雨宮努の推理?
目の前の飯塚と名乗る白髪の年老いた男は、大きく目を見開いた。
「な、なぜ……。どうしてですか?」
彼は声を震わせながら俺に尋ねた。
「すみません。確信があった訳でも、推理をしたからでも何でも無いんです。私のさっきの言い方は、飯塚さんの反応を見るためでした。……でも、やっぱり当たっていましたか」
そして続ける。
「ですよね、正一さん」
彼は、あっさりと頷いた。
「空き巣の男子高校生も、あなたのことですよね」
「……なぜ分かるのですか?」
俺を見つめるその瞳は、挑発するようにギラギラと輝いている。
「普通はこんなにも沢山、関係者の話を見つけられませんよ。近所の人達の噂や家に残る手がかりは見つけやすいですけれど、今回のように日記と体験談まであるなんて、極めて稀な例です。
それに空き巣の少年は和子さんの日記を見つけている。あそこに書かれていた、『俺はまず驚き、その後の記述に背筋が粟立った。』の『まず驚き、』は和子さんの日記だったことを知って驚いたんじゃないですか? 全く見ず知らずの人があの日記を読み驚くことは、怪現象と人が死んだことくらいですからね。
和子さんの日記に出てくる知り合いで尚且つ男性は正一さんしかいません。空き巣の少年を正一さんとすると、日記を読み驚いたことの説明がつきます。そして正一さんをあなたとすると、あなたがこんなにも沢山の資料を持っていること、貫通屋敷を調べようとする動機の説明がつきます」
彼は真剣な眼差しで聞いていた。そして、俺が一通り話し終わると満足そうに笑った。
「お見事です……! その通りです。流石雨宮さんですね。いえ、雨宮先生」
「せ、先生呼びはやめてください」
「ありがとうございます。雨宮さん。本当に……」
「飯塚さん。飯塚さんが私の事務所を選んだのは何故ですか? 私の推理では、貫通屋敷は北海道にあるはずです。ここは横須賀ですよ。……なぜこんな遠くに?」
彼は笑い皺をさらに深くする。
「タコ部屋と空襲の記述ですか。そういえば五月でも寒いという記述もありましたね。……ええ、その通り。貫通屋敷は北海道にあります」
正直俺の中での飯塚さんの印象は、最初と随分変わっていた。最初は腰の低い優しい老人のようだったが、今はなんとも言えない不敵さがある。
「私は今年で八十四です。実はこの資料らを集めたのはあの空き巣をやったすぐ後でして……。それを最近雨宮さんのところに持っていくと決めて、少々手を加えました。ですが二十歳のとき上京しておりますので、わざわざではないですよ」
「実は私、噂についての資料に、私の名前が書いてあったことがずっと気になっていて……。なぜ断られるかもしれないのに名前を書いたのかと」
彼はおかしそうに笑った。
「雨宮さんの評判を知っているからですよ。非現実的なことも完全には否定せず、合理的に考えることもできる探偵は、探してもなかなかいないでしょう。
……実は知人に雨宮さんのお世話になった人がいましてね、その話を聞いて貫通屋敷を思い出したのです。あの家では何が起きていたのか、無性に知りたくなった」
彼は現金を差し出した。
「三十万でどうでしょう?」
「飯塚さん。私も料金のことをよく考えたのですが……やはり無料でも」
飯塚さんは呆れたような表情をする。
「雨宮さんは少しばかり優しすぎます。従業員もいるのでしょう? 大丈夫なのですか」
「じゃ、じゃあ五千円で。料金は五千円でお願いします」
「ですからそれだと事務所は……!」
「でもそんなっ、私はただ資料を読んで解釈しただけじゃないですか。本来なら五千円もかかりませんよ」
結局、飯塚さんは無理矢理五万円を置いて帰ってしまった。
どうせ聞いても話してくれなさそうだから聞かなかったけど、飯塚さんは本当にあの理由でここに来たのだろうか。
俺が貫通屋敷を他の何かで調べていたら、どうなっていたのだろう?
……考えすぎか。