2-30 予期せぬアクシデント
球技大会、午後の部は滞りなく進行していった。
俺達の野球は圧倒的エース赤坂の力投もあり、遂に決勝へと駒を進める事となった。夢物語だと思っていた優勝が現実味を帯びてくる。
一段落した所で、テニスの諌矢と西崎の様子を見に行くことになり、そこで俺達はちょっとした事故を目撃することとなる。
「うわー、やっぱ準決勝だと人もすごいねえ」
竹浪さんがおでこに手をかざしながら歓声を上げる。テニスは準決勝らしく、人でごった返していた。
昼休み開始と共に人気のパンを求めて殺到する売店より酷い有様。コートを囲うフェンス沿いに学年万遍なく生徒達が詰め寄せている。
「こんなに集まるもんなんだね……」
一緒に来てくれた白鳥も少し気後れしているようだった。それは俺も同じ。
「もうやだ、これ……」
午前と違って出る種目が終わった生徒達が暇を持て余して集まってきているのかもしれない。
泣きそうになりながら人混みを掻き分け、竹浪さん達についていく。
「おー。愛理じゃん」
程なくして見知ったクラスメートの集団を発見。
竹浪さんに声を掛けてきたのは、西崎の取り巻き。黒髪ショートカットの女子生徒だった。
「試合どんな感じ?」
「かなりの接戦みたいだよ。次のセットで決まるって」
「そっか。がんばれ、瑛璃奈」
若竹色に輝いた竹浪さんの真剣な目が、諌矢と西崎へと向けられる。
コート内を縦横無尽に駆け巡る両者。
対戦相手は二年生のペアだ。流石ここまで勝ち上がった実力者らしく、試合は拮抗していた。
諌矢と西崎は先行されては追いつく。
相手側二年生達もいかにもリア充ぽい見た目で、コート脇ではクラスメートらしき上級生が元気よく声を飛ばしている。リア充一年生代表VS二年生代表みたいな感じなんだろうか。
「白熱してるね……」
観客の熱に当てられ白鳥もすっかり参っているようだった。
上からの太陽光に周囲の人が発する熱でサウナみたいな空気だ。
向かい側のフェンス沿いにも観客はいて、得点が決まる度に驟雨のような拍手が巻き起こる。
「本当、あいつらすげえな」
「ここまで人を集めても全然緊張してる風ないしね」
白鳥と隣り合いながら、試合に見入る。
でも、俺はテニスの詳しいルールが分からない。
もうフィーリングで見るしかないな、これ。
後衛の諌矢が二度三度、軽くボールを跳ねさせてからサーブに入る。
私語と拍手が飛び交っていた観衆は静寂に包まれ、ボールの跳ねる音だけが続いた。
幾度となく繰り返されるラリーを固唾をのんで見守る。静かな闘志を燃やす、二組のペア。
諌矢達にポイントが入ったのか、一年生側から拍手が沸きおこる。
なんだ、何が起きたんだ。
周囲の反応についていけずオロオロしている俺に、竹浪さんが気付く。
「同点に追いついたんだよ。勝負はこっからよ!」
「そ、そうなんだ……」
ルールが良く分からないけど、相当の接戦だという事は分かった。
この状況を誰か野球かガンダ〇で例えてくれ。
そこからも、試合は続く。
見た所、相手の二年生ペアも相当の本気で臨んでいるようだ。ラケットを握る手の先から汗の粒がひたひたと流れ落ちている。
テニスコートを互い違いに、右へ左へと駆けまわる西崎と諌矢。
ボールが打ち返される音が規則的に刻まれて――
「あっ!」
突如、絹を裂くような悲鳴が方々から起こった。
緑のコートの真ん中では西崎が足首を押さえてうずくまっている。
どうやらボールを打ち返しに無理な姿勢を取った事で足をやってしまったようだ。
即座に試合が中断され、諌矢が手を差し伸べに行く。
西崎は観衆の目もあるのか、一瞬躊躇するが、それでも諌矢の手を取り立ち上がろうとする。
「ああっ……!」
しかし、またもどよめきのが沸きおこる。
手を取って立ち上がろうとした西崎が、そのままコートに倒れてしまったのだ。
「大丈夫かな……」
最前列の生徒達はフェンスの隙間に指を食いこませながら動向を見守っている。
竹浪さんも同じく、心配そうな顔で西崎達を見ていた。彼女もテニスの経験者だから怪我の具合を察しているのかもしれない。
スコアボードはちょうど西崎達が勝ち越した所らしい。しかし、まだ試合は終わっていない。
「おい、立てるか?」
テニス部の顧問なのだろうか。コート脇で試合を見ていた教師が諌矢達の元へと向かっていく。
その頃にはもう、観衆はどよめきと驚愕で騒々しさに溢れていた。
「すみません。担架ってありますか?」
諌矢は教師と実行委員の生徒達に何か言っている。
しかし、西崎はその横でうずくまったまま、何か文句を言っている。かなり険悪なムード。
「揉めてるみたいだね……」
不安そうな顔で竹浪さんが呟く。
誰がどう見ても試合続行が不可能なのは明らかだった。
「せっかく準決勝まで来たのに! 不戦敗なんて惨めすぎるし」
「その足じゃもう無理だって……」
座り込み駄々っ子みたいに食い下がる西崎。諌矢は困ったような顔で苦笑いしている。
まあ、ここで一緒に落ち込まれるよりかはマシか。暗いムードは無い。
しかし、西崎がテニスの出来る状態ではないのは明らかだ。周囲の生徒達もそれは分かっていて、何とも言えない同情の眼差しが寄せられている。
「ムカつく!!」
担架で運ばれていく間も、西崎は不平を言っていた。
片側だけ誰もいなくなったテニスコート。委員と教師が話し合っている。
「ねえねえ。これって相手の不戦勝になるの?」
「えー。せっかく風晴君達勝ってたのに」
近くで見ていた女子達がそんな事をかわしている。
「何か大変な事になってるみたいだね」
「そうだな」
俺と白鳥は混沌と化したテニスコート脇で立ち尽くしていた。
コートの中の二年生ペアは勝利者とは思えない茫然とした面持ちだ。突然の事故に状況を上手く理解できていない、そんな顔。
彼らだけではない、コート周りで見ていた誰もが、好き勝手に近くの誰かとひそめきあいながら、この状況をどうにもできないでいる。
突如、耳元でフェンスががしゃりと鳴らされる。
「竹浪さん!?」
掴んでいた網目から勢いよく手を放すと、竹浪さんは身を翻す。
「保健室行ってくる! なぁんか瑛璃奈も納得してそうにないし」
ぶるりとポニーテールを揺らした後で、竹浪さんは困ったように足を止める。
「西崎がまた何か問題起こしたら困るもんな」
「へえ。分かるんだ」
思った通り、西崎の事が気がかりらしい。
「俺も行くよ。諌矢がめんどくさい事に巻き込まれたらもっとめんどくさくなりそうだし」
竹浪さんに同行を申し出ると、ふわっとした笑みを浮かべて微笑む。
「ありがと、一之瀬」
それだけ言うと、竹浪さんは足早に校舎へと向かっていった。
「悪いな、白鳥。試合までには戻れるようにするよ」
隣でやり取りを見ていた白鳥は、一瞬だけ口を開いて言葉を失ったようにしていたのだが、
「分かったよ。ま、一之瀬君が出れなくても僕たちが勝つから」
「おい」
そんな腹黒い発言をしながらも快く応じてくれた。




