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4-4 渡瀬さんの帰還

 昼休みもそろそろ終わりだ。出ていた連中が次々と教室に帰ってくる。


「あー、間に合ったぁ」

 どこか艶っぽい声の女子生徒。空いていた隣の席に座ったのは渡瀬奏音だった。

 渡瀬さんはこのクラスでは多くの男子から人気がある女子だ。 


「まだ九月なのにー」

 下敷きをぱたぱたさせて身体を冷やす渡瀬さん。いろいろと無防備すぎる。

 俺はその姿を極力見ないように横でじっとしていた。


 ――そういえば。

 ふとある出来事を思い出す。

 夏休み中に行われた夏期講習。その最中に俺は渡瀬さんから諫矢宛のラブレターを託された。

 しかし、結局諌矢本人はラブレターを受け取らず、返答すら曖昧のままだ。

 本当なら渡瀬さんに結果報告をしないといけないのに。


「あっつー」

 渡瀬さんの可愛らしい声が横で主張するように繰り返されている。

 あれから特に渡瀬さんからあの話には触れられず、席が近くなった今も手紙の一件はそのまま保留状態だ。それ以外にも渡瀬さんと俺の間にはいろいろな因縁がある。

 気まずい。できれば、近い席じゃなければよかったのに。


「ね、暑くない!?」

「……!?」

「そう思いません?」

 渡瀬さんは俺を見て小首を傾げる。心なしかこの暑さのせいか薄っすらと顔が汗ばんでいて、前髪の束が少し湿っているようだった。


「だってもう九月ですよ?」

 渡瀬さんは男子相手にはいつもこんな風に敬語口調で話す。

 一見、ワンクッション置いた距離感。それなのに、ころころと鈴の転がるような声はどこか人懐っこい。


「確かに。まだ九月だね」

 ぼんやりと、ようやくそんな言葉がついてでた。

 こちらをじっと見て離さない渡瀬さんの丸くて大きな瞳。今更だけど、渡瀬さん二学期から髪型変えたんだよな。

 これまでは内巻きにカールした肩先までのショートカットだった。しかし、今は二つに結わえた短めのツインテールになっていて、可愛らしさに拍車がかかっている。


「あっ、いや……もう九月か」

「あはは、何それ。一之瀬君天然?」

「普通に言葉間違えた」

「あはは、ウケる」

 動揺を悟られないよう慎重に答えると渡瀬さんが盛大に笑う。

 こういう時、諌矢なら気さくに会話に持ち込めるのに我ながら挙動が不自然すぎる。

 赤坂や竹浪、そして西崎。一学期中に関わるようになった女子は数人いるので少しは耐性できたと思ったけれど、渡瀬さんに話しかけられると未だに緊張してしまう。

 諫矢宛の手紙とか、入学直後に呼び出し食らって告白と勘違いしたりとか、渡瀬さんとの間にはいろいろな黒歴史があるからどうしても意識してしまうのだ。


「ね、一之瀬君」

「え?」

「夏休みに風晴君と出かけたって聞いたんだけど、本当?」

 渡瀬さんは椅子を少し寄せ、覗き込むようにして聞いてきた。

 体温が伝わりそうなその距離に俺は緊張で体が熱くなる。


「え、ああ。皆で祭りに行ったり――」

「いいですね、それっ!」

 潤んだ大きな瞳は見ていると吸い込まれてしまいそうだ。


「どうでした? 楽しかった?」

「ま、まあ。そこそこには」

「そこそこって!」

 くすくすと口許を隠して笑う。

 普段は丁寧な口調なのにこんな風にたまに砕けた口調になる。それが俺の心臓をきゅっとさせてくるの。


「そういえば、次って英語でしたっけ?」

「え、ああ。そうだね」

 俺は次の授業で使う古文のノートと教科書を二冊重ねて机の上に立てる。

 とん――その音を聞いてふと我に返った。


「え? 英語って最後の時間じゃなかった?」

 聞き返すと、渡瀬さんは小さなツインテールをゆらりとさせながら、指をぷらぷら揺蕩(たゆた)わせる。


「ほら、古文の三上先生と時間割を交換したとかで……」

「そうだった!」

 俺は思わず椅子をガタっとさせ立ち上がった。


「一之瀬君、どうしたんですか?」

 西崎の席の方を振り返ると野宮達取り巻きの女子がバタバタとそれぞれの席に戻っていくのが見えた。

 課題はもう写し終えたのかは分からないけど、取り返さなくちゃ。

 だが、しかし。


「あ、もう昼休み終わりだね」


 ――キンコーン。


 立ち上がりかけた瞬間に無情なチャイムが鳴る。なんてこった。


「じゃあ、授業始めますよー」

 しかも鐘が鳴り終えると同時に教室に先生が入ってくる。鐘の鳴る前から待ち構えてたのかよ!


「ちっ」

 西崎に課題を渡したまま授業が始まろうとしていた。

 恨めしい顔で振り向いた先。あのギャルもまた授業の変更には気づいていなかったらしい。

 西崎は普段絶対に見せない唖然とした表情でこちらを見ていた。


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