011 名探偵ギャル
「ちわっすー」
昼時になって二宮先輩が出勤してきた。
相変わらず派手な金髪と香水がこの本屋には不似合いだ。居酒屋ならさぞかし人気が出るだろう。
「あ、由香さん。お疲れ様です」
「二宮先輩お疲れ様です」
「おっつおっつー、ってかマジで疲れてそうじゃん。どしたん? 話聞こか?」
それ男が言うやつじゃない? まぁいいけど。
「キャラくじで見たことないくらいお客さんが来て……」
「あーね、ウケる」
「ウケませんけど」
二宮先輩ってとりあえずウケるって言うよな。ギャルってみんなウケるウケる言ってるのかな。
大学に行っていれば他のギャルもこんな感じなのか調査できたのに。
「エプロン着てきまーす」
二宮先輩は飄々と従業員室へと下がっていった。
「なんか由香さんを見ていると元気になるよね」
「まぁ……独特のパワーはあるよな」
俺にはないタイプのパワーだ。尊敬はする。
数分で二宮先輩は戻ってきて、エプロンを身につけポニーテールにしていた。ギャルなので個人的嗜好には合わないが、美人なので少しドキッとはする。
「んじゃ何する? とりま入荷検品しとく?」
「あー、検品は私がしておくので拓人くんとレジしていてください」
「……りょ」
マジか、日菜と一緒にいられると思ったのに。
っと危ない危ない。俺は顔に出やすいらしいんだ、そんな失礼なこと考えていたらダメだ。
「…………」
「…………」
普段ならすぐに話しかけてくる二宮先輩が今日はおとなしい。
何かあったのだろうか。そういうのって聞くべきか? いや詮索のしすぎも気持ち悪い気がするしえっと……
「ねぇ拓人っち」
「は、はい!」
急に話しかけてくるものだから声が裏返ってしまった。ビビるからやめて欲しい。
「……日菜と何かあった?」
「え? 何かって?」
「とぼけんなよー、アタシにはわかる。何かあった」
「何でそう思ったんです?」
「だって日菜、拓人っちのこと名前で呼んでんじゃん。昨日まで名字だったのに」
「あー」
意外とアンテナ張ってるんだな。
まぁでも人付き合いとかは得意そうだし、そういった人間関係のことに関しては鋭いアンテナを持っているのかもしれない。
「まぁ昨日の映画鑑賞で少し。お互い名前で呼ぼうってことになったんですよ」
「マジ!? エグいて」
「エグいですよね」
正直俺もまだ疑っている。
昨日あんなに楽しいデートができたこと、そして日菜の方もデートだと思っていたこと。
ラノベだったらご都合展開とか言われても不思議ではないくらいに不自然だ。
「付き合ったん?」
「まさか。そんなにぶっ飛びませんて」
「初心かよ、ウケる」
「二宮先輩みたいに百戦錬磨じゃないんで」
「いや、アタシだって恋愛経験ないけど」
「え?」
「ん?」
「ギャルなのに……ですか?」
「ギャルだから恋愛経験豊富って考え古くない?」
古いんだ。あれだ、えっと……何だっけ。
「そういうのステレオタイプって言うんだってさ。何ちゃら学の教授ちゃんが言ってた」
そう、それだ。
二宮先輩はちゃんと講義に毎回出席しているらしい真面目系ギャルなので、授業の内容もしっかり頭に入っているらしいな。
「それは……申し訳ないです。てっきり恋愛経験豊富かと」
「謝ることないって。アタシと拓人っちの仲じゃん?」
「どんな仲なんですか……」
「異世界好き仲間」
「初めて聞いた括り!」
そんな団体に属した覚えはないんだけど。
こうして失礼なことを言っても二宮先輩は笑って許してくれる。それに甘えていてはダメだが、つくづくいい人なんだろうなぁとは思う。
「謝ることないって言われても失礼は失礼ですからね、何か小さなお詫びくらいしたいです」
「真面目かよ、えぐ」
「えぐ……いんですかね?」
「じゃあそだな……異世界の話聞かせてよ」
二宮先輩は椅子の上で足を組んで話を聞く姿勢になった。
スカートで足を組むのはやめて欲しい。見えるって。ギリギリ見えていないけどさぁ。ざ、残念だなんて思っていないんだからね!
「ん? どしたん? キョドって」
「い、いや!? 何でもないですけど!?」
「声裏返りまくりじゃん。ウケる」
くぅ……人を見る目だけは本当に優れているからすぐバレそうだ。なるべく下は向かないでおこう。
「それで異世界の話って何が聞きたいんですか? わりと話している気がするんですけど」
「確かに。アタシ聞きまくったもんね」
「俺の2回目の出勤の日なんか5時間近く聞かれ続けましたけど」
「あーね、あの日はアガったなー」
俺の初バイトの研修期間を謎の思い出に染めたのにまったく悪気がないらしい。まぁなぜか許せてしまうんだけど。
まさかこんなに異世界に興味があるギャルがいるなんて思ってもいなかった。社会に出ると本当に色んな人がいるんだなと思い知らされたよ。
「結局なんだかんだ出勤が被る日は毎日話している気がしますし」
「だってこの本屋客いないじゃん? 暇じゃん?」
「じゃん? じゃないです。気持ちはわかりますが」
やることと言えば品出しか、たまにくる客のレジか、本を読むか雑談するくらいだ。
「んじゃそうだなー……いつもサゲな話ばっかりだし、アゲな話聞かせてよ」
「アゲな話とは?」
「気分が上がる話。いい思い出ってやつ」
「いい思い出ですか……わかりました。一個あります」
俺がそう言うと二宮先輩の目はキラリと輝いた。
本当に異世界が好きで、純粋な人なんだなぁと思う。
さて、楽しい記憶を思い出しますか。




