令嬢第八事例 報告6
「夜分遅く失礼します。セリカ様、只今戻りました」
夜、皆が寝静まるのを待って、セリカの部屋に入る。
「こんばんは、どうでしたか? 何か良い案はありましたか?」
「はい、とっておきの方法を! セリカ様を蔑ろにしたジュン様をぎゃふんと言わせてみせましょう!」
「ぎ、ぎゃふん?」
自信満々且つ、ニヤニヤと笑う私に対して、少し引いている様子のセリカ。
だが私はお構い無しに鞄に手を入れると、瓶を取り出してズイッと見せつけた。中には青緑のドロドロとした液体が入っている。
「これは薬……ですか?」
訝しげに瓶を見るセリカに、私は頷いて説明する。
「今からこの薬を飲みます」
「え、……見るからに怪しそうなのですが……これは何の薬なのですか?」
「これは……ビックリドッキリマジカルチェンジ薬です」
「すみません、どこからつっこめばいいのか判断しかねますが、そんな可愛らしい名前がよくこんな薬に命名されましたね……」
名前こそふざけてはいるが、これは万能変身の効果を持つ立派な薬である。主に完璧な変身が必要な際に使用する。
いつもの変身魔法では見た目だけを真似るため、多少粗が出てしまう。しかし、これを使用すると変身時に精密な再現が可能となる薬なのだ。具体的には生体認証の行われる環境で力を発揮する。
今回のような科学中心の世界では、機械が顔認証や血管の認証を行うことが多い。ただ、それに対抗できるような変身には限界がある。今回はほぼ丸写しをした状態にまで再現する必要があるため、専用の薬を用意するに至った。
そして、この薬を使って何をするかと言うと……
『ジュンになりきっちゃうぜ大作戦』だ。
私がジュンになりきり、アイラに新しいデータを上書きする作戦を行うのだ。
「現段階でアイラの初期設定の変更は大きな弊害がありますが、上書きでデータを追加するのは簡単です。今のアイラが過去のジュン様との蓄積データに伴い存在するのでしたら、ジュン様の情報を更新すればいいのです」
淡々と説明を始めた私の一方で、セリカの頭に大きなハテナが現れた気がする。
ただ、説明する時間は無いし、善は急げだ。
戸惑うセリカを連れ、私は転移魔法でジュンの部屋に忍び込んだ。機械ばかりが雑然と置いてある部屋の奥にジュンのベッドがあった。私は眠るジュンの側に立ち、そっと額に触れる。
そして、私は不安そうに見るセリカを他所に、薬を一気に飲み干した。……うぇぇ、不味い。
すると、ジュンの額に触れている手から順に、変身が開始される。私の細い手はゴツゴツとした男の手になり、身長も伸びてきた。横で一部始終を見ているセリカは驚きの光景にただ口を開けて見ている。
そして遂に変身が終わったらしい。魔法で服を纏うとジュンにはしばらく眠るように魔法をかけておいた。
これで準備は終わりである。
「まさかこんなに酷似して再現できるとは……でもジュンに変身してどうされるのです?」
「まぁ見ててください」
早速私はアイラの所に向かった。
「やぁアイラ、今いいかい?」
自分の声が低くて違和感はあるものの、アイラが振り向いたので問題は無さそうだ。私は変身の成功に安堵し、早速行動に移す。ドアの影でセリカはハラハラとした顔でこちらを見守っていた。
「アイラ、今日も美しいね」
「ジュン様。今日はとても軽快な口調ですね」
しまった、ジュンはこんな口説くような台詞を言わない性格だったのを思い出した。私が口籠ると、不思議そうにアイラはこちらを見る。話始めていきなり不信感を与えてしまいそうだ。
ジュンらしく話した方がいいだろう。
しかし、どちらにせよデータの上書きをするのだから、これくらいの変化は必要かもしれないとも思い始める。
ーーいっそのことデータを色々と書き換えちゃえ。私の悪戯心がそう囁いた。
「今日から僕は心を入れ替えることにしたんだ。今日も僕は美しい。僕が美しくなるためには、アイラ、君にも変わってもらわないといけないんだよ」
心持ち動きを激しくして、ジェスチャーをわざとらしくしてみる。まるで……そう、ミハエルを真似てみる。
「私が変わる? ジュン様、私はどうすれば宜しいでしょうか?」
「まずは、これから僕はセリカを大切にしようと思うんだ」
すると、セリカが必要だと言われたアイラは自分の価値が危うくなると判断したのか、ジュンが喜びそうな発言を重ねて述べ始めた。
「あなたはキャラメルのように優しい人」など。意味が分からない。いや、何をロボットに言わせているんだジュンは。
脳内でツッコミを入れつつ、私はことごとく嫌がるそぶりをすることにした。
何回かこのやり取りが行われた後、アイラの目が青に光った。
「ジュン様、失礼します」
あまりの変貌ぶりに、アイラは私をスキャンし始める。恐らく同一人物か確認をしているのだろう。
「生体認証、異常無し。ジュン様本人」
同一人物だと認識されたらしい。変な薬での変身で対応しておいて良かったと、内心ホッとした。
「ジュン様、いつもと反応が違います。本当に心変わりをされたのですか」
アイラは機械とは思えないほど、丁寧に首を傾げた。私は大きく頷く。
「ああ、本当だとも」
ーーさて、私の本領発揮といこうか。
「その上でアイラ、君に約束してほしいことがあるんだ。」
「約束ですか?」
「もし今後アイラに僕が甘えたり、セリカに酷いことをした場合は容赦なくきつい言葉で怒って欲しいんだ」
「怒る?」
「そう、僕は怒られると喜ぶんだ。見た目で嫌がっていても、内心は楽しんでいると今後は思ってね」
ーーとんでもない嘘である。
ジュンだと信じているアイラは、素直に頷いた。
「それとね、今後セリカに酷いことを言ってはいけないよ。セリカは君をいじめていない。セリカを巻き込まないで欲しいんだ」
「はい、以後気をつけます」
また、アイラは素直に頷いた。恐らく今のアイラなら、私の約束を守ってくれるだろう。
アイラは何か計算をしているのか、目線は宙を彷徨っている。
さて、あとはどうするかな。
その後はアイラが言う発言を見事にネタで返して、アイラの今までの蓄積データを尽く上書きしていく。
「ジュン様、素敵です」
「ステーキ? ステーキ美味しいよね!」
「ジュン様、好きです」
「スキップスキップらんらんらー」
しばらくすると、アイラはあまりのデータ変更量の多さにショートしたのか、目が青や赤に光り始めた。
「新規データ過多。データの大幅更新を行います」
ーーそろそろいいかな。
扉の裏で不安そうにこちらを見ていたセリカに目配せをして、私はそっと部屋を後にした。




