第二話 昭和十七年三月二十三日
翌午前九時。従兵に連れられてやってきたのは、海軍士官が持つ精悍さなどをことごとく捨てたような男だった。
「海軍技術大尉、田代 一です。駆逐艦秋月への着任命令を受けて参りました」
整える気の無い髪。俯きがちな顔。居心地悪そうにしているその態度。ぼそぼそと聞き取りにくい声。さらに、士官の割に随分と出た腹。
民間上がりだろうな、佐々木はそう見当をつけた。あまり好ましい人間ではない。内地の研究施設で配線をいじっている方が互いに好ましかろうに。
「艦長の佐々木だ。電探のことは分からんから君に任せる。こちらの疑問には、出来るだけ簡潔に答えてくれ」
「了解しました。電探および逆探の設置をします。マストから支柱を延ばして取り付けますので三日ほど頂けますか?」
「構わないが……取り外しなどは可能なのか?」
「一応可能です」
「そうか。早く取り掛かってくれ」
「了解しました。それと、参謀用の士官室をお借り出来ますか?」
「好きにしろ。そうそう、士官たるものまず紳士たるように」
はっきり言って、佐々木は田代が嫌いだった。
「電探、なぁ……」
艦橋後部に消えた彼等をよそに、佐々木たちは電探の有効な活用法を検討することにした。
「敵が逆探を装備するまでは有効だろうな。電波を探知され、そこから先手をとられるようになりかねん」
「航海用の装備としては使えるかもしれません」
航海長の安藤中尉が答えた。彼は元々水雷畑を歩んでいたが、徐々に過去のものとなりつつある水雷戦に見切りをつけて航海士官となった男だ。戦闘になれば威勢の良いところを見せるが、普段は物静かである。
「潜水艦の潜望鏡を探知したり、濃霧のなかでの航行などでは有効だと思います」
「航海用の便利な機械、そんなところか」
「いや、対空戦闘にも使えます」
これは安本の弁である。電探の試験に積極的に賛成した唯一の士官だけあって、既に運用を考えていたらしい。
興味ありげな顔をした佐々木たちには特段の反応を見せず、安本は続けた。結局のところ、彼も田代の同類のようなものだった。
「艦隊の前方に電探を搭載した艦を配備し、早期警戒網とします。その上で敵航空隊を素早く発見し、迎撃体勢をより早く完成させることが出来るのではないでしょうか」
「有効ではあるが……潜水艦はどうするつもりだ?それに、そんなことに貴重な艦隊型駆逐艦を使うと本隊の防空戦力が減る」
「では大型艦を使えば」
「そんなことに使える艦がどこにある」
彼等の議論は、食事の準備を整えた従兵が王に懇願する平民のような声色で呼ぶまで続いた。
そのころ、東太平洋某所。
「いいか!奴らは今頃ビーチで昼寝でもしてるだろうさ。俺たちはそこに殴り込む。黄色人種に出来たことが、俺たちに出来ないはずがない。行って帰ってくるだけの、簡単な仕事だ!」
空母「サラトガ」の艦内では、所属する第三航空群司令のコーディエ中佐のブリーフィングが行われていた。
「もう一度言うが、作戦は単純だ。夜明けと共に俺たちは硫黄島を襲い、さっと引き上げる。司令部はこの作戦に『ポーシャ』という名前をつけやがった。シェイクスピアの劇で、主人公を助けた女の名前だ。俺は好かねぇが、お上の命令だからしょうがない」
ここで笑いが起きた。コーディエの私物の中に「ヴェニスの商人」が入っていることは誰もが知っていたからだった。
「俺たちはそいつに倣って、この戦争とかいう三流の劇をハッピーエンドにしに行く。いいな!」
「イエス・サー!」
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