー……今日はバイト先に泊まることになったから帰らない。よろしく」

『えっ!? ちょっと待ってよ! それってつまり……美影さんの家に泊まるってことだよね?』


 うんうん、しっかり言葉から状況を理解することができるようになったんだな、お兄ちゃん嬉しいよ。ただもう少し鈍くてもいいんだぞー?

 この状況がかなりややこしい誤解を招くことくらいわかっている。一応事前に詳細を伝えた方が拗れないか。


「もちろん店長……あー、日菜の父親も一緒だ」

『だからって……ねぇ?』


 ねぇ? じゃないが。


『お兄ちゃん絶対に変なことしたらダメだからね! 早まってもダメだよ!』

「変なことなんてしねぇよ」

『自分磨きをした拍子に……なんてありそうだから』

「お兄ちゃんそんなに信用ない?」


 とりあえず必要なことは伝えたので電話は切った。まだ凛音は話し足りないといった様子だったが、こっちは店長と日菜を待たせているんでな。


「お待たせしました。その……今日はお世話になります」

「うむ。実家のように寛いでくれたまえ」


 それは無理だろ……とは言えないので愛想笑いで応えた。

 日菜の家は美影書店の裏にあり、通路に簡易的ではあるが屋根があるので雨に濡れることなく家に移動できた。

 和。1文字で表すのならそんな家だった。


「汚くてごめんね」

「いやいや、綺麗じゃないか。趣もあるし、いい家だと思う」

「日菜の掃除は素晴らしいからね。店内の掃除も開店前に日菜がやっているんだから君もわかるだろう?」

「は、はい。承知しております」


 なんだろう、このYES以外の返事が許されないようなプレッシャーは。


「まぁ寛ぎたまえ。日菜、夜ご飯は原町くんの分も準備できるかな?」

「うん。材料はあるから大丈夫だよ」


 えっ!? 日菜の手料理が食えるの?

 なんだよそれめっちゃいいことばっかりじゃん!

 これも勇気を出して自分磨きをしたご褒美か? それともまぁまぁ遡って異世界でほとんどロクな目に合わなかったことの良い反動か?

 他人の家ってどこにいればいいのかわからないな。店長はどこかの部屋へ行ったからまだマシとは言え少し気まずい。

 とりあえずリビングのソファに腰掛けるというより軽く座るくらいでいいか。


「ふふっ」

「ん? どうかしたか?」

「ううん。ただちょっと困惑している拓人くんがその……可愛いなーって」

「なんだよそれ……」


 可愛いって日菜が言うことかよ。いい意味でブーメランだぞそれ。

 しばらくするとキッチンの方からいい匂いと胃袋を刺激する焼き音が聞こえてきた。


「ふむ、いい匂いだね」


 着替え終わった店長がリビングへやって来た。

 和服か、と思ったら甚兵衛(じんべえ)だった。やけに似合うのがすごい。


「はーい、オムライスできたよー」


 オムライス。

 その5文字を聞いて俺の体に電流が走った。

 オムライスといえば男子が選ぶ好きな女の子に作って欲しい手料理ランキングの堂々1位に君臨する料理だ(原町拓人調べ)。

 俺は獲物を目の前にした獣のように、ソファから立ち上がりオムライス一点集中でテーブルに移動した。


「さぁ食べようか」

「いただきます」

「い、いただきます」


 スプーンで卵を割るとふんわりトロトロだった。

 中のチキンライスも満遍なくケチャップが米に行き渡っていて、洋食屋さんのオムライスのようだった。

 口に運ぶとふわっふわの卵と程よく酸味がありがらも優しく甘いチキンライスのダブルパンチでノックアウト寸前だった。


「た、拓人くん、どうかな?」

「めっちゃ美味い! こんなに美味いオムライス初めてだ!」


 母が聞いたら修羅のような顔になりそうな発言だが、事実だし母はこの場にいないのでセーフだろう。

 俺が心から褒めると、日菜はすごく安心したような表情になった。


「……料理も上手だろう?」

「え? は、はい! そうですね!」

「自慢の娘だ」

「そうですよねー」


 なんだ、俺はいったい店長から何を試されているんだ?

 そのやり取りを最後に店長は黙々とオムライスを食べ進めた。甚兵衛にオムライスというのがまたオツなものだと思う。


「はぁ、美味かった。日菜、皿洗いくらいはさせてくれ」

「拓人くんはお客さまなんだからそんなことさせられないよー」

「ただの従業員、それもバイトだぞ」

「んー……じゃあ一緒にやろうか」


 えっ!? 一緒にって……一緒にキッチンで皿洗いをするってことか? 新婚さんじゃん!

 日菜が水で濯ぎ、洗剤とスポンジで汚れを落とした皿を俺が水で洗い流してキッチンタオルで拭いて水気を取る。

 あぁ……結婚どころか付き合うどころかフラグが立つ前から初めての共同作業しちゃったよ。


「お疲れ様2人とも。原町くん、お風呂に入ってきなさい」

「あ、はい!」


 美影家の風呂……それすなわち日菜が毎日入っている風呂。

 その事実だけで少しドキドキできた。ただ浴室へ行くとあまりにも和を意識された風呂場だったために緊張すらも吹き飛んだ。


「うわっ、広いな」


 他人の家の風呂って自分の家との違いがすごく目立つ気がする。

 美影家の風呂はなんというか、木の香りがした。

 それを堪能したかったのかは黙秘するが、普段より少し長風呂になったのは言うまでもない。

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