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幽霊屋敷記録帳  作者: 藤野
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雨宮努の解釈

 俺は深く深呼吸をした。

「それでは飯塚さん。私の解釈、聞いてくださいますか?」

 彼は頷く。

「勿論でございます」


 ふうっと息を吐き、俺は飯塚さんの目をしっかりと見た。


「まず貫通屋敷の現象の仮説をしていきたいと思います。説明は後からしますね。

 貫通屋敷の建つ前、そこに水子地蔵が建てられました。おそらく流産したのではなく、産まれてから殺害し埋めたのだと思います。

 その地蔵が朽ちて原型が分からなくなった頃に貫通屋敷が建ちました。そして埋められた赤子は、再び自分を産んでもらえるようにしたのでしょう。

 それでも産まれた自分を気持ち悪がられ、殺された。あとはそれの繰り返しです。貫通屋敷では皆、二階の隠し部屋を使ったのでしょうね。……産まれる度に殺された死体が、赤子の怨みか何かで実体化して見えた。それが空き巣の体験談の真相でしょう」


 飯塚さんがぽかんとした顔でこちらを見ている。


「まずは、なぜ水子地蔵が建っていたと分かるのか、と言う謎から説明します」

 俺は資料を取り出し、指差した。

「噂の所です。ここの『貫通屋敷は神様を踏み潰している』が、私は水子地蔵だと解釈しました。ここだけだと不十分ですが、女子高校生の日記で和子さんが赤い前掛けを見つけています。空き巣の体験談でも地蔵が出てきていますよね。これは水子地蔵があったかもしれないと言う、証拠ではないでしょうか」

「で、ですがなぜ産まれた子供を殺害するのですか」

「奇病に罹っていたからです」

「奇病ですか……?」

「空き巣の体験談で、『仮面をつけたような……恐ろしい顔をした赤子のような何か』とありますよね。この症状は先天性面部横裂だと思うのです。これに罹った赤子は、お面をつけたような顔をして産まれてきます。

 昔は医療も発達していなかったですし、祟りや呪いなども信じていた時代です。世間から、あの夫婦は何か悪いことをして、だからこんな赤子が産まれてきたのだと白い目で見られてもおかしくありません。それとも不倫してできた子だったからバチが当たったと思って恐ろしくなったか……。細かいことは分かりませんが、これが殺害の理由だと考えます」

「そうして建てられた水子地蔵が朽ちた頃、貫通屋敷が建てられたと……?」

「はい。こじつけではありますが、一応こう考えれば辻褄は合うんです。先程私が『再び自分を産んでもらえるようにした』と言った部分ですが、事件の記録から分かるように、入居した夫婦はことごとく殺されています」


 彼は先を促すように頷いた。


「最初の夫婦は、まず奥様が吐血し死亡しました。これは奥様が子供を出産できる年齢では無かったから、赤子が邪魔だと判断し殺害したのだと思います。でもご主人の方には子種があった。娘さんが妊娠したとありましたよね? ご主人が妊娠させたのだと思います。だから娘さんは自殺をした……。そして次の若い夫婦は、通り魔に首を掻き切られました。若い夫婦ですので、妊娠はできたと思います。この夫婦もおそらく、出産後赤子を捨てるかどうにかしたのでしょう。だから用無しと判断されて殺された」


「それだと何も影響を受けなかった老夫婦はどうなるのですか?」

 それももちろん、考えてある。

「老夫婦ということは、奥様は妊娠すること、ご主人は妊娠させることがそもそもできない。自分を産ませられる環境がそもそも無かったから見逃したのかもしれません。これまでの入居者は、家族構成のうち誰かが妊娠をする、させられることのできる年齢でしたから」


 わざわざ殺さないのは、最初から先が長くないと分かっていたから……かもしれない。


「次は岩館家です。女子高校生の日記に出てきた紙縒の『武』の字は、岩館武雄さんのでしょう。その紙縒にはもう一つ『ミツコ』とあり、捻ったあとがありました。これは千草結びと言う、まじないだと思います。

 紙縒に結ばれたい人と自分の名前を書き、それを向かい合わせになるように抱き合わせて縒って、神社などの木に結びつけるのです。

 ですが武雄さんの奥様の名前は『ミツコ』ではありません」

「どういうことなのでしょう」

「中年の夫婦なので、まず奥様の多栄子さんが赤子に殺されます。再婚相手はミツコさんでしょう。多栄子さんが殺される前から関係があったと思われます。

 ですがミツコさんは武雄さんに、子宝に恵まれなかったと言う理由で殴り殺されています。ここが実は『赤子が産まれたものの、また先天性面部横裂だった故赤子を始末した』結果だったらどうでしょう。怒った赤子が武雄さんを操ってミツコさんを殺させたのかもしれない……。そうなりますよね。

 もしかしたら赤子を始末したのはミツコさんかもしれません。その場合なら、自分達が不倫をしたのが広まったら……と言う恐怖心からそんな行動に出たのでしょう。そして赤子も自分を殺した方を、武雄さんを操って殺害したんだと思います」


 飯塚さんは真剣に聞いている。


「幸子さんが亡くなられたのは最初の家族と全く同じ理由ですね。そしておそらく、ご主人の清さんも最初の家族と同じように和子さんを妊娠させています。これは和子さんの日記の最後の方__あった。この『私はお母さんじゃないのに。痛い。』って所です。

 和子さんが妊娠したので、清さんはもう用無しになったから殺した……。あくまでも解釈でしかありませんが」


 飯塚さんは深々とお辞儀をした。そして、驚いたことに現金を懐から取り出したのだ。

「筋の通った素晴らしい解釈でした。本当にありがとうございます」

「い、飯塚さん。まだ終わっていないので……」

「すみません。また感情が先走ってしまいました。悪い癖ですね……。続きをお願いします」


 彼はそう言いにっこり微笑んだ。俺も軽くお辞儀をして話を続ける。

「貫通屋敷の名前の由来です」

「由来ですか」

「資料を読む限り、『貫通』の字面そのものに関わる要素はありませんでした。ですが同じ読みで『姦通』という言葉があります。姦通とは、社会的に容認されない不貞行為、不倫などを指しますよね。

 ここの赤子が、事件の記録以外にも代々入居者を不倫させていたとしたら……。近所の人達は、あそこの家は不倫する人ばかりだからと言う意味で『姦通』と同じ読みの『貫通』を当てはめたんじゃないでしょうか」

 俺は続ける。

「あとは噂の女の霊と化け物ですよね。女の霊は、資料を読む限りですとこの噂の箇所にしか出てきていません。おそらくただの噂でしょう。実際いたかもしれませんが、メインは赤子の霊ですからね。化け物は赤子と見て間違いないでしょう」


 取り敢えず俺がした解釈は全て話し終わった。


「何か他に……質問とか、ありますか?」

 飯塚さんは少し顔をしかめて、なんとも言いにくそうに口を開いた。

「空き巣の体験談の部分です。少年があの隠し部屋を覗いた時に、最初に出てきた赤子以外が全て赤い前掛けをしていたのはなぜなのでしょう?」

「またしても私の解釈ですが、最初に出てきた赤子は生きていたのだと思います」

 飯塚さんは頷いた。


「おそらく和子さんは、ご主人の清さんに妊娠させられています。ここからは本当に予想にしか過ぎないのですが、和子さんはその赤子を産み、あの隠し部屋に捨てたのかもしれません。空き巣の高校生が見た大量の赤子はもう既に殺されたものです。……水子地蔵の赤い前掛けをしていますからね。

 高校生があの隠し部屋を覗いたとき、自分を育ててもらえるかもという淡い期待で、赤子は出てきたのでしょうか……」


 奇病というだけで何度も何度も殺された赤子。……人は殺していても、やはり愛情が欲しいのかもしれない。


「……ところで、飯塚さん」

「はい、なんでしょう」

 俺は誰でも分かるくらいに自信満々な表情を作った。

「あなたの正体が分かりましたよ」

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