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2-33 白熱

 続く白鳥も元野球部員の意地か、ヒットを放った。赤坂が悠々とホームに帰って一点先制。

 しかし、その後は続かず。一点のみで俺達の攻撃は終わった。


「守るぞー!」

 本日のエラー二桁弱、全打席三振の須山が元気にベンチを飛び出していく。


「元気だけは本当にいいなあ」

 俺はパンパンに張った疲労感全開の太ももを気にしつつ、キャッチャーマスクをかぶった。

 しゃがむのがしんどい。太ももと腰にずんと重みがかかってくる。


「プレイボール!」

 相手クラスの三年生が打席につき一回の裏が始まった。

 こくりと頷き、綺麗なフォームで放たれた赤坂の決勝戦第一球。


「ファール!」

 鈍い音と共に、応援サイドでどよめきが起こる。

 それもそうだ。初回から赤坂の剛速球を簡単に当ててきた相手はいなかった。

 やはり、優勝を経験したチームだけある。

 俺は気を取り直してミットを構える。続く第二球。


「ストライク!」

 今度はさっきよりも球威を増したボールがミットに飛んできた。

 明らかにストライクゾーンを外した位置だけど、相手のバットは大きく空ぶる。


「ストライクッ! バッターアウッ!」

「くそっ! はええなオイ!」

 空ぶったバットを悔しげに手繰り寄せ、上級生は去っていく。

 二球目よりも更に速い三球目、ここに来てギアが上がるなんて、とんでもない勝負根性だ。


「赤坂。ワンナウトだぞー!」

 俺の返球をグローブで叩くようにキャッチする赤坂。自分が立つマウンドの土を確かめるように淡々と踏み鳴らすだけで感情を顔に出さない。

 先頭打者を打ち取った事で気が緩んでいる訳ではない。まして、勝ちに逸る様子もない。

 次の打者も同じように一人ずつ確実に打ち取ってやる、全力で。そんな落ち着きがある。


「赤坂のやつ……決勝も飛ばすつもりかよ」

 ちらりと後方を窺うと、二遊間を守る白鳥と斎藤もこれには苦笑いだ。

 俺はうんざりしながらミットを構えた。



 その後の二人も続けて三振に打ち取り、ベンチへと戻る。


「ナイピ!」

 その途中、セカンドを務める斎藤が赤坂を労う。現役バド部らしい体育会系全開のノリ。

 しかし、残念なことに赤坂は気づいてない。


「赤坂、ナイスピッチング」

「えっ」

「えっ」

 きょとんとした顔の赤坂。


「ああ、別に」

 そこでようやく俺の言葉の意味を理解したのか、一つに結ったポニーテールがその名の通り荒馬の尻尾みたいにぶるんと揺れる。


「今までの相手よりは歯ごたえありそうだったから。初回は力んじゃったかもしんない」

「あのストレートで? よく言うよ」

 俺の返しに今度は皆の間で大笑いが起こった。



 気を取り直し、二回の表の攻撃。

 打順は俺からだ。


『六番、キャッチャー。一之瀬君』

 はしゃぎ気味にバッターを告げるのは炊事遠足でもウグイス嬢をやっていたうちのクラスの女子だった。運動会などに使うスピーカーマイクを持ち込んで読み上げているのだ。しかも、何故か横には相手チームを応援しに来た三年生もいて、甲子園のブラバンの音楽も掛けている。

 テーマ曲はアフリカン・シンフォニー。実際の高校野球の応援の定番。

 ティンパニに乗せられた勇壮なトランペットがスピーカーから流れ、その勢いを借りるつもりで打席に立つ。


「こっちは決勝で緊張してるってのに……」

 応援する側は甲子園気分で楽しみまくっている。

 でも、ここで打ったらやっぱかっこいいよなあ。

 そろそろヒット打たないとな。そんな気概で打席に立った。



「ストライク! バッターアウッ!」

 良いとこ無く三振で打ち取られ、ベンチに戻る俺。さっきの気概はどこいった。


「何だよ、一之瀬。この試合も全部三振かぁ?」

 入れ替わりに打席へと向かっていくのは須山だった。


「とかいいつつ、須山だって三振ばっかじゃないか……」

 肩を揺らし歩く大柄な背中を見送りつつ、俺は呟く。

 俺はゴロも打ってアウトになったこともあるけど、須山はバットに触れた事すらない。

 一試合目で四番だった打順は試合を経るごとに下がり続け、現在は俺よりも下位の七番目。


「ストライクッ!」

「あああああッ!?」

 相手の投手も経験者なのだろうか。今まで対戦したクラスよりも球が速い。

 そんな球を打てるはずもなく、あっという間に空振り三振した須山が戻ってくる。


「おい、一之瀬。何か変な球来ねえ!? 何か変に遅くて……とにかく、何か変なんだよ!」

「それ多分、カーブだよ」

「こんなの打てねえって!」

 ウンザリしつつも教えてやると、須山はクマみたいにウガーと喚く。

 明確に変化球は禁止されていないものの、殆ど素人のこの環境では必殺の魔球だと言える。


「相手のピッチャーは野球経験者かもな」

 勿論、現役野球部とは比べものにならないお粗末なカーブだろう。それでも、まっすぐ進むボールしか知らない素人には驚異的だ。

 経験者の白鳥や赤坂はともかく、須山が打てる代物じゃない。バットに当てるのすら難しいだろう。

 その次の江崎さんも三振して俺達の攻撃は終わった。

 上位陣がそこそこ打っても後が続かない。

 この試合は初回の一点をどう守るか。その辺りが勝負の鍵か。



「ストラーイク、バッターアウアウッ!」

 アザラシみたいに声を迸らせ、主審の猿倉がスリーアウトを告げた。

 それにしてもこの野球部顧問ノリノリである。

 右手を掲げればいいだけなのにパフォーマンスのつもりか、それとも気分が乗ってきただけなのか、胸元を叩いてアウトを宣告している。

 見た目も相まって、これじゃ本当にゴリラだよ……


「動きキモいから。本当やめてよ、もう」

 活発そうな三年女子が八つ当たり気味に悔しがりながら、打席を去っていく。

 マウンド上の赤坂。その全力投球は衰えを見せず、ここまで三年生の打線を完全に抑えきっていた。


「本気すぎだろ……」

 七者連続の三振。正直打たれる絵面が想像できないよ。

 選手の殆どは素人だ。ゴロの処理、フライの取りこぼしに送球ミス。そういった類のエラーは頻発し、打てなくても試合はそれなりに動く。そうやって俺達は点を取り、取られてきた。

 しかし、三振でアウトを取り続けている限り、ボールは内野を転がることなく、必然的に守備のエラーも発生しなくなる。


「野球漫画のエースでもここまでやらないって」

 ベンチに座っていた控えの男子がそんな事を話しているのが耳に入ってくる。

 この連続奪三振は後ろには絶対に飛ばさないという赤坂の意地だ。

 このまま一点差を守りきって優勝か? そんな事を誰もが思い始めただろう。


 ――しかし、予想しない展開は突如として起こるものだ。



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