はじまりの扉
「大方、セレナ・イーグリアはウルフ派に捕まって身動きが取れないのだろうと思われる」
イーグリア首相は直近、異世界に訪問する予定が入っていた。恐らく、その際に拘束され、ゼロバンに帰れずにいるのだろう。というのが、タロウとイチロウの見立てだ。
なるほど、当のサンダウルフは邪魔ものがいない状態でイーグリアに罪を着せ、自分がトップの座に就くよう暗躍しているといったところか。手筈が整い次第、今イーグリアのいる世界は他の世界と交換され、存在さえ消されるに違いない。
手段を択ばないウルフ派ならやりかねない。タロウとイチロウの仮説を聞いただけで、私の中でもサンダウルフの目論見が筋通って見えてきた。
ーーということは、セレナ・イーグリアを救出するのは、異世界の入れ替えが行われる前の今しか出来ないことになる。
「このままではセレナ・イーグリア首相の救出が困難になります! 行きましょう、救出に!」
「……と、君なら言うと思ったよ」
慌てて叫んだ私に対して、タロウは逆に落ち着いてにこりと微笑んだ。そして、よしよしと私の頭を撫でる。どうやら、タロウ的には正解の発言だったらしい。しかし、まるで先生に褒められているようだ。子供扱いするなと言いたかったが、少し心地よかったのでフンと鼻で笑って誤魔化しておいた。
すると、私とタロウのやり取りを見ていたイチロウ。
「仲が良いな。タロウにもやっと女の子が……」
そう言うと泣き真似をしてきた。
「ち、ちが……!」と何やら必死に訴えるタロウ。
そんなタロウの訴えを慣れたように交しつつイチロウはポツリと呟いた。
「誰か、このからくりに気付いてくれると思っていたが……エミリー君、君でよかったよ」
「どうしました?」
「いやね、この備品輸送課と異世界との繋がりに気づいて、よく気づいたね」
言われて私は思い出した。そうなのだ、そもそも私だけ何故ここに戻って来れているのか謎だったのだ。慌ててイチロウに問いただす。
「何故、本体の扉が閉鎖されているのに備品輸送課は異世界と繋がれているのですか? 私は何故帰ってこれたのですか?」
「君は、扉が実は他にもあることを知っているかい」
「他にもですか?」
私が首を傾げると、イチロウはゆっくりと語り始めた。
「君ははじまりの扉を知っているかい?」
「はい、宝石祭りの時に出てくる……」
「あれは、実在しているんだ。そして、今も鍵と共に大事に保管されている」
はじまりの扉は、最初に異世界との接続に成功した扉である。そしてその扉が接続した先の世界は、現在の表現だと世界番号001。
この世界は別名「はじまりの世界」ともいわれている。何故始まりなのかと言うと、最初の接続の世界の他に、他の世界をさらにつなげる始点となった世界でもあるからだ。
世界001が発見された当時、001内を探索すると、なんと世界番号002へつながる扉が出てきたそうだ。そして、探索を続けると、世界002から003や004への扉が発見された。さらに探索を続けるうちに、次々と扉が現れていく。後に莫大な数の世界があることが発覚し、ついに個々の扉の把握が困難になった。そこで、人々は扉を一箇所に集め、管理できるようにと現在のクロニゲートを創り出した。
ただ、扉の大きさは様々で、大きい物はそうそう運べない。そのため、クロニゲートには各々の扉の一部が使用されることになった。今のクロニゲートが扉サイズで存在するのは、適度なサイズに切り出したためなのだ。
故に、今のクロニゲートにある扉は、はじまりの扉から順に発見されてきたバラバラの扉の一部を、移植しているに過ぎない。逆にいえば、分離された扉のカケラがまだ各々の世界には残っていることになる。
そして、今でもはじまりの扉である001を通過すると各々の世界に伝うことができるのだ。
今の備品課はそのはじまりの扉である001と接続をしているため、クロニゲートでの障害は影響せず物資の移動が出来ているそうだ。
「なんでこんな大切なこと、私達が知らなかったのでしょうか……」
「それは、今回のように悪用する輩がいるため、トップシークレットになっているからだ。歴代異世界統制省の大臣や首相しか知らないと思われる」
「では、サンダウルフはそれを悪用して……」
「いや、それは無いと思われる」
「なんでですか?」
「何故なら、私が引継ぎをしなかったからな」
「……?」
イチロウの言葉に私が首をかしげていると、タロウがなんとも言えない、悔しそうな顔でこう述べた。
「親父は……元々、異世界統制省の大臣だったんだ」
「……はい?!」
余りの驚きに、声を上げてしまった。失礼かもしれないが、課長としてずっと現場で頑張っているようなベテランにしか見えないからだ。
「エミリー、君は俺達の親族がウルフ派に騙されたと、前に言ったのを覚えているか?」
「はい……」
確か、過去にサラッとタロウの親族が被害にあったと言っていたことを思い出した。もしかして、異動を余儀なくされたのは父親だったのか?
「俺達ヴィンセンティア家はイーグル派の中核を担っていて、世界間の補助を積極的に行うような一族だった。特に親父は大臣として立派に職務を全うしていた」
ある時、とある貧困問題を抱えている世界が発見された。イチロウはその世界を不憫に思い、少しでも生活の足しになるような知識や一時しのぎになりそうな物品で援助をすることにした。
しかし、後にその功績は自身の私利私欲のために金品の不正なやり取りをしたとして密告され、咎められることとなる。
この裏で手を引いていたのは、なんと当時副大臣だったサンダウルフだ。世界に物資を送ることをイチロウに提案しつつ、自身は裏で不正な金銭のやり取りをしていたという情報工作をしていたのだ。
イチロウがサンダウルフの暗躍に気づいたころには、時すでに遅し。不正な取引だと処理されることとなってしまった。当時の大臣の不正は罪深く、罰としてイチロウは大臣の身分をはく奪された。
イーグリア首相の慈悲でいずれかの省庁の局長へと異動する予定だったが、イチロウはそれなら……と、今の備品輸送課を希望したらしい。現場で働いて初心に戻りたいというイチロウの強い要望が通った形だ。
「なんて酷い。上司を騙していたのですね」
「でもな、俺はそんなことで潰されるような器じゃないんだ」
そう言うとイチロウはニヤリと笑った。悪巧みするときの笑い方がタロウとそっくりで、思わず「親子だなぁ」なんて思いながら、私は続きを聞いた。
「表上は現場に携わりたいとの意見だが、本心は違う。ここに俺の復讐心があったんだ」




