ある聖女が悪役令嬢になるまで~侍女はかく語りき~
突然ですが、悪役ってだいたい黒とか紫が多いじゃないですか。
私は異世界から来た聖女さんが黒髪で胸元に紫のリボン——その聖女さんが元いた世界での制服だったらしいですが——を着けていた時点でどうにも嫌な予感がしていたんです。でもまぁ、「人を見た目で判断するのは良くない」っていうのは世間一般の常識なので侍女としての仕事を黙々としていたんですよ。だけどまぁ、アレです。「やっぱり見た目通りの方だなぁ」っていうのが、正直な感想でしたよ。
ユキさんと名乗ったその聖女は、確かに聖女として非常に優秀な方でした。大概の魔物は彼女がこの国にいるだけで近寄って来れなくなるし、即死レベルの大怪我をした人間も瞬時に治療してしまう。王も王子もそりゃ絶賛するでしょう、って頷けるぐらいには優れた能力の持ち主でした。その点においてはあの人は間違いなく、最高の聖女でしたよ。
けどまぁ、能力が優れていても性格までいいとは限らない。ユキさんはお察しの通り、とんでもないクズでした。
気に入った男には色目を使い、気に入らない女は徹底的にいじめ抜く。私のような侍女や使用人といった立場の人間には特に顕著でした。ほんの些細なミスでも大袈裟に責め立て、しかもそれをわざわざ周りに言い触らす。人格否定、怒声、罵声は当たり前。おかげで何人もの侍女や使用人が精神を病んで、紹介状もなしに辞めていきました。
私ですか? 私は自分で言うのも何ですが仕事はできる方なので、わりとユキさんに気に入られていました。まぁ、かなりおべっかを使ったしとにかくユキさんの影に隠れて目立たないようにしようと思ってましたからね。それで幸か不幸かずーっと「聖女お付きの侍女」として働くことができていたわけです。
◇
さて、そうやって好き勝手やっていたユキさんでしたが、調子に乗ったのかその所業はどんどんひどくなっていった。
顔のいい騎士が治療に来れば何かと理由をつけて自分の元へと通わせるようにし、女騎士には「これぐらいの怪我で治療に来るなんて騎士として恥ずかしくないんですか?」「戦いができないなら、騎士として向いてないんじゃないですか?」などと言いたい放題。
すぐに悪評が広がって王家への苦情が相次いだのですが、聖女としては先ほど言った通り優秀でしたからねぇ。国王陛下も王子殿下も、ユキさんのことを黙認していたみたいです。
今となっては、その時に誰かが止めていればあんな大事にはならなかったんじゃないかって思うんですけどねぇ。
そうやって増長したユキさんはついに、公爵令嬢に喧嘩を売ってしまった。
公爵令嬢のイザベラ様は同性から見てもとっても素敵で、理想的な女性でした。プラチナブロンドの髪にサファイアのような青い瞳。その立ち居振る舞いは天使のようで、私たちのような侍女・使用人にも優しくしてくださる。おまけに頭もいいときたものです、多くの人々がイザベラ様の虜になっていました。ですがまぁ、ユキさんはそれが気に入られなかったんでしょうね。
「実は私は、イザベラ様から陰湿な嫌がらせを受けています! あの方は異世界人である私をいじめ抜き、陥れようとしているんです!」
そう言い出したんですよ、ユキさん。
いや、陰湿な嫌がらせもいじめもユキさんの方がよっぽどしてるじゃないですか。そう、誰かが言ってくれれば良かったんですが何せ「王家の管理下に置かれた聖女様」ですからね。誰も反論しませんでしたが、代わりに信用もしなかったです。当たり前ですよね、だけどユキさんはなんとかイザベラ様を引きずり下ろしてやろうと考えた。そしてあろうことか侍女の私に、イザベラ様にいじめられたという証拠の捏造を手伝わせたんです。
「あの女がいなくなったら私は王子と結婚して、王妃になれる。そうなったらアンタを私の専属侍女にしてあげるわ。だから私に協力しなさい」
そう嬉々として語るユキさんを見て私は正直、この女狂ってるんじゃないかと思いましたよ。でも残念ながら私は所詮、一介の侍女。聖女様であるユキさんに刃向かうことなんかできず、「かしこまりました」と答えるしかできませんでした。その時のあの嫌らしい笑顔ったらもう……その辺の魔物よりこの女の方がよっぽど悪魔みたいだ、って思いましたよ。
それで、あの王子の誕生記念パーティーが行われたわけです。国を挙げて祝うそれには当然、公爵令嬢であるイザベラ様と聖女様のユキさんもいらっしゃいました。
一応、言い訳させてもらうと私は「何も王家主催の場で断罪しなくても……」ってユキさんに忠告したんですよ。でもユキさんは聞く耳を持たなかった。
「大勢の前であの女を悪役令嬢にすれば、私は悲劇のヒロインだわ! 今まで異世界人だからって私を遠巻きにしてた連中も手のひらを返すはず! ふふふ、そうなったらもうこの国は私のものだわ!」
いや、ユキさんが遠巻きにされていたのは異世界人だからじゃなくて異世界人にしてもその行いが酷すぎるからでしょう。
心の中でそう言いましたが、私はもうその時、色々諦めてました。そうやって、パーティーが始まってしまったんです。
◇
で、王子様の断罪劇が始まりました。
「イザベラ! お前は聖女であるユキを異世界人だから気に入らないといっていじめ抜いたそうだな! 今まで淑女の仮面で取り繕っていたようだが、それももうおしまいだ! お前の罪を今、ここで断罪する!」
罪を断罪、って意味被ってるじゃん。
たぶんその場にいる人はみんなそう思ったでしょうが、とりあえず王子のこの発言にはざわつきました。なんてったって、「あの公爵令嬢イザベラ様がそんな卑劣な行いをするなんて、まさか」と衝撃を受けたんです。まぁ、大衆なんて所詮そんなもの。普段のイザベラ様とユキさんの行いを考えればどちらが正しいかなんて一目瞭然なのに、「ひょっとして」って思ってしまったみたいなんです。まぁ、仮にも王子が言ったことだから疑ったら不敬罪に問われるかもしれない、って事情もあったかもしれないですけどね。
あぁ、王子は特にイザベラ様を害しようという意思はなかったみたいですよ。なんだかんだ王子もイザベラ様に夢中でしたが、イザベラ様の方はそこまで……って感じでしたからね。イザベラ様の評判に傷がつけば自分のものにでもなると思ったのか、ただ単に好きな女子をいじめる男子みたいな心境だったのかわかりませんが、馬鹿馬鹿しいったらありゃしないですよ。愛する相手の心を傷つけようとしてる時点で、もうその愛は醜く歪んでしまってるじゃないですか。そんなこともわからないからユキさんも付け上がっていったのに、とことん空回りしっぱなしな王子でしたねぇ。
失礼、話が逸れましたね。もちろんイザベラ様はそんな行いはしていないと反論しました。濡れ衣だから当たり前ですよね。そこに私が登場して、証拠の数々をお見せしました。
「この破られたドレスは聖女専用のものであり、調べてみるとイザベラ様と同じプラチナブロンドの毛髪が絡まっていました。また私はユキ様がイザベラ様に罵詈雑言を吐かれているところに立ち会い、その時の詳しい日時も記録しました。その全てがイザベラ様、あなたの行動履歴と全て一致しています」
いやぁ、あの時のイザベラ様は可哀想でした。白い肌からますます血の気が引いて、絶望で目眩すら感じられているようで……そりゃあユキさんは綿密に計画してましたからね。こうなったらもう、イザベラ様に勝ち目はない。会場にいる人々もこれはイザベラ様が本当に……って空気になったんです。
そこで、私は最後のトドメに言いました。
「——と証言するように、私はユキ様から命令されました」
「はぁっ!?」
ユキさんのその時の表情はもう、噴飯物でしたよ。目も口も鼻の穴までぽかーんと開けちゃって。でも、そこまで意外でしたかねぇ。私がユキさんを裏切って他の貴族を頼るかもって、ちょっと考えればわかりそうなことなのに。
言ったでしょう。私は自分で言うのも何ですが、仕事はできる方なんです。仕事において大切なのは報告・連絡・相談。自分の裁量で処理していいか迷うようなことがあったらすぐに第三者に指示を仰ぎ、どうすべきかを考える。それが仕事のできる人間ってものなのですよ。
ついでに言うなら、私はユキさんが辞めさせていった侍女の何人かとそれなりに仲が良かったですからね。中には他の公爵家に拾われてそこで働いていた人もいたから、私はそこから動いたわけです。ユキさんにこうするよう命令された、どうすればいいってね。
そこから先は早いものです。何せ私という生きた証拠がいるものだから、ユキさんがイザベラ様を陥れようとしたことは確定。大勢の前でやったのが裏目に出ましてね、ユキさんへの不満が爆発する形で多くの貴族が王家を見限り、領地として独立しました。もちろん、私はとっとと王都を逃げ出しましたよ。お優しいことにイザベラ様の家が「娘の無実を証明するために動いてくれた」っていうので私と私の実家も保護してくださったんです。おかげで今はユキさんの時よりずっと好待遇で、楽しく仕事させていただいてますよ。
あの後、王都は一気に寂れて民衆が反乱を起こしたそうです。王家は全ての元凶はユキさんだから何もかも彼女に押しつけよう、って思ってたみたいですけれどそれで片付くような問題じゃない。そもそも王家がもっと早い段階でユキさんに見切りをつけていたら、あんなわかりやすい悪役令嬢の茶番を披露しなくて良かったんですからね。
で、王族もユキさんもそれはもう口にするのが憚られるほど酷い方法で殺されたらしいです。やられた方はいつまで経っても覚えてるものですからねぇ、民衆の中にもユキさんがさんざん暴言を放ってきた人たちがいたんでしょう。まぁ、自業自得ですね。
そういうわけで聖女だったユキさんは今や庶民にもわかる「悪役令嬢」の代名詞として、その名をずっと残しているということです。
1/1 イライザ→イザベラです。修正しました。