ポンコツ女神と家事男子 ~プチ一人暮らしの幼馴染を本物の女神に~
『はい、来週の土曜ですね。わかりました。では、詳しいことはメールで──」
ベッドに転がりながら電話を切る。
派遣のバイトが決まった。今週の土曜、単発だけどいい稼ぎになりそうだ。
「これで、今月も何とかなるかな……」
高校二年になってからバイトを始めた。
派遣会社に登録を行い、スケジュールがあえば仕事をすことができる。
だが、たかが一高校生の俺にはそんなに高いスキルがあるわけではない。
せいぜい接客や工事、あとは簡単な家事ができるくらいだ。
俺の住んでいるアパートの近くには、高校生を雇ってくれるところはほぼない。
コンビニもファーストフード店もすでに高校生枠は満席だ。
「お兄ちゃん?」
「んー」
今年受験の妹が二段ベッド上から覗いてきた。
「電話終わった? ちょっといい?」
「なんだ?」
妹は両手に持った教科書とノートを恥ずかしそうに見せてきた。
「宿題か?」
「当たり。ちょっとだけ教えてもらえないかなーって」
今年受験なのに大丈夫なのか?
「寝るまでだったらいいけど?」
「さっすが、助かるー」
ローテーブルに広げた教科書とノートを妹と並んで見る。
「で、何がわからないんだ?」
「ここと、ここ。あと、これも」
教科書ーページの半分くらいを指さす。
「……授業聞いてるのか?」
「ぼちぼち?」
「あのなぁ、今年受験なんだからもう少しまじめに──」
「わかってるー。だからこうして勉強しにきたんだよっ」
受験生の家族を持つと疲れる。
俺が受験の時は、自力で何とかしたのにな……。
「はぁ……。まぁ、しょうがないな。ほら、教えてやるよ」
「さんきゅー」
隣にぴったりとくっついて二人で勉強。
気が付いたら結構でかくなったな、昔はもっとチビだったのに。
高校受験、失敗なんかするなよ?
※ ※ ※
「行ってきまーす」
今朝もいつもと同じように高校に向かう。
毎朝来る駅に着き、いつもと同じ時間の電車に乗って同じルートで通学。
そして、同じ電車にはあいつも乗ってくる。
いつも同じ場所。同じ時間。
そして、同じ体制で本を読んでいる。
綾瀬瑠奈。
幼稚園から高校までずっと同じ。
腐れ縁もいいところ。
だが、俺はあいつに嫌われている。
いつの頃からか全く話をしてくれなくなった。
最近じゃ目も合わせてくれないし、学校でも必要最低限しか話もしない。
まぁ、あいつも学校では『女神様』と呼ばれるくらいの人気者だしな。
見た目は可愛いし、スタイルいいし、成績もいい。
さらに、噂だと家事も完璧で紅茶を入れて飲むのが趣味だとか。
ここまでくると、住む世界が違うと本気で感じる。
多少は気になるが、あいつと関わることも今後少なくなっていくだろう。
あいつの家はでかくて立派、俺んちは普通のアパートだ。
元々住む世界が違うんだよな。
きっと、大学に行ったら別々になるだろうし、かえって距離があってよかったのかもしれない。
電車でいつも聞いている音楽を今日も流す。
視界にはあいつの姿が目に入る。
乗降口の扉が開くたびに、あいつの髪が流される。
その髪を耳にかけなおす姿が、やたらと目につく。
ふと、視線が交差した。
するとあいつはすぐに俺から目を離す。
見られたくない、のか……。
学校につき、自分の席にバッグを乗せ、朝寝の準備に入る。
ホームルームまであと少し。少しだけ寝かせてくれ。
「なんだ、朝から寝るのか?」
声をかけてきたのは前の席にいる石川龍平。
一年からの付き合いなので、それなりに仲がいい。
「昨日妹の勉強見てやったから、眠いんだよ」
「鳴海ちゃんの?」
「あぁ、あいつ今年受験だからな」
「そっか。で、ここに入るのか?」
「多分な」
「そっかそっか、それは良かった……」
「なんで良かったなんだ?」
「そりゃ可愛い後輩が入ってくるのは、先輩として嬉しいだろ?」
こいつ、何を考えているのか……。
「妹はやらんぞ?」
「恋の行方は誰にもわからないのさ……。な、義兄さん」
「お前に義兄さん呼ばわりされる筋合いはない」
朝からばかげた話をしている。
早く先生来ないのかな……。
と、少し離れた所で女子たちが何かを話している。
「そうなの? 瑠奈、家でしばらく一人なんだ」
「そうなの。お父さんがしばらく出張で、お母さんも一緒に行ってしまってね」
「プチ一人暮らしだね、いいなぁー。私も一人で暮らしてみたい」
「結構大変なんだよ? ごはんの準備とか、洗濯とかさ」
「そう? でも普段から瑠奈はやっているから、問題ないね」
瑠奈は右手で自分の髪の毛先をクルクル触り始める。
あ、あいつ何かごまかそうとしているな。
「う、うん。もちろん大丈夫。私は料理も掃除も、何でもできるしさっ」
「いいなー、私もできるようになりたい」
「れ、練習すれば大丈夫。私も初めはできなかったし」
あ、あいつ嘘ついてる。俺の知る限り料理のセンスは壊滅的。
昔、あいつの家へ遊びに行ったことがあるが、部屋はすごいことになっている。
が、あれから結構な時間もたった。成長したんだな……。
「そっか。瑠奈は結構お嬢様だから、何でもできるんだねー」
「ま、まぁね……。それに、週明けには一度帰ってくるって言っていたし、大したことないよ」
プチ一人暮らしか。
うちは狭い部屋に妹と二人。俺もいつか一人暮らししてみたいな。
※ ※ ※
土曜日。予定通りのバイトが入る。
請け負ったのはハウスキーパー。
掃除、洗濯、料理などの家事全般。そのほかにも買い物や留守番なども行う。
今回は単発だけど、依頼主に気に入ってもらえれば長期採用の見込みもある。
しかも! 今回行く家は自宅から近い。
なんせ自転車で行くことができ、何とも俺にとって都合がいい場所にある。
だが、一つだけ気になるのは依頼主の名前。
俺の知っている奴と同じ名前なんだよね……。
しかも、事前に住所を調べたが非常に嫌な予感がする。
しかし一度請け負ってしまった以上逃げられない。
派遣会社との信頼関係もあるしな。
予定通り、訪問先に着く。
恐らく俺の予感は的中だろう。
──ピンポーン
「こんにちはー」
扉の奥から足音が聞こえてきた。
さて、俺の予想は当たるのか!
「お待たせしました、今日はよろしくお願いします!」
「……チェンジ」
予感的中。ですよね。
この名前、住所、一人しかいないですよね?
「入っても?」
「……今の話聞いてた? ほかの人にチェンジで」
「お客様、契約書ご覧になりましたか?」
「……一応」
「変更の場合は事前に。しかも、今からの再手配だと、料金も別にかかりますよ?」
「……何とかならないのかしら?」
「無理やりだったら何とかなりますが、もしかしたら人が足りなく、すぐに手配はできないかもしれませんね」
あくまで仕事。
「……ちょっと待ってて」
扉を閉められ、俺は玄関の外で棒立ち。
おい、普通の奴だったらクレームものだぞ?
しばらくすると再び玄関の扉は開き、さっきと同じ顔の女性が出てきた。
「綾瀬瑠奈様、いかがいたしましょうか?」
「……再手配は難しいって。でも、週明けまでに何とかしないと」
「で、いかが──」
突然瑠奈が俺の袖をつかみ、中に引き入れる。
「いいこと、これは絶対に秘密よ。誰にも言わないこと」
「言いませんよ、守秘義務ありますから……」
「なら、いいわ。さっさと中に入って」
頬を真っ赤にした瑠奈はなぜか息を切らしている。
よっぽど嫌だったのか。でも、そっちが派遣を頼んだからしょうがないよな?
俺だって仕事なんだし。
「おじゃましまーす。何年ぶりだろう、ここに来たの」
「最後に来たのは小学校四年の夏休み。忘れたの?」
よく覚えていますね。
すっかり忘れていたよ。
「そんな昔か……。で、なんでハウスキーパーなんて頼ん──」
俺は一瞬目を疑った。
なんだ、この荒れたリビングは。ま、まさかっ!
「瑠奈っ! まさか泥棒でも入ったのか! 警察に電話を!」
俺は慌ててスマホを取り出し、緊急コール!
「ま、待って! 違うの、そうじゃないの!」
瑠奈は慌てて俺へとびかかり、俺のスマホを奪い取った。
が、その勢いで瑠奈は俺に覆いかぶさった状態で倒れる。
「痛っ。って、なんで飛びかかってくるんだ!」
「違うの、そうじゃないの。まずは、話を聞いて……」
少し落ち着いた瑠奈は俺に荒れた部屋のソファーへ座らせ、ペットボトルのお茶を出してくれた。
ん? 学校では『私、紅茶をいれるのが好きなの』とか言っていませんでした?
俺の隣に瑠奈が座り、渡されたペットボトルのお茶を飲み始める。
なぜわざわざ隣に座るのかって?
俺の隣以外には空いたスペースがない部屋が荒れているからだ。
「で、お得意の紅茶は入れないのか?」
「ティーパックでいい?」
聞いてる話と違くないか?
「……あのさ、何か俺に言うことあるのか?」
「えっと、あの……。久しぶりに話したね」
「そうだな。随分と距離を取られていたからな」
実際、距離を取ってきたのは瑠奈の方だ。
俺からは何もしてない。
「そんなことないよ? うん、そんなことはない……」
その距離は今後縮まることはないだろう。
俺とお前の住む世界が違うからな。
「で、このリビングはなんだ?」
すごい荒れよう。いったい何が起きたというのだ。
食器、ごみ、洗濯物? とか、枯れそうな植物。
ほこりがかぶり始めた家具類アンド家電製品たちよ。
「なんでもないよ? 勝手にこうなったの」
何だろ? 意味が理解できない。
「言い方を変えよう。なぜハウスキーパーを?」
うっすらと涙を浮かべながら瑠奈は訴え始める。
「大丈夫だと思ったの。ほんの数日なら、大丈夫だと思ったの」
「何が?」
「週明けにお父さんとお母さんが帰ってくるの、何とかして!」
「……はい?」
「だから、この部屋と二階。お風呂とか洗濯。あと、冷蔵庫の中も何とかして! お願い!」
あれれー、おかしいぞー。
男子の奴らから『黒髪の女神様』とか言われている家事万能女神さまのお言葉とは思えなーい。
「なぁ、瑠奈は『黒髪の女神様』って呼ばれているの知ってる?」
「噂では……」
「で、その女神はなんで働かないんだ?」
「──なの」
声が小さい。
「はい? 聞こえなかった」
「──きないの」
「はっきり言ってくれ。じゃないと、仕事ができない」
そんなことはないんですけどね。
「嘘なの。家事、できないの……」
「なんでそんなことに?」
瑠奈は、ゆっくりと訳を話してくれた。
高校に入ってすぐ友達ができた。
その子はいい子だけど、話を少し肥大化するスキルを持っているらしい。
紅茶が好きと話したら、紅茶を入れることが好きに変換され。
料理の勉強中と話したら、お料理がすごく得意になり。
クッキーも甘いものも好きだと、お菓子つくりもかなりうまいということに。
そして、一年経過したら女神が出来上がってしまった。
「なぜ本当の事を言わないんだ」
「だって、みんながそう言ってくれると嬉しくて、つい……」
ダメだ。ダメな女神様だ。
「で、どうするんだ?」
「えっと、予定だとね明日までに家を何とかして、いいハウスキーパーさんだったら、そのまま長期契約。そして、いろいろと教わろうかなって……」
「長期契約ね……」
「でも、無理みたい。海斗、私のこと嫌ってるよね?」
「なんでそうなる?」
「だって、私から距離置くようになったじゃん。話もしてくれないし」
その言葉、そのまま返そう。
「なんだよ、距離置いたのそっちだろ? 俺は前からかわってねーよ」
「だったら、また話してくれる?」
「あぁ」
「一緒に登校してくれる?」
「あぁ」
「一緒に遊んでくれる?」
「あぁ」
「一緒にご飯食べてくれる?」
「しつこい。何でもいいよ。昔みたいに、遊んでやるよ」
「本当!」
さっきまで泣きそうだった瑠奈は満面の笑顔で俺に抱きついてきた。
「ちょ、おまえ!」
「あ、ごめん。つい嬉しくって。でも、こうしてもいいんだよね? 昔はよくしていたし」
何年前の話じゃ!
「早く離れろ」
俺だって、男なんだよ……。
それくらい察しろ!
「うん……」
それから、部屋がこうなった原因を聞いてみると、開いた口がさらに広がった。
食器は使ったら後でまとめて洗おうと、溜めにためまくって崩壊。
ゴミも、出そうと思ったら出す曜日を間違って全然出せない。
洗濯ものも、たたむのをあとまわしにしたら、どんどんたまっていき、床が埋まった。
お風呂はめんどくさくなり、シャワーだけになった。
「何してるの? 生活している?」
「なんとか」
「ごはんは?」
「冷蔵庫の作り置きと冷凍食品で何とか。でも、そろそろ野菜が変色を……」
「ジャガイモ、芽がでてるな」
「植えたらジャガイモ増える?」
「……やってみるか?」
「ごめん」
こんなにも生活能力がなかったのか……。
これは、何とかしないと!
数年ぶりに二人で一緒に掃除をする。
昔は、こうしてよく瑠奈の部屋の掃除をしていたなー。
って、もしかして、瑠奈の家事スキルが低いのは、俺のせいなのか?
「な、なぁ、ちょっと聞いてもいいか?」
「なに?」
リビングのごみをまとめている瑠奈に声をかける。
「もしかして、家事出来ないのって俺のせいなのか?」
「多分違うと思うよ。でも、子供の頃は海斗にほとんどしてもらっていたからなー」
まさかの新事実。
俺は、瑠奈の成長を邪魔してしまっていたのか!
そして、俺が家事が得意になっている理由は……。
「そ、そうか……」
俺は瑠奈から奪ってしまった。
成長というチャンスを!
「瑠奈」
「ん?」
俺は責任を取らなければならない。
『黒髪の女神』と言われたお前を、本当の女神にしてやらなければ!
両手を瑠奈の肩に乗せ、真剣な目つきで瑠奈を見つめる。
「瑠奈」
「ひゃ、ひゃい!」
「俺が責任を取る」
顔を真っ赤にした瑠奈の目が左右に踊る。
「ほ、本当に?」
「あぁ、お前の時間を俺にくれ」
「本気? 本当に、本気なの?」
「男に二言はない」
お前を、立派な女神にしてやる!
家事をこなせる、女神にな!
「うん。わかった。私の時間全部海斗にあげる。絶対に幸せにしてね」
「おう、任せろ! 絶対に(家事ができるようになって)幸せにするさ」
ちょっと行き違いもあるかもしれない。
でも、二人のこれからは、きっと明るい。
「なんでそこに塩なんだよ!」
「え? だってしょっぱい方がおいしくない?」
「そこは砂糖! あと、醤油と日本酒!」
「お酒? 私たちまだ高校生だよ!」
「料理酒位使うわ!」
二人の物語は、始まったばかり。
これからどんなことが待ち受けているのか……。
こんにちは 紅狐です。
学園ラブコメのワンカット。
二人のこれからはどうなるのでしょうか……。
ちょっと気になりますね!
もしよかったら下の☆を★にしていただけると、作者は大変喜びます。
よろしくお願いします!