婚約した伯爵令嬢は、使用人の家庭教師が好きだった
「さあ、喜べ。ようやく、お前の婚約者が決まったぞ」
父親は私に一枚の写真を投げて見せた。
その写真には、ひとりの男が写っていた。
窮屈そうな貴族服を身にまとった熊のような男だった。
「ディアベル公爵の息子だそうだ。なかなかに良い男だろう」
私には、その男のどこが良い男なのか全然わからなかった。
見た目だけの印象では、横柄というか乱暴そうな感じがする。
直接会ったことのない人だから、断定はできないけれど、とても私に合う人とは思えなかった。
「――私には、まだ婚約は早すぎるのではないでしょうか」
そう答えると、父親はまぶたをピクリと痙攣させて私を睨んだ。
「お前は親の言うことが聞けないというのか?」
父親の怒声が部屋に響く。
顔を真っ赤にさせた父親は手に持ったワイングラスを床に叩きつけた。
パリンと乾いた音をたてて、割れたグラスが床で飛び散る。
中身のワインがペルシャ絨毯に大きな染みを作った。
「いいえ、お父様。申し訳ありません」
私は父親の怒りを鎮めるために謝罪した。
もう怒られることには慣れているから、今更動揺なんてしない。
父親は、ふんっと私から顔をそらせて、イライラしながら会話を続ける。
「結婚するまでの間は、向こうの家で暮らすことになる。来週には荷物をまとめて、この家を出ていくように」
「はい、わかりました」
「わかったら、さっさと下がれ!」
「失礼いたします、お父様」
私はこれ以上、父親を怒らせないように静かに部屋から退出した。
***
私は伯爵家の一人娘として育てられた。
そのせいで両親からの期待も大きかった。
私には生まれつき魔力があったから、両親は私が魔法使いになることを勝手に期待した。
学校には通わせてもらえず家庭教師をつけられて、いつもひとりで勉強した。
文字の読み書き、数字の計算、世界の歴史、貴族の作法など。
学校で教わるくらいか、それ以上のレベルのことを私は学んで身につけた。
だけど、肝心の魔法については、自分のものにできなかった。
仕事に向き、不向きがあるように、魔法使いにも向き、不向きがあるらしい。
私は魔法使いに向いていなかったのだ。
父親は、いつまでも上手く魔法を使えない私に腹を立てて、厳しく言いつけた。
――そんな簡単な魔法が使えないのは、お前の努力が足りないせいだ!
――才能のないヤツは、早くこの家から出ていけ!
そんなことを言われながらも、私は必死に魔法を勉強した。
けれども結局、私が魔法を思い通りに使えるようになる日は来なかった。
ある日、私のことを心配した使用人のひとりが、魔法に詳しい専門の医者を呼んだ。
その医者は私の容態をみて、魔法制御系の神経発達に異常があると診断した。
私の場合、魔法をコントロールする力だけが何らかの理由により弱まってしまっているらしい。
今まで魔法を上手く使えていなかったのは、その影響によるものだそうだ。
原因不明だから、治療法もない。
魔法使いになるのは諦めたほうがいい、とその医者は言っていた。
父親はその言葉を聞いた日から、私に魔法のことについて一切何も求めなくなった。
だけどかわりに私と会うたび、私に向かって暴言を吐くようになった。
お前は俺の子供じゃないとか、親の言うことは黙って聞けとか。
自分に都合のいいように、八つ当たりまがいな態度で私を怒鳴ることが増えた。
私が魔法使いになることを勝手に期待して、なれないと分かったら勝手に裏切られた気になっている。
そんな父親が私は嫌いだった。
きっと父親も私のことが嫌いだったと思う。
だから私が15歳になって、成人したらすぐに家から追い出すように婚約の話を持ってきたのだろう。
***
自分の部屋に戻って、私は日記を手に取った。
私にとって日記を書くことは大切な趣味だ。
日記の中身は、他の誰かに見せるわけでもない。
言いづらい感情の吐け口として、私には日記が必要だった。
私は羽筆をインクにつけて、今の素直な気持ちを日記に書く。
『ディアベル公爵の息子との婚約が決まった。
これでようやく私は、この窮屈な家を出ることができる。
家から出れば、あの父親とも会うことが減るだろう。
そう思うと、気分が晴れるような感じがする。
だけど少し不安もある。公爵の息子との相性について。
私は公爵家で上手くやっていけるだろうか。』
そう書いて、私は日記を閉じた。深呼吸をして、軽く伸びをすると、
「また、お勉強ですか」
使用人のケヴィン先生が紅茶を持ってやってきた。
「違うわ、先生。ただ日記を書いていただけ」
ケヴィン先生は私の家庭教師でもあるから、私は彼のことを先生と呼んでいる。
「そうですか。あまり自分を追い込みすぎないでくださいね」
先生は私にそっと紅茶を差し出した。
私の好きなカモミールの紅茶だ。
ありがとうと言って、私はそれを受け取る。
少しだけ飲んでみると、青リンゴのような爽やかな香りが口のなかに広がった。
「ねえ、先生は私の婚約のこと、どう思ってるの?」
軽い雑談のつもりで、先生に聞いてみる。
「素晴らしいことだと思います。ディアベル公爵家は、広大な領地を所有する名家と聞いております。きっとお嬢様も幸せに過ごせるでしょう」
「そうかしら」
「ええ。いままで大変苦労されてきたのですから。お嬢様には幸せになってもらわないと」
「ケヴィン先生……」
私は先生に少し甘えたくなった。
きっと先生なら許してくれるだろう。
そんなことで怒るような人ではないことを私はよく知っている。
私はティーカップを置いて先生に近づいた。
先生はテーブルの近くに立ったまま、動かずにじっと私を見つめている。
大人っぽい印象の先生だけど、年齢は私と3歳ほどしか変わらないらしい。年が近い男の子をあまりよく知らないから分からないけれど、同年代の男の子ってみんなこんな感じなのだろうか。背が高くて、すらっとしてて、爽やかな香水のにおいがする。
私は正面から身体をあずけるようにして、先生の胸に飛び込んだ。
「私、先生と離れたくない」
先生の顔を見ないまま、私はそう伝えた。
何も言わずに先生は、ただ受け止めてくれている。
トクットクッと先生の胸のリズムだけが耳に入った。
「先生は私がこの家からいなくなった後、どうするつもりなの?」
前から気になっていた質問を私は先生にした。
先生がなんて答えるのか、だいたい予想はついている。
それでも私はちょっとだけ期待して先生の返事を待った。
「私はこの家の使用人ですから、お嬢様についていくことはできません」
私の予想通りの返答だった。
貴族の使用人として、その答えは正しい。
私についてきてくれるなんて都合のいい話があるはずない。
そんな当たり前のことなのに、なぜか私は少し悔しくなった。
ちょっとだけケヴィン先生に意地悪を言いたくなった。
「本当の理由はそれだけじゃないんでしょ?」
「なんのことでしょうか」
「私知ってるの。先生は貴族になりたいんでしょ? 私の家庭教師が終わったら、先生を貴族に推薦するって、お父様と約束してたでしょ?」
「どうしてそれを」
「お父様から直接聞いたの。ケヴィン先生は貴族になりたくて出来の悪い私を仕方なく教えてるって」
「それは違います!」
先生はハッキリと言った。
「なにが違うの? 先生は貴族になりたくないってこと? それともお父様とはそんな約束してなかったってこと?」
「私がお嬢様を出来が悪いと思って仕方なく教えてるってことです。お嬢様のことを出来が悪いなんて思ったこともありませんし、仕方なく教えていたことなんて今まで一度もありません」
「じゃあ、約束の話は本当なんだ」
先生は「それは……」と言い淀んで、気まずそうな顔をした。
私はちょっと意地悪を言い過ぎたのかもしれない。
きっと先生にも何か事情があるのだろう。
私には分からないけれど、先生は本当に貴族になりたいらしい。
ごめんなさいと言って、私は先生に謝罪した。
「先生を困らせるようなつもりはなかったの、本当にごめんなさい」
先生は首を横に振って、大丈夫ですと許してくれた。
「お嬢様はひとりで行くのが不安だったのでしょう。それは無理もありません。これから一度も会ったことのない方々と一緒に暮らすことになるのですから」
これでは私がまるで、いつまでも親離れできない子供みたいじゃないか。そう意識したら恥ずかしさが増していって、やけどするくらい頬が熱くなった。
「私の代わりと言っては何ですが、お嬢様にはこれを差し上げます」
そう言って先生は、私に細い横長の箱を差し出した。
「開けてみていい?」と私が言うと、先生はこくりとうなずいた。
箱を開けた瞬間、「きれい」と思わず声が漏れた。
そこには翡翠のような深緑の石がぶら下がったペンダントが納められていた。
「お嬢様の婚約のお祝いにと思いまして」
「うれしい。ありがとう」
先生は箱からペンダントを取り出して、私の首にかけてくれた。
私のうなじに先生の手が触れる。
チェーンのひんやりとした感覚が首筋をなでた。
「お似合いです。お嬢さま」
ペンダントをつけた私を見て、先生はそう言って笑った。
「このペンダントには私の魔法を込めました。もし、お嬢様がつらくなったときは、このペンダントを強く握って私を思い出してください。いつでも私はお嬢様と共にあります」
先生は私の頬にやさしくキスをした。
「ありがとう、先生」
先生からの突然のキスに動揺してないふりをして、私も先生の頬にそっとキスを返した。
***
婚約が告げられてから翌週のこと。
ついに私は婚約者の待つディアベル公爵家に招かれた。
父親は私と一緒の馬車には乗りたがらなかったため、わざわざ別々の馬車に乗って、私たちは公爵家へ向かうことになった。
ケヴィン先生とは別れ際、最後にハグをした。
「いつか、あなたが貴族になったら一緒に紅茶でも飲みましょう。また先生の入れた紅茶が飲みたいわ」
「かしこまりました、お嬢様」
泣かないように奥歯をかみしめて、私は彼からゆっくりと離れた。
先生は微笑んで「いってらっしゃいませ」と頭を下げる。
「いってきます」と私は言って、振り返らずに馬車へ乗り込んだ。
ゆっくりと馬車が走り出す。
窓の外に先生の姿が小さく見えた。
その姿が視界から消えるまで、私はずっと見つめていた。
屋敷が見えなくなって、ようやく本当に今日でここを離れるのだという実感が湧いてきた。
この街並みを見るのも、これで最後かもしれない。
そんなことをぼんやりと考えながら、車窓から外の景色を眺めていた。
すると馬車の運転手とその助手の会話が聞こえてきた。
「それにしても可愛そうですよね、べリアル伯爵のお嬢さま。あのディアベル公爵の息子と婚約なんて」
運転手たちの会話の内容は私についての話題だった。
「おい、あんまり大声で話すと本人に聞こえるぞ」
「平気ですよ。この辺は人通りも多いし、聞こえはしませんって」
今まであまり気にならなかった運転手たちの声が、急にはっきりと聞こえるようになった。
あまり聞くべきではないと思いつつ、自分の話題が気になって黙って聞いていた。
「あそこの息子のロバート卿って、隣領では乱暴者で有名らしいじゃないですか。すぐにカッとなって人を殺したりするってウワサで。なんでまた、そんな奴なんかに嫁がせたんすかね」
「公爵家がべリアル伯爵に金を渡したらしい。伯爵家が管理する会社がヤバいって話、前からあっただろう。気の毒だけど仕方ないさ」
「まだ15歳の女の子だっていうのに、可愛そうですね。貴族社会ってのは大変だなあ」
婚約相手に期待なんてしていなかった。
父親のいる家を出て自由になれればそれでいい。
それくらいに思っていたけれど、やっぱり不安は抑えきれない。
馬車が揺れているせいか、ずっと足の震えが止まらなかった。
大きな川を超えたところにディアベル公爵家の屋敷はあった。
公爵家の屋敷は敷地が広く、どこか冷たい感じがする。
正門から舗装された鈍色のコンクリートの上を滑るように私たちの馬車は走った。
屋敷の前で、恰幅のいいディアベル公爵が出迎えた。
「ようこそいらっしゃいました、べリアル伯」
「お久しぶりです、ディアベル公」
私は父親に続いて、丁寧にお辞儀をした。
「お前がべリアル伯爵の娘か」
熊のような男が声を出す。
「はじめまして、ロバート卿」
私はそのとき初めて婚約者に挨拶した。
写真で見た人物と同じ顔だった。
乱暴そうな雰囲気の男。
彼の私を見る目つきが品定めするようにジロジロしていて怖かった。
一通りの挨拶が終わると、私たちは食堂へ通された。
この家では、招かれた人と一緒に食事をする習慣があるらしい。
食堂でしばらく談笑をしていると鮮やかな料理が運ばれてきた。
この土地で採れた野菜の料理だと説明されて、それを私は無言で食べる。
そんな私の姿を、ロバート卿は相変わらずじっと見ていた。
正直、居心地が悪かった。
私から、なにか話題を振るべきだろうかと考えていたとき、
「おい親父」
ロバート卿が声を出した。
「俺の婚約者に屋敷を案内してもいいか」
「ああ、好きにしなさい」
ディアベル公爵は、私の父親との会話を続けたいらしく、息子を適当にあしらった。
「ほら、こっちに来い」
「はい」
私は乱暴に手を引かれて、ロバート卿に連れ出された。
無言でずんずんと廊下を進んだ。
「どこへ向かうのですか?」と聞いても答えてくれなかった。
私たちは、あるドアの前に立ち止まり、部屋に入った。
寝室らしき部屋だった。
部屋の中央には、2、3人が横になれるほどの大きなベッドが置かれていた。
カーテンは全て閉じられていて、ロウソクの光だけが薄暗く灯っている。
私はなんとなく察してしまった。
これから起こることを想像して身体がこわばる。
ふいに私はベッドに押し倒された。
「お前、写真で見るより、なかなか可愛い顔をしているじゃないか」
「……ありがとうございます」
表情を変えずに答える。
「どうした、さっきから震えているぞ」
「すみません。私、緊張しているみたいで……」
「怖がらなくていい、正直に本当のことを言え」
今まで聞いたことがないような、恐ろしく冷酷な口調だった。
ゴクリとのどを動かす。ここで適当な誤魔化しをしたら、本当に殺されてしまうような気がした。
「ごめんなさい。私、あなたを愛することができる自信がありません」
「やっと正直になったか」
にやりとロバート卿は不気味な笑いをした。
「お前がどういう事情で来たのか知っている。お前の親父は、ウチの金が目当てなのだろう? だからお前は引き換えにウチに来たわけだ。俺の子供を作るために」
舌で唇をぺろりとなめた。ロバート卿の湿った唇が、てかてかと不気味に光っている。
「お前、魔法が使えるそうじゃないか。ちょうどウチの家系は魔法使いがいなくてな、みんな魔法使いの血統が欲しくてたまらなかったんだ」
私は魔法が使えないと言いたかったけど、声が出なかった。
ロバート卿は馬乗りになって、私に跨った。
彼の顔が近くなって、私は自分の顔をそらした。
「お前と子供を作ることで俺は親から認められる。お前も貴族の子供ならわかるだろ? どんなに一生懸命頑張ったところで、目に見える成果が挙げられなければ、親に認められない子供の気持ちが」
彼の吐いた息が、私の顔にかかって気持ち悪い。
「お前も貴族の女なら、大人しく俺のものになれ」
私は乱暴にドレスのボタンを外された。
嫌だと体をくねらせて抵抗しても、抑えつけられて逃げられなかった。
もうダメだと、私は諦めようと思った。
そのとき、胸の上をペンダントが滑る感覚がした。
私は先生の言葉を思い出す。
―― もし、お嬢様がつらくなったときは、このペンダントを強く握って私を思い出してください。いつでも私はお嬢様と共にあります。
藁にもすがる思いで、私は首にかかったペンダントを強く握った。
魔力がペンダントに吸い込まれる感覚があった。
その直後、ペンダントの石が強く光った。
強すぎる光に思わず、ロバート卿は私から離れる。
光は部屋中に拡散して、影を作り出した。
ドレッサーの向こうに人形のような影が落ちる。
すると、そこから浮かび上がるようにケヴィン先生が現れた。
「――彼女から離れなさい!」
「なんだお前は」
ケヴィン先生は魔法の杖をロバート卿に突きつけた。
ロバート卿は私の首からペンダントを引きちぎって、先生へ投げつける。
「この女は俺の女だ。お前が何者かは知らんが、さっさと出ていけ!」
ロバート卿が私の首筋を舐めた。
全身にゾワっとした感覚が走る。
「……助けて先生」
私は涙をこぼして先生に助けを求めた。
すかさず、ケヴィン先生はロバート卿に向かって風魔法をはなった。
杖の先から切り裂くような風が出現して、ロバート卿に目掛けて飛んでいく。
ロバート卿に風魔法が当たった。
彼の身体が勢いよく飛ばされて壁にぶつかる。
その衝撃で窓ガラスが割れた。
ロバート卿は、そのまま気を失ったように動かなくなった。
先生は私に近寄って、私の乱れた服を直した。
「お嬢さま。お迎えが遅くなってしまって、申し訳ありません」
私は首をふって、そんなことないと伝える。
「本来ならば、もっと早くお助けするべきでした。ずっとお嬢さまを助けだしたいと思っていたのに。私の家庭教師が終わったら、正式に貴族としてお嬢様を迎えるつもりが、こんなことになってしまうなんて。この婚約をきっかけにお嬢さまが幸せになれるのなら、私は身を引こうと思っていたのですが。もうこれ以上、お嬢様が傷つく姿を見るのは耐えられません」
先生は、そう言って私を抱きしめた。
ようやく先生が何を考えていたのか理解できた。
先生がなんで貴族になろうとしていたのか。
私を助け出すためだったのだ。
そのために、私の父親と「家庭教師が終わったら、先生のことを貴族に推薦する」なんて約束をして。
その約束を信じて、ずっと私の傍にいてくれていた。
「先生おねがい、私を連れていって」
私は先生の唇にキスをした。
先生は私をぎゅっと抱きしめて、ちょっと痛いくらいだった。
けれど、その痛みさえ私には幸せに感じられた。
しばらくすると家の中が騒がしくなった。
さっきの騒ぎに屋敷の人々が気づいたようだ。
「早く逃げましょう」
先生の風魔法で作った雲に乗って、私たちは割れた窓から飛び出した。
このままどこまでも一緒に行けそうな気がして、私はちょっとワクワクしていた。
***
屋敷を抜けた出した後は、身を隠すように国外へ逃れた。
ケヴィン先生と逃げ続ける日々は、まるで旅行のようで楽しかった。
今まで見たことない景色やそこで生活する人たちを見て、いかに自分が狭い世界で生きていたのかを思い知らされた。
あれから一年後、私たちは先生の友人のツテで、国のはずれの小さな村に住まわせてもらえることになった。
彼と私は一緒に村の子供たちに読み書きを教える仕事をして、今は平和に暮らしている。
この前、村に週1回届く新聞の記事に、父親の会社が倒産したというニュースが書いてあった。
原因は公爵家との不祥事が関係しているとあったけれど、私の名前は書いてなかったから、きっと別の問題がなにかあったんだろう。
庭の方で村の子供たちが遊ぶ声を聞きながら、私は日記を書いた。
『あの家での出来事が、今では遠い昔のことのように感じられる。
つらいことばかりだった気がするけれど、不思議と彼との幸せな思い出ばかりが蘇る。
今は今で、あの頃とは違った大変さを感じることもあるけれど、
彼と一緒なら、私はどんな困難でも乗り越えられる気がする。
私は本当に彼と出会えてよかった。』
遠く離れた街の方から、昼前を告げる鐘の音が聞こえる。
そろそろお昼ごはんの仕度をしよう。
私は膨らんだおなかをかばいながら、椅子から立ち上がる。
野菜を切ってスープを温めていると、玄関から「ただいま」という彼の声が聞こえた。
私が「おかえりなさい」と言うと、その声に反応してお腹の中の赤ちゃんがコロコロと動いた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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