交戦
「来るぞ!」
衛実が警告を発して間もなく、凄まじい勢いで男が突っ込んできた。
「うわっ! こいつ、人の動きじゃあ、ありゃしませんぜ!」
「気をつけろ! 回り込まれるぞ!」
「娘の護衛達! しっかりと準備しておけ! 娘も距離を置いた方がいい!」
「応とも!」
「うおおぉ!」
「落ち着け! 突出するな!」
血みどろの男との戦闘が始まり、傭兵達の間で怒号が飛ぶ。
ある傭兵の槍の突きが至近距離から猛烈な勢いで放たれる。
それを男は、腰が砕けるのではないかと思う程に上半身を反らせて避ける。
そこへ朱音を護衛していた者の狙いすました矢が男の顔に襲いかかる。
男は難なくその矢を掴み取り、川へと投げ捨てる。
常人とも思えぬ動きを見せる男を前に、彼らの顔からは一切の余裕が消え失せ、誰もが男からの不意の攻撃でうっかり命を落とさないように神経を尖らせていた。
「ハァッ!」
衛実の薙刀が一閃する。刃が男の腕に浅い切り傷を負わせる。
「ちっ、浅いか! おい! そっち行くぞ!」
「任せてくだせえ!」
衛実の攻撃を後ろに飛び退って回避した男に待ち構えていた別の傭兵の刀が襲いかかる。
「せりゃ!」
「グゥッ!」
男は太腿を強かに切りつけられ、呻き声をあげる。
「くそっ! 殺ったと思ったのに! 相変わらず人間離れした動きでさあ!」
「山の方に逃げるぞ! 追え!」
「ダメでさあ! もう距離を離されてる!」
「チッ!」
負傷した男は人間離れした跳躍を見せ、嵐山の方へ撤退して行った。
山中に逃げられては発見が遅れ、討伐が困難になる。
衛実達は何としてでもそれを防ごうと、弓で射掛けるなどしたが、男の身体能力は凄まじく、いとも容易く山の中へと逃げ込まれてしまった。
衛実達は一旦追うのを諦め、先程の戦闘について振り返りをすることにした。
「しかし、あれだけの動きをする者が我々の中にいたとはおったとはな。」
「俺も初めてでさあ。というかありゃあ人というより獣の方が合ってるんじゃあないですかい?」
傭兵達が思い思いの感想を話している中、一人座り込んだ衛実は妙な違和感を感じていた。
「(あれは、なんだったんだ?)」
思い出すのは男が自分達に向かって襲い掛かる時。
「(あの時、男の体が急に大きくなった? いや、それとも見間違えか…?)」
思案に明け暮れる衛実の瞳に突然、少女が映り込んできた。
「うわっ!? って、お前か朱音。驚かせるな。」
「な、なんじゃ!? それはこちらのセリフじゃ。それより、一体どうしたのだ衛実。」
「先の戦闘で少し、な。」
「ぬしも勘づいておったか。」
「? どういう事だ?」
「む? 気づかなかったのか? ぬしならとっくに見破っておったと思ったのじゃが。」
「待て。確かに違和感を感じたが、まさか、あれが?」
「うむ。ほぼ断言しても良い。あれは"鬼"じゃ。」
「……そうか。あれが、か。なるほど、それならあの動きにも納得がいく。それにしてもあいつの動き、お前よりも早いんじゃねえか? それとも、あれが本来の鬼の速さなのか?」
「前に鬼の力について話したのを覚えておるか? わらわのような『変化の力』を始め、鬼の能力は様々じゃ。つまりは俊敏性に特化した鬼もいるという事じゃ。」
衛実の問いに答えた所で、朱音は先に戦った男について何か思う所があったのか、しきりに首を傾げている。
「それにしてもあの姿、前にどこかで見た覚えがあったような気が…。そうじゃ!」
何かを思い出した様子の朱音に衛実は興味を示す。
「どうしたいきなり。何か気づいた事でもあんのか?」
「昨日、衛実と弥助の店に訪れる前に出くわした輩じゃ。覚えておらぬか? 」
「ああ、あれか。何だ? もしかして、あの中にさっきのヤツがいたって言うのか?」
「そうじゃ、あの時に囲まれていた男がそれじゃ。
昨日、この橋ですれ違った時も『この男、どこかで…』とは思っておったのじゃが、今ようやく思い出したのじゃ。」
「あの時もだったのか? 雰囲気変わりすぎだろ。」
あまりの男の変わりっぷりに、半ば呆れていた衛実だが、そこでふと、ある違和感を抱いた。
「ん? にしては数が合わないな。あの時に囲んでた人数は5人以上はいたぞ。でも見つかった死体は2つ。じゃあ、残りは…?」
そこで衛実は朱音の方を向き、ふと思い立った事を尋ねた。
「なあ、朱音、鬼の力って言うのは強くなったりするもんなのか?」
「む? そうじゃな、人と同じで鬼も成長する。無論そのままでも強くはなれるが…。」
何か言いにくいことでもあるのか、朱音が口を噤む。
「どうした?」
「…その、わらわ達が強くなるのにはもっと手っ取り早い方法があるのじゃ。」
「それはなんだ?」
衛実は構うことなく先を促す。
「それが、他の生物の魂、『心ノ臓』を喰らうことじゃ。とりわけ人の心ノ臓は鬼にとって簡単に強くなれる価値のある代物じゃ。じゃから、人を襲うのであろうな。」
朱音から得た答えを噛み締める衛実。その目に一瞬、烈火の如き怒りの感情が込められていたのを朱音は見逃さず、不安な思いに駆られた。
だが、ほんの一瞬だけで、衛実はその怒りを表には出さず、落ち着いた声で話し出す。
「そうか。それならあの胸部のくり抜かれた死体にも納得が行く。だが、あそこまで人を傷つけるのは何でだ?」
そこで衛実は立ち上がり、他の傭兵達に声を掛ける。
「おい皆、ちょっといいか?」
先の戦闘で鬼の太腿に傷を負わせた傭兵が反応し、応える。
「おや? どうかしたんですかい?」
「少し気になる事があってな。あの死体をちょっと見に行かないか?」
「ほんとですかい? あんな死体、調べても手掛かりなんてなんもないと思いますがね。それよか早くあいつを倒しに行った方が早いでさあ。」
「いや、もしかすると、今の人数や装備では対応出来なくなるかもしれないんだ。だから、頼む。」
「まあ、そこまで言うんでしたらいいですよ。でも俺からしたら別に気にすることないって思いますがね。」
無論、彼らは"鬼"という生き物を知らない。衛実も幼少の頃に襲われていなければ、その存在に気づくことすらなかっただろう。
彼らにしてみれば「ちょっと人間離れした力を持った人間」程度にしか思っていないのだから、「いちいちそんなことで時間を無駄にするよりさっさと討伐してしまった方が早い」と考えるのは当然の成り行きなのだ。
だが、一応依頼主である衛実からの申し出なので断ることはせず、一同は鬼が連れてきた死体を見に行く。
取り残された死体を見ると、身体中に付けられた幾重にも渡る傷だけでなく、右腕や左足が無くなっていたり、脇下を喰いちぎられた跡が残っていたりしてとても見るに堪えない姿をしていた。
傭兵の1人が声をあげる。
「全く、あの男はただ殺すのに飽き足らず、我らの肉でも食っているつもりか? もはや獣よりも獰猛で奇怪ではないか。」
「ここまで酷い形にされちゃあ、これが元は人だったと言われても、とても納得できるようなもんじゃあ、ありゃしませんぜ?」
他の傭兵達もそれぞれ似たような感情を抱いて死体を眺めていた。
「兎にも角にも死体を片付けませんと。じきにここも人通りが多くなりやすし、こんなの街中で見せられたらたまったもんじゃないでしょ。衛実さんよ、まだ調べるのかい?」
「ああ、もう充分だ。手間を取らせて悪かった。それじゃ、片付けるのを手伝ってくれ。」
異形の死体を近くの寺へと運び込み、寺の坊主に後を託すと、一同はまた先の橋の場所へと戻って来た。
橋に着くなり、山へと向かおうとする面々を衛実は引き止める。
「皆、ちょっと待ってくれ。」
「今度はなんです?」
「さっきの死体を調べたんだが、やっぱりここは一旦引いて、装備を調え直した方がいいと俺は思うんだ。」
衛実の言葉に、今度は不満の念を抱く者がちらほらと見受けられた。
今回の任務で衛実とよく会話をしていた傭兵が真っ先に声をあげる。
「なんでですかい? 確かに今回の敵はちっとばかし手強いですが、何もそこまで慎重になる必要はないでしょう?
それとも、そう思う程の何か理由でもあるって言うんですかい?」
衛実は言うか言わないか少し迷っていたが、やがて直ぐに心を決めて口を開く。
「ああ、そうだ。さっきの死体、腕や足が無くなっていただろ? そしてあの男の身体能力。俺は既にあの男が死体の肉を食って、先の戦闘よりもさらに力をつけているんじゃないかと思ってるんだ。」
「そりゃ、食わないと力はつかんでしょう。『腹が減っては戦はできぬ』なんて言葉もありますし、そんな飯食うだけで簡単にさっきよりも上の動きが出来るなんて話、あるわけないでしょう?」
「いや、その可能性は否定できぬな。」
突然、朱音が喋りだしたので周りにいた傭兵達は驚く。
「おいお嬢ちゃん、滅多なことを言うもんじゃない。どうして人が強くなる為に人を食う必要があるんだ? あまり物騒なことを言わんでくれ。」
「今更ですが、この娘の素性についてあまり触れない方がいいような気がしてきまさあ。」
所詮は子供の戯れ言だと思われてしまっては、朱音もこれ以上意見することはできない。周りから宥められるような形で黙らされてしまった。
そして今回の一行の中で誰よりも歳のいった老兵がここで口を挟んだ。
「う〜む…。確かに衛実殿のような考えも無きにしも非ずとも言えるが、儂には、到底理解できん。
衛実殿やお嬢さんの言う理由に確証があるわけでもなし。さらに、もしそうなら今こうしている時間もヤツは力をつけているのではないか?
もしそうであるならば、尚のこと早いうちに討ち取る方が良いのではないか?
幸い、儂らには被害がないようであるから、そう遅れを取ることも有りはすまい。それとも衛実殿は、儂らの力を見くびっておられるのか?」
ここまで言われると流石に衛実も言い返せない。説得は諦めて、討伐に行くか、と腹を決める。
「分かりました。別にあなた方の技量を疑ったわけではないですが、もし不快に思われていたのでしたら、謝りましょう。でも今俺が話した可能性についてもどうか頭の片隅にでも置いといて下さい。」
「分かりましたよ。要するにさっきよりも気合い入れて討伐しろって話でしょう? 俺達なら楽勝でさあ。」
そんな訳で一行は、鬼が逃げた山へと歩みを進めていった。その中で衛実と朱音だけは、薄ら寒い予感を拭いきれなかった。
前の投稿からだいぶ日が経ってしまいまして、申し訳ございません。やっぱりストックが切れると少ししんどいですね。恐らく今後もこのペースかそれより少し空く間隔で物語を続けて行く予定なので、どうか読者の皆様、最後まで見放さず、気長に待って下さい。
一応ここで宣言しますが、僕としてはこの話を完結させるまで途中で投げ出すつもりはございません。衛実と朱音が幸せに生きていけるその日まで、僕は彼らの生き様をこの「小説家になろう」で書き記して行きます。
なので皆様、今後ともこの「流れゆくモノ」をどうかよろしくお願い致します。




