小次郎9
オサフネ号は、アステロイド上をひた走っている。
「……三年前、道場破りが来て、何もかも持っていかれたの。ぜんぶよ。道場のネオン看板も、できのよかった門人も、恒星系での評判もね。私は試合をさせてもらえなかった。父はそれから病気になって、去年の秋、死んだわ。道場は解散。父はあたしに最後まで免許をくれなかった。門人の中じゃ一番だったのに」
「まあ、くれんだろうな。お前にゃ向いてねえよ」
武蔵は小次郎の膝の上で、半身になって振り返った。
「ねえ、なんで殺し合いをしなくちゃならないの? ピンボールってゲームでしょ?」
大男はその言葉を、耳で味わうようにして聞いた。数秒間、沈黙が降りた。
「そうだな。ゲームだ。だが浅ましいもんで、人間、ただのゲームじゃすぐに飽きちまうんだよ」
「賭け事をしないと楽しめないってこと?」
「しなきゃならんってこともないが――、いったん新しい楽しみ方を見つけたら、後戻りするのが難しいんだろうな。昔はピンボールも、こんなゲームじゃなかったって話だぜ」
「バカバカしい。小次郎はどう思ってるのよ? こんな勝負で命を落とすなんて、あなた納得できるの? あなただってそんなにトシってわけでもないじゃない。生きてればまだ、いろんな楽しみもあるでしょう」
「フン」小次郎は笑った。「生死なんてスパイスのひとつさ。ピンボーラーなんてやくざな稼業、なんの刺激もなしでやれるもんじゃねえ。だがスパイスをかけたら、食わなきゃウソだ。たとえそれで舌を駄目にしようとな。その覚悟があって、はじめてスパイスはスパイスたり得るんだ」
「それって、スリルを欲しがってるだけじゃない」
「そうかもな。だがどんなゲームだってそうだろ? 負け犬が台を叩いて悔しがるのを、勝者は指さして笑うのさ。リスクがなきゃあ、負けても悔しくねえ。勝ったって嬉しくないわな」
「だからって――」
「人間はな、女の股から生まれてきて、いずれみんなおっ死ぬのさ。ゼロからゼロへ。最初と最後が同じなら、真ん中だけでも大きく膨らませたいってのが人情だろう。どうせ待ってたって無くなるコインだ。大きく張りたいじゃないか、この命ってやつをよ」
コックピットに沈黙が降りた。やがて地平線が明るんで、ボールシップは昼の領域に入り込む。暗闇に慣れた二人の目が、薄い光に目を細めた。しばらくして、ヘルメットの中でゆっくりと顎をあげた武蔵が、呟くように口を開いた。
「それだけ?」
「ああん?」
「死に神が取り立てに来るのを恐れて、それまでに自分の命を使っちゃおうって、それだけなの? それで、死に神はまだ家でモーニングを食べてるってのに、自分から命を配達しにいっちゃうわけ? あなたは結局、早いとこ支払いを済ませてラクになっちゃおうって、それだけじゃないの?」
小次郎は黙った。
「ねえ、死ぬことないわ。どこかへ逃げましょうよ。どうやったら逃げられるのかわかんないけど、何か手はあるはずよ」
「ガキが。ナマいってんじゃねえよ」
「小次郎――」
「何だ」
「あたしに負けて、死んでもいいって思うほど悔しかった? あたしだって武芸者よ。もしあたしが負けてあなたに殺されてたとしても、あたしは、」
ナガミツが割り込んだ。「ピンボール会場に接近、蹴散らします」地平線から現れた会場には人がごった返しており、突っ込んでくるボールシップを見て、蜘蛛の子を散らすように逃げまどっている。その向こうに、天板の割れたピンボール台が見えた。
「いまなら納得できる。あなた強いわ。でもあなたは、あたしなんかに、」
「――被照準を検知。シンジケートのレーザー砲と思われます!」
「そのまま台を飛び越えろ!」
オサフネ号はピンボール台に突っ込むと、その上で激しくバウンドした。台上に積もったガラスの破片が、衝撃で宙に舞い上がる。下から照らす色とりどりの光が、きらきら輝くガラスの雲を、狂人の作ったカキ氷のように染め上げた。と同時にオサフネ号めがけ、後方から赤いレーザー弾が撃ち込まれる。だがレーザーは舞い踊るガラスの雲に命中し、大輪の花火となって四方八方に散乱した。
「エアブロー! ガラスを吐き出せ!」
小次郎が叫ぶと、ボンという音とともにコックピットの一隅から圧搾空気が放出された。空気は爆発的に膨張し、割れたキャノピーから一瞬で機外に吸い出されていった。船内に入り込みかけた無数の破片が、空気に混じって一緒に排出される。
「――次弾きます!」
「クソッ」
ボールシップの機動は読みやすい。二発目はそうそう外すものではない。小次郎はウェイトをランダムに回転させて、可能な限り直撃を避けようと試みた。不意に船内にカラカラという音が響いて、大きめのガラスの欠片が船内に残っているのがわかった。小次郎は舌打ちをした。こういうものを残しておくと危険なのだ。小次郎はいったんウェイトをニュートラルにし、シップの回転を均一に戻す。と、壁に反射した欠片が、不意にコックピットの中央を横切った。小次郎は素早くそれを掴んだ。同時に、遊ばせていたウェイトを再度船体に接続する。丸い船体ががくんと震え、スピン方向が急激に変わった。そのとき、破片を掴むために小次郎が腕を伸ばしたことで、武蔵の体が回転の中心からずれていることに小次郎は気づいた。回転の開始とともに、娘の体が遠心力でぐうと外側に引っ張られる。小次郎は慌てて武蔵の体を引き寄せようとしたが、肋骨を押さえてシートベルトからすっぽ抜けるのを防ぐのが精一杯だった。ベルトで二つ折りになった武蔵の下肢が、脱ぎ捨てた手袋のように宙に躍った。
「武蔵、ブラックアウト!」ナガミツが警告する。血液が足先に引っ張られて、武蔵が気を失ったのだ。
「耐G、不足、だな、チキショ、合わない、スーツなんざ、着るから、」
小次郎が吐き捨てて、ウェイトの回転を停止させた。武蔵の両脚を引っ張る力が一瞬で抜ける。だがそれと同時に、狙いすまして撃ち込まれたレーザー弾が、オサフネ号の一端に命中した。激しい衝撃。コックピットのライトが明滅した。