2-21 夕焼け空に誓う。
時刻はそろそろ、夕方に差し掛かろうとしていた。
「相当走ったね」
「明日が日曜で本当良かったかも」
俺達は並んで歩きながら、今日の出来事を振り返る。
長距離を自転車で移動し、更に野球。一日いっぱい動き回って疲労感が溜まっている。
それなのに、俺は高揚に包まれていた。ランナーズハイ的な物だろうか。
「これ多分、明日起きたら筋肉痛だよな。月曜までに治るかなあ」
「一之瀬。それじゃまるでおっさんみたいだよ?」
そう言って赤坂は口元を隠して笑う。心なしか、彼女もまたいつもよりも陽気な印象。
「でも、ありがと。今日はわざわざ来てくれて」
「お、おう」
こうも素直にお礼を言われると照れてしまう。ついでに言えば、顔に出ていないかも気になってしまう。
しかし、赤坂は俺とは目を合わせないまま、自転車を手で押しながら続ける。
「結局、私って下らない事で強がってるだけなんだ。兄も姉もリア充で、自分もその真似したら、お零れみたいなコネで、人が少ない学校では優等生扱いされてさ。ほら、ここ田舎だし」
「上の兄弟を知ってる教師から可愛がられるタイプなのか?」
問いかけても赤坂は小さく唸るだけでうんともすんともしない。どうやら図星らしい。
「でも、赤坂環季は今俺の目の前にいるお前だけだろ。だから、ごちゃごちゃいうな」
「なにそれ、説教?」
赤坂は意地悪そうに笑うのだが、冗談だって分かるので俺は嫌な気持ちにはならない。
「今日は良かったよ。俺からもあんがとな」
これで球技大会の本番も幾分か安心だ。
素直にお礼を伝えると、赤坂はしおらしい顔で小さく頷く。
「でもさ、せっかくこうやって練習したんだし……」
そして、顔を上げて俺を見る。
このまま夕飯でも食ってく? 的な言葉の一つでも飛び出してきそうな流れだ。
俺はぐっとこらえながら、おっかなびっくり、その続きを待つ。
「もう捕れるっしょ? 優勝できなきゃ許さないから」
ところがどっこい、赤坂はプレッシャーかけてきやがった。
「流石過ぎる……」
俺はがっくり肩を落とすが、彼女がその理由を察している筈が無い。
「何へこたれてんの?」
「わかったよ。任せろ。んで、疲れたら俺が継投する」
「スタミナ持つの?」
こっちがやる気を出す姿勢を見せても赤坂は懐疑的だ。
元々、俺は赤坂の為にここまで来たのに……
「うっせえな。俺は控え投手だし、そっちの方も白鳥と練習しとくよ」
そして、俺は拳を突き出した。赤坂は一瞬面食らった顔して、
「はあ。本当あんたって見た目と反してこういうノリ好きなんだね」
俺の意図を察してくれる。
こつんと拳が付き合い、乾いた音が夕暮れの田舎町に鳴り響いた。
「それじゃあ、月曜日」
そう言い残し、一之瀬は坂を下っていった。
夕陽に焼けた背中を見ながら、私は坂を下らず自分の家へと向かう。
街灯を見上げると、山から降りてきたっぽい大きな蛾が争うように光にたかっていた。
そんな景色を見ながら、私は昔の事を思い出していた。
中学の、まだ私が自分を皆に隠さずに生きていた頃の話だ。
私のいた中学校はそんなに荒れていなかったけれど、いじめみたいな物はあった。
本人がいない所で誰々が合わないとか、誰々が好きじゃないとか軽い陰口。
そういう軽い陰口は、クラスの大勢には分からないように巧妙に本人だけ傷つける。
私は周りを良く見ていたから、周りの変化には鋭い。
大人しい子が悪意のターゲットになった時、気づけば助けようとしていた。
周囲の生徒を味方に引き込み、意地悪をするグループの外堀を徹底的に埋めた。
しかし、彼女を苦しめていたいじめは唐突に終わりを告げた。
いじめとは全く無関係な、親の仕事での引っ越しが原因だった。
それでも、彼女にとって土壇場での転校は、人間関係をリセット出来る大きなチャンスでもあった。
自分が強くあればどこに行っても大丈夫だと私はそれだけ伝えた。
いつも弱い心でいたら、そこに付け込まれる。
その時は上手く逃げ切れても、人生を歩き続けた先に同じようなヤツがまた現れる。
まるで、ゲームとかの色違いのモンスターみたいに何度も立ちはだかり続ける。
一度でも倒した事が無いとまた倒せずに苦労する。だから、そういう敵は全力で立ち向かわなければいけない。
ゲームが好きだったというその子に、そんな例えを交えてアドバイスしたっけ。
――でも、いじめられていた子がいなくなってもクラスの問題は無くならなかった。
いつも誰かが些細な事が原因で、何人かのターゲットにされた。
そして、私もそういう嫌な目に遭った。
きっと、間近に迫った受験のストレスで皆おかしくなっていたのかもしれない。
それでも私は気にしなかった。どんなに周囲の風当たりが強くとも、自分さえ正しい行いを貫き通せばいいだけだ。
私は正しい。私を阻む者が間違っている。
一人は孤独だったけど、その分私を強くした。そう信じて今日まで歩いてきた。
それなのに、高校に入学して私ができない事を当然のようにしてしまう一之瀬に出会った。
弱い癖に、いつも逃げようとする癖に、あいつは人を信じようとする。
信じて助けようとする規格外のお人好しだ。
私は誰かを信じないし、簡単に人を許せない。
私は、一之瀬みたいになりふり構わず人を信じて助けられる人間には絶対になれない。
人助けはしたけれど、結局それは自分の評価を高める為の手段だったし。
情けは人の為ならずとは自分自身に返ってくるという意味のことわざらしいけど、まさに私の導き出した究極の回答だ。
でも、もしも……あの馬鹿でお人好しな一之瀬が、クラスの誰にでも真に認められる存在になったら。
あの日傷ついた私の心を癒やす、そんなきっかけを得られるのかもしれない。
昔の自分がやって来た事は間違っていなかったんだって自信を持って言いきれる時が来るのかもしれない。
一之瀬が頑張るのを見ていると、そんな希望が見えてしまう。
だから、私はあいつの求めに応じよう。そう思った。
球技大会は学校の行事であって、私がやってたソフトの大会みたいな大それたものじゃない
――それでも。
「何が何でも、全力で投げてやるんだから」




