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016 イメチェン評価

「お、お疲れ様でーす」


 雨風強まる中、俺はそっと美影書店へ足を踏み入れた。

 結局あの後はブローという名の洗髪、シェービングという名の髭剃り、スパという名の頭皮マッサージを受け、やけにもちもちした肌で通勤したわけだ。


「お疲れさ……ま……」


 俺を見た日菜は持っていた本を落としてしまった。新刊だから傷がついていないか心配だったけど、そんなことより今は日菜の反応の方が重要だ。


「えええっ!? 拓人くんどうしちゃったの!? 服も仕事着じゃないし!」


 やっぱりすごい反応だった。


「服はすぐ着替えるよ。ちょっと妹と出かけていてな」

「な、なるほど。なんか雰囲気違うね」

「そ、そうか? あんまり自分ではわからないな」


 嘘をついた。ぶっちゃけ変わった自覚はあるし、それを褒めてもらいたくて仕方がない。

 こんなこと思ったことないのにな。恋ってすげぇ。

 時間が固まったように、2人とも何も言えない時間が生まれてしまった。


「ど、どうかな?」


 勇気を出して沈黙を破る。

 日菜は少し驚いたように肩を震わせたが、すぐにいつもの柔らかい表情に戻った。


「すごくいいと思う。由香さんが言ってた通り、磨けばもっと光るんだね」


 俺は心の中でガッツポーズした。

 先程までは文句を頭で唱えていた美容師へも、今では感謝の気持ちしかない。単純なものだと自分でも思う。


「じゃ、じゃあ準備してくるから」


 照れて顔が真っ赤になる前に従業員室へ避難した。


「お疲れ様だ、原町くん。少し雰囲気が変わったかい?」

「て、店長!?」


 なんと従業員室には店長がいた。この店の店長、すなわち日菜の父親である。

 めっちゃ低い声で喋るから威圧感があるが、この人はそんなに怖い人でないことはなんとなくわかる。


「いいじゃないか。若い子は自分磨きとイメージチェンジを図るべきだ」

「そ、そうなんですかね」

「私も昔はよくイメチェンしたものだよ。モヒカンにしたり、金髪にしたりね」

「えっ」


 似合わな! と叫びそうになったがなんとか堪えた。

 店長はマジで普通の日本人顔なので、どう見ても金髪が似合うような人には見えない。


「まぁ昔の話さ。今日も頼むよ原町くん」

「は、はい!」


 いつもは店長がいることがほぼないので、こうして店長がいるとすごく新鮮だ。

 ただ……店長がいると客がいないからって雑談する雰囲気にならないんだよなぁ。


「原町くん、レジに入ってくれ。私は棚の整理をする。日菜は引き続きレジにいるように」

「はーい」


 チャンスだ。店長がレジから離れるなら二宮先輩並みの大声でない限り話していてもバレることはない。


「……て、店長を見るの久しぶりだ」


 なんか緊張してどうでもいいことが口から出たんですけど!?


「そうだね。お父さん最近はずっと営業回りしていたみたいだし」

「そうなんだ。へー……」


 会話、続かねー。

 なんで俺がイメチェンしたら俺が話せなくなっているんだよ。

 ゴオッ! と音がしたので振り返ると窓に風が強く打ちつけたらしい。


「台風ヤバそうだな。客来るのか、これ」

「んー。来ない気がするね」

「強い台風って言ってたもんな。帰りしんどいな」

「…………」


 何この出会いたてみたいな会話は。

 助けて二宮先輩……なんであなたみたいなコミュ力オバケが今日に限っていないんだよ!

 そのまま変な雰囲気のまま閉店時間を迎えてしまった。

 今日の収穫、イメチェンをすごくいいと日菜に言われた。ついでに店長にも言われた。おわり。

 そう上手くいくことばかりではないわな、と思いながら閉店作業をする。

 外に出てシャッターを下ろす業務があるんだが、風が強すぎてなかなかシャッターが下りてこなかった。


「拓人くん、手伝うよ。すごい風だね」

「あぁ、油断していると飛ばされそうだ。気をつけてな」

「う、うん。きゃっ!?」


 突風が吹いて日菜が足を取られた。

 俺はなんとか日菜の腕を掴み、転倒を未然に防ぐことができた。


「あっっぶねー」

「あ、ありがとう拓人くん」

「お、おう」


 せーのでシャッターを下ろし、なんとか閉店時間を終えることができた。

 といってもこれ……どうやって帰ろう。日菜が足を取られるレベルの風が吹くんだよな。


「原町くん。ちょっと来なさい」

「え? は、はい!」


 店長に呼ばれたので素直に従うが、なんかやらかしたかな。

 時給アップの話とかならウェルカムなんだが、この人の無表情ぶりからはポジティブな話には見えなかった。


「凄まじい風と雨だね」

「そ、そうですね。飛ばされそうです」

「……原町くん、君はしっかりと弁えているかね?」

「え、えっ?」


 なんの話!? 意味がわからない!

 あ、あれか! 客がいない時にぺちゃくちゃ喋っているのがバレたのか!


「そ、それについては……」

「いや、よそう。君を疑う真似はしたくない」

「は、はぁ」

「お父さん? 何を話しているの?」

「いや……まぁ……うん」


 店長も日菜に弱いのか、日菜が質問するとカタコトになってしまった。


「お父さん?」

「あぁ、外はすごい風だろう? このまま原町くんを帰していいものかと責任者としては悩んでいてね」

「へ?」

「つまりだ原町くん、私たちの家で今日は泊まっていかないかい?」

「……ええっ!?」


 店長の家に泊まるってことはそれ……日菜の家に泊まるってことだよな!?


「まぁ君がこの風の中を無理して帰るというのなら強いることは……」

「泊まります! 風めっちゃ怖いんで!」

「そ、そうかい」

「拓人くん泊まっていくんだ! なんか楽しそう!」


 おいおい、マジかよ。

 なんかすげぇいいイベントにぶち当たったじゃねぇか。

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