出会い
初投稿です。感想やアドバイスなどお待ちしております。一応ゆっくりではありますが、執筆活動続けて行きたいなと思います。どうぞ温かい目で見守ってください。
【※小説投稿サイト『カクヨム』にて、最新改稿を上げております。気になる方は、是非そちらもどうぞ(こちらのサイトでも順次更新致します。)4月26日追記】
とある昼下がり
穏やかな陽がさし、生命の芽吹きを促す、春の心地よい風が吹いている。
所々に桜の花びらの模様が描かれた、鮮やかな紅色の布地、そして桃色の振袖がついた着物に身を包んだ1人の少女が、塀の上に腰を下ろしてのんびりとしていた。
「う〜ん! 今日も心地良い天気じゃの〜。
こんな日に食う団子もなかなか美味であるな!」
見た目は15ぐらいだろうか。まだあどけない表情を浮かべる少女は、しかしながら、普通の人とは明らかな違いがあった。
目の瞳は紅く、髪は純白の雪の如き白さで、毛先に行くにつれて薄い桜色へと移り変わっていく。
よく見ると、額に一対の角らしきものが生えており、誰がどう見ても『普通の少女ではない』と口を揃えて言うような出で立ちをしていた。
「それにしても退屈じゃ。ただ眺めているだけでは、なんだか物足りぬ。何か面白きことはないかのう……」
無論、彼女にも両親はいて、いつでも帰ろうと思えば帰れる。だが、帰っても何か特別なことが起こるわけもなく、だからこそ刺激を求めて都にやって来たのだから、『どうせなら派手な出来事でも起きて欲しい』と思いつつ、異形の少女は食べかけの団子を片手に辺りを見回す。
「……う〜む。やはり退屈なのじゃ」
団子も食べ終えてしまい、特にすることもなく、さてどうしたものか、と物思いにふける異形の少女。
そして1つの考えに至る。
「そうじゃ! わらわも人の子らに混じってみればいいのじゃ! 」
早速動き出そうとする少女の目に、ちょうどこちら側に向かってくる1人の男の姿が映り込む。
「む? あれは……、誰かがこちらに向かっておる。ちょうど良い。あの者に話しかけて見ようか。
おーい! そこな人間様〜!」
1人の傭兵が道を歩いていた。
歳は20歳くらいの男で、髪を短く切り揃え、鎖帷子を中に着込んだ軽装という、動きやすそうな格好だが、篭手や脛当て、胸当てなど急所を守るように鉄板が付けられている。
何より特徴的なのは、傭兵が背負っている武器である。一見、普通の長い薙刀のように見えるが、刃が両端に付いており、それが持ち手を守るように繋がっている。
そして今しがた、1つの仕事を終えたばかりなのか、その動きはゆったりとしていた。
「ったく、ちゃんと仕事はしたんだから文句言うなっての。なんだよ人に頼っといて、あの態度。
あ〜腹立つ。ここら辺は人がすくねえし、少しここで休んでいくか」
前の仕事先で嫌なことでもあったらしく、軽く頭の後ろを掻きながら悪態をついている傭兵のもとに、何処とも知れぬ所から、どことなく幼なさの感じられる少女の声がかかって来た。
「おーい! 人間様〜!」
「はあ、うるせえな。せっかく人がゆっくりしようとしてんのに」
「おーい! 人間様〜!」
「ったく、なんだよ頼むから静かにしてくれ」
「おーい! 人間様〜!」
「ああもう! なんなんだようるせえな! 少しは静か、……。なんだてめえは」
見上げた傭兵の視線の先には、少女というには、あまりにも普通とかけ離れた姿のモノがいた。
「お! ようやく気がついたか!
全く、何度も呼んでおるのに、何故すぐに返事をせぬのじゃ?」
「うるせえな。こっちは心穏やかに休みたかったんだよ。邪魔すんなガキ」
『ガキ』と呼ばれた少女は、ムキになって言い返す。
「な! ガキではないわ!」
傭兵は、少女の抗議にまともに取り合わず、そのまま無視して続ける。
「あと、なんでガキのくせに塀の上なんか載ってる? 危ねぇからさっさと降りろ。それくらいなら手伝ってやるぞ」
「だから、ガキではない!」
「うるせえ! 大声で喚くな!」
「わらわは鬼じゃ!」
「……は? 何言ってんだ、お前」
唐突に少女が己の素性を言い放つ。だがその内容は、傭兵にとってはおよそ予想もつかない、突拍子もないことであり、到底理解の及ぶものではなかった。
傭兵が呆けた顔をしたまま、黙って自分の方を見続けている様子に、『もしかして、よく聞こえていなかったのではないか』と感じた『鬼』の少女は、もう一度、よく言い聞かせるように己の素性を口にする。
「じゃから、わらわは鬼じゃというておる」
やはり、理解出来なかったのだろう。傭兵は腰に手を当て、やれやれといった感じに首を横に振る。
「……はあ。あのな、その角の飾りを付けて嬉しいのは分かったけどよ。
てめえのごっこ遊びに、人を巻き込むなっての」
先程から、傭兵が全く話を聞かない様子なので、『鬼』の少女は、ついにしびれを切らし出した。
「む……。さてはぬし、わらわを見くびっておるな。良いとも、ならばわらわの力を見せてやろうぞ!」
「は? 何言って、」
『燃え盛れ』
すると、傭兵の前にあった桜の木は『鬼』の少女から繰り出された炎によって大きな火柱を上げて派手に燃えてゆき、やがてその場所は、元々何もなかったかのような更地へとなり果ててしまった。
急に起きた、非現実的な出来事を目の当たりにした傭兵は1歩、身を引きながら驚きの声を上げる。
「んなっ! てめえ、何しやがる!」
「どうじゃ、すごいじゃろ〜? これでわらわが鬼であると、」
自分が見せた技に胸を張る『鬼』の少女。
だが、それを見た傭兵の反応は、少女が予想していたものとは少し違っていた。
「ふざけんなよてめえ! なんで人が休もうとしてた場所を焼き尽くすんだ!
あれか! お前嫌がらせをするつもりか! 喧嘩売ってんのか!」
そう言いながら、傭兵は『鬼』の少女がいる塀の元に詰め寄っていった。
それを見て、焦った『鬼』の少女は、不安定な塀の上で身体の体勢を崩し出す。
「な、な、なんでそうなるのじゃ!
わらわは鬼であることを、ぬしに見せつけてやったまでなのじゃぞ!
ありがたく思われこそすれ、文句を言われる筋合いではない!
あっ、やめんか! お、落ちるー! 」
どんがらがっしゃん。
「痛たたた……。何するんじゃ! って、」
したたかに腰を打ち、そこへ手をあてがって痛みを確認する『鬼』の少女の前に、薙刀の刃が突きつけられていた。
その武器の主は、先程とは打って変わって、酷く冷めた声で話し出した。
「はあ、そうかよ。人の休憩場所を奪ったことは、まあ許してやる。
だかな、てめえが鬼だってんなら、黙って見逃す訳にはいかねえわな」
「な、なぜじゃ!?
わらわは、ぬしに危害を加えておらぬじゃろう!」
突然の展開に動揺する『鬼』の少女。
その少女に向かって、なおも冷たい声音で続ける傭兵。
「今はな。だがこの後はどうなる?
それに俺だけじゃねえ。他の人々を襲わないなんて、誰が信じる?」
「なぜそこまでわらわを信じぬ?」
『鬼』の少女の疑問に、傭兵は断言するように答える。
「決まっている。それはお前が鬼だからだ」
「鬼、だから、」
「そうだ。人を襲い、喰らい尽くす。それになんの罪の意識もねえ奴ら。
そんなクソ野郎を、今殺さないなんて理由があるか」
傭兵の話す事に違和感を覚えた『鬼』の少女は、慌てて訂正しようと試みる。
「待ってくれ。なんじゃそれは。
わらわは、いやわらわ達は、その様な事をした覚えは1度たりともないぞ!
確かに、生きるために鹿や兎などを喰らいもしたが、無闇に人を食ったことなどない!」
「俺の家族は、てめえら鬼に喰い殺されたんだよ!」
語気を荒げて鬼の言葉を遮る傭兵の言葉は、少女が絶句する程の衝撃をもたらした。
「……!」
「俺の憧れだった父さん。いつも優しかった母さん。頼りになった椛姉。いつも遊んでた元太。
全て、全て、てめえら鬼が喰らい尽くした!
嬉々として殺し、無惨に食い散らかして!」
そう言いながら、傭兵は自分が幼い頃に目にした悲惨な光景を思い出す。
鬼によって荒らされた後の村は、火の海に包まれ、至る所に血みどろの人の屍が転がっている。一言で表すならば、そこはまさに『この世の地獄』だった。
そして、その様子をただ呆然と見つめ、力なくその場にへたれこむ少年の姿。
「チッ……!」
過去の記憶を思い起こした傭兵は、当時の自分の矮小さと無力さに歯ぎしりし、無意識のうちに、己の両手を強く握りしめていた。
「それでも、わらわや父上、母上、いや村の皆たちは人を食ったことはないのだ!」
必死に弁明を続ける『鬼』の少女を、まるでゴミを見るかのような目で見下す傭兵。
「ああ、そうかよ。勝手に言ってろ。
……もういい、殺す気も起きなくなった。さっさとこっから失せろ。2度と俺の前に出てくんな」
そう言うと傭兵は歩きだし、次の仕事をやりに行こうとするが、
「……なんでついてくんだてめえ。さっきから鬱陶しいやつだな」
突き放したはずの『鬼』の少女が、傭兵の後をつけていた。
「ついてゆく。ぬしがわらわを信じてくれるまで。どこへでも」
あまりのしつこさに、苛立ちを覚えた傭兵は振り返って、今度こそ追い払おうとする。
「てめえ、いい加減に、」
「信じてくれ! わらわは、ぬしの誤解を解きたいのじゃ!
確かに人を喰らう鬼もおる! じゃが、それでもわらわは喰わぬ! これからもそうであると誓う!
じゃから、お願いだ。わらわもついてゆかせてくれ」
『鬼』の少女の真剣さに、眉をひそめて困惑の表情を浮かべる傭兵。
「……なんでそこまでして人についてこようとする?」
「わらわは知りたいのじゃ。
人間様達の営みを。そして共に生きてみたいのじゃ」
「そんなら、別に俺じゃなくてもいいだろうが。他のやつに当たれ」
「ぬしでなくてはならぬのじゃ!」
「はあ?」
「ぬしが我ら鬼に酷いことをされたのは分かっておる。大切な者を奪われ、悲しかったであろう。
謝罪が必要であれば、わらわが彼奴に代わって謝ろう」
「別にお前が謝ることじゃ、」
「それでも、わらわ達、鬼がただ人を襲うだけではないこと、わらわが鬼としてぬしを幸せにできることがあることを、ぬしが見ている前で示したい。
それに、ぬしは……」
『鬼』の少女は意を決して、傭兵の心の底にあるものを口にする。
「ぬしは、心優しき者じゃ」
度肝を抜かれたのか、傭兵の目が大きく見開かれる。
「……!」
「わらわが己を鬼だと言った時、並の武芸者では気づけない程の殺気を発しておったであろう?」
「ちっ……」
「いつでも殺せるはずであったのに、そうはしなかった。
わらわが落とされた時も、わらわの話を聞かずに殺せたであろうにそうはしなかった」
「………」
「じゃから、優しきぬしに、わらわがしてやれることをしたい。過去、我ら鬼によって、辛すぎる思いをして、それでも他人を思いやる心を持っているぬしが、今度はわらわの行いによって幸せになり、心の底から笑っていられるようにしたい。
お願いじゃ。わらわを連れていってはくれぬか?」
『鬼』の少女の不安が入り交じった真剣な目と、傭兵のどこか冷めきったような目が交差する。
それから暫く2人の間に沈黙が流れた。いつまで続くのか感じられる頃、ついに傭兵の方が折れた。
「……はあ、もう、勝手にしろ」
傭兵の許可を受けた『鬼』の少女の表情は、にわかに明るくなった。
「分かったのじゃ! これからよろしく頼む、人間様! そういえば、わらわの名をいっておらなかったな。
わらわはあかね。朱に音と書いて朱音じゃ。人間様、ぬしの名は?」
「……衛実だ」
「衛実……。良い名じゃな。うむ、覚えたぞ! これからよろしくな衛実!」
こうして相容れぬはずの鬼・朱音と傭兵・衛実の旅が始まった。