隠された世界
タロウの歩幅は広く、早歩きをされると私には小走りとなってしまう。だが、急いでいるのは分かるのでタロウに一生懸命ついて行った。
そして、人通りの少ない所まで来ると、タロウが立ち止まった。息切れしつつ私はタロウに問う。
「ちょっと、タロウさん急にどうしたんですか?」
「あいつはウルフ派の人間だ。余計なことを聞かれる前に離れた方がいい」
「え?! あのミハエルさんが?!」
まさかのミハエルがウルフ派だったことに、とても驚いた。全く派閥なんて意識していなかった。冷酷なウルフ派のイメージがあったので、あのどこから入手したのか分からない薔薇を纏うミハエルは、私にとって完全に派閥外の人でしかなかったのだ。
「あぁ、そうだ。まさか君が奴と顔見知りなのは想定外だ」
顔見知りというか、今回のサブリナの案件についてはもはや協力者だ。これはまずいと思い、タロウに今回ミハエルが妖精と共に現れたことから解決に至るまでを説明した。
すると、タロウはこれでもかという大きなため息をついた。
「まさかここまで深く関わっていたとは……」
タロウは髪を掻きむしりつつ、考えをまとめるように独り言を言い出す。
「あの言い方では、おそらく何処かの世界が故意に閉鎖され孤立することを知っていたのだろう。しかし、その対象がエミリーだとは知らなかった。ここで、奴が意図的にエミリーを孤立するよう企てた、又は加担したとは考えにくい」
「ミハエルさんのせいではないと?」
独り言を聞いてしまい、私も思考の整理に入れてもらう。
「あぁ、君があの世界に行ったことを知っているのはミハエルと妖精。妖精は上役に接点がないので、ミハエルが君のことを漏らしたと考えられる。しかし、孤立させる対象人物までは把握していな様子から、ミハエルの何気ない報告を上役がキャッチして、ウルフ派に漏らしたと考えて良さそうだ」
「ま、まってください。私、今の話では本当に孤立させられそうになった感じになってませんか?」
なんか、私が孤立させられる前提で話が進んでいる。慌てて苦笑いしてタロウの言葉を止めた。
すると、タロウが悔しさと悲しみのこもった複雑そうな顔を一瞬見せると、躊躇いがちにこう言った。
「……残念ながら、先程のミハエルの反応だとそっちの線が強そうだ」
「え、そんな……」
タロウの言葉に、私の頬がヒクついた。苦笑いで済ます予定だった頬の筋肉が、もはや硬直している。
自分のどこかで、ただの事故だろうと思っていた節があった。しかし、タロウという頭のキレる人物の言葉によって、私の孤立という恐ろしい現実を突きつけられた気がした。
「取り敢えず、ミシェル課長の所に戻るぞ」
◇◇◇◇◇◇
魔法省の悪役令嬢おたすけ課。慣れた部屋に戻ってきた。
すると、私の姿を見て、課長が仕事を放り投げてこちらに駆け寄る。そして、私のことをぎゅっと抱きしめた。
「良かった。良かった……本当に戻ってこれたのだな」
課長が心から安心して私の帰りを喜んでいる。周りにいた先輩たちも、事情を知っているのか、安堵のため息を漏らしたり、暖かい目で見守っていた。
課長は知ってたんだ。私が帰れなくなっていたことを。
そして、課長の態度を見て、私は再び実感してしまった。
ーーああ、私やっぱり孤立させられそうになってたのだな。
「課長、ご心配をおかけしました。エミリー、只今帰還しました」
「分かっている。戻ってこられて本当に安心した」
再会を喜びつつ、タロウと共に今回の案件の報告、そして異世界での孤立について課長に現状をすべて話した。バッジによる報告の処理が終わり、すべての情報が出そろった辺りで、課長はこう言った。
「私が思うに、タロウの仮説が一番説得力があると思う」
「え、じゃあ課長も私が故意に孤立されたと考えるのですか?」
「ああ、ミハエルの言葉や態度を加味すると、おそらくその説が一番筋が通る。以前の呼び出しの際に、君がウルフ派にとって不都合である情報を握ってしまったのだろう」
「じゃあ、やはり私は目をつけられてしまったのですね……」
「残念ながらそうだろう」
そう語る、課長の雰囲気はとても暗いものとなる。基本的に無表情な課長だが、今回ばかりは眉毛がへの字になってしまっていた。私のためにこんなに悩んでくれる存在にありがたく思いつつも、やはり目先のウルフ派への恐怖が勝ってしまうのか、私は自分の胃の辺りがきゅっとする感じがした。
手段を選ばず、冷酷なことも難なくしてのける存在だと聞いていたが、ここまで行動が早く、そしてやり方が卑怯だとは思わなかった。
「でも、普通は世界の接続が途切れたら誰かが気づいて止めますよね?」
「ああ、きっと口封じがされているか、管理側が全てウルフ派に乗っ取られているかだろうな。後は、定期点検前に、入れ替えを行うということも考えられる」
「い、入れ替えですか?!」
私が驚いて声を上げると、課長がタロウの方をちらっと見たあと、こう説明を加えた。
「エミリー、君は知らないと思うが、世界は年々新しく発見されているのだ。基本的に発見された世界には世界番号が割り振られて、管理されていくが、一部は隠されることがある。……どうしてだと思う?」
「もしかして……保険ですか?」
「そう。今回のように接続を切った後に何事もなかったかのように、その世界番号を別の世界に割り振り、さも最初からその世界が存在していたかのように偽るのだ。似たような世界を割り振れば、バレないこともない」
「そんな……でもクロニゲートに本体の扉がありますよね? 扉の切り替えは異世界統制大臣の許可が必要なんじゃ……」
「その異世界統制大臣は誰だ?」
そこで、私はハッとした。
「……サンダウルフ」
そう、現異世界統制省の大臣はウルフ派のボスだ。よって、異世界の入れ替えなど容認出来てしまうのだ。
職権乱用も甚だしいところではあるが、それがまかり通ってしまう所がこの世界の闇なのかもしれない。
「今回の話だと、サブリナ嬢をこのゼロバンに取り調べとして連行しているはずだ。異世界の入れ替えが容易に発覚するので、完全な孤立にはさせる気はなかったのだろうな。一時的な孤立を行い、君に精神的ダメージを与えるのが目的だったのだろう」
はい、相当大きなダメージを食らいました。まさか帰ってこれなくなるとは思わなかった。
「今回の騒動を機に、君にはウルフ派と思われる者と限りなく接触しない案件を回そうかと思う。そして、部署間の連携はイーグル派の者と組めるようにしよう。ウルフ派のほとぼりが冷めるまで様子見だ。イーグル派に関わってしまうが、君の安全のためだ。いいか?」
いいかどうか以前の問題で、自分への危機が迫っている。手段は選べない。私は大きく頷いた。
「お願いします」
◇◇◇◇◇◇◇
課長との今後の話が終わり、私が暗い顔をしていると……横のタロウがふと呟いたのが聞こえた。
「そういえば、この前の依頼の貸しを返して貰ってなかったな」
タロウは思いついたように言うと面白そうに私を見た。心持ちニヤリとしている。
「タロウさん、私のこの心境分かってます? 今そう言う話は……」
言いかけた言葉を止めた。とてもニコニコと笑っているタロウ。何か企んでいる時の顔である。
「タロウさん、何を企んでいるのですか? やめてくださいね、絶叫マシンに乗るとかそんなこと言わないで下さいよ?」
「はぁ?! 何言ってるんだそんなこと言うわけないだろ!……今度宝石祭りに付き合ってもらおうと思っただけだ」
「宝石祭り?」




