2-19 ファイヤーボール
赤坂の提案で訪れたのは、今は廃校だという小学校のグラウンドだった。
赤いツーサイドテールを軽快に揺らしながら、スタスタと奥へと進んでいく。立ち入り禁止と書かれた札があろうが、お構いなしだ。
老朽化久しい一階建ての横に長い校舎を通り過ぎ、俺達は廃校の敷地内を進む。
「おい、いいのかよ」
「大丈夫。私ここの卒業生だし」
何だろう、どういう理論かさっぱり分からない。
しかし、言っても聞かないって赤坂の性格だけは分かりきってる。こうなったら赤坂の後を追うしかない。
「ここって市内でも相当過疎地域じゃん? 子供が少なくなって、別の小学校と統合しちゃったんだ」
鷹越は市内でも最も辺境にある地区だ。この辺は町と言える規模の集落だけど、畑と民家がぽつぽつ建っているだけだ。
「ああ。人少なそうだもんな、この辺」
更に山がちな道を進んだ奥には県内有数の自然公園もある。公園と言っても、炊事遠足に行くようなキャンプ場じゃない、正真正銘の山だ。
少し進めばクマがうろつく深い山中。そんな自然に程近い場所が赤坂のホームタウンなのだ。
「……」
赤坂はこちらを振り向いたまま眉間を険しくさせていた。
「何だよ、悪かったって」
別に熊が出る山の話までは口に出していない筈。それなのに赤坂は不機嫌そうな顔。
同じ田舎同士でもマウントを取られるのは腹が立つらしい。
「別に。気にしてないし」
そう言って歩き出す赤坂。
「どうせ、同じ市内でもここは田舎よ」
「やっぱり気にしてるじゃないか!」
誰もいない敷地内に俺の素っ頓狂な声が木霊する。
絶え間なく鳴いていたカッコウの声がその瞬間止まった。
そんなやり取りをしながら辿り着いたのは校庭の最奥だった。
「人が来ない分、ここがやりやすいでしょ?」
高い鉄柱に張り巡らされたネット。その先に見えるのは田んぼだ。既に田植えが終わっているのか、トラクターも人の姿も見えない。
野球部用のバックネット前にはホームベースがまだ残っていて、土がそこだけ微妙に乱れている。
「一人寂しく壁相手にずっと投げ込んでたんだよ? サボってたわけじゃないからね?」
「分かってるよ。まだ昼前だし、とりあえずやろうぜ」
俺は持ってきたキャッチャーミットを手に嵌めてしゃがむ。
白鳥が貸してくれたやつだ。練習の甲斐もあってか、手にもだいぶ馴染んできた。
「じゃあ、投げるね」
そう言って赤坂はマウンドに向かうと、掴んだボールをくるくるさせてから投球に入る。
ワインドアップからの一球は思いの外、速く――俺のミットに鋭く切り込んできた。
「オーバースローかよっ!」
投げ返すと、赤坂はグローブではたくようにボールをキャッチ。その動作は妙に小慣れている。
「だからさあ。経験あるって言ったじゃん。一応野球部だった兄貴とキャッチボールしてたし。中学ではこれでもソフト部エースだったんだから」
恥ずかしさを逸らす為なのか、顔の前に突き出すようにグローブを構える赤坂。
ツーサイドのテールがぶるりと揺れ、オーバースローから放たれた二球目。
明らかに先程よりも球速を増していた。ミット越しなのに手のひらが痛ぇ……
「それにしたって本気過ぎるよ!」
勢いを殺しきれず、ボールが零れ落ちてしまった。
それを見た赤坂にだっさとか言われるかとヒヤヒヤしたが、
「そう……かな?」
赤坂は優しさすら感じる声音で、不思議そうに首を傾げる。
学校で見せる歯に衣着せない赤坂よりも、どこか親しみを感じてしまう。
これはアレかな。ヤンキーっぽい奴でも、二人の時は結構優しい一面を見せる展開的なやつ。
「西崎さんとか見たら、何一生懸命なってんのダサ……とか言うのかな?」
そう言って赤坂は西崎の口調を絶妙な声真似をしてみせる。
一見、強気な態度だけど、赤坂なりに気にしてるんだろうな。
「俺はさ……赤坂」
「え?」
「何にしたって、一生懸命取り組む奴が正しいと思う」
受け取ったボールを握ったままの彼女。
「だから、それを笑うやつは――笑う奴がおかしいだけだよ。気にすんな!」
俺は声を上げ続けた。
「一之瀬もたまには、いい事言うね!」
「どういたしまし――てッ!」
俺がもう一度来たボールを投げ返すと、赤坂はふうと一息。
「せっかく野球する機会がまた来たんだし。やるからには本気でやりたいよね」
そう言って、すぐに次の投球に入る。
でも、ちょっと待ってくれ。投球のテンポが早すぎるよ。どんだけやる気満々なの、この女子は。
「つーかさ、赤坂。ストレートだよな? これ」
三球目は若干中心を逸れて、俺は横に身を乗り出してキャッチした。
「そりゃそうでしょ」
野球素人にありがちなスローボールの全力投球とは違う。明らかにスピードがかかるようにボールに回転が加えられた球だ。
赤坂の火の玉みたいなストレートはミット越しでもジンジンと手に響く。これ、最後までキャッチャーを務められる気がしないよ。
「運動神経いい奴でもこれじゃ打てないって」
「一之瀬が私を褒めてくるって、何か変な感じする」
照れ隠しなのか、赤坂はどこかぶっきらぼうな口調でボールの握りを確かめていた。
「そういや、あんたは投げれるの?」
「へ?」
声を張り上げる赤坂から、今度は緩めのスローボールをキャッチする。
「一之瀬も野球やってたんでしょ? ピッチャーなら練習すれば?」
「小学校の頃だよ。それに、スタミナ持たないし。赤坂みたいな全力投球は続かないと思う」
返球を受け取った赤坂は『へぇー!』と声を漏らす。
そしてボールが入ったままのグローブを小脇に抱え、俺の方へと走ってくる。
「なに?」
「はいこれ」
白いボールを俺に手渡す。何かすごい無邪気で、学校で見るよりもかわいく見えてくる。
「投げてみなよ。早く」
そう言って少し茶目っぽく笑う赤坂。真昼の太陽が白い歯を眩しく輝かせた。




