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小次郎6

「……小次郎、小次郎」

 ナガミツの声だ。

「――小次郎、小次郎、大丈夫ですか」

 小次郎は肩まで入っていた風呂から出ようとする。出られない。体が重い? いや。

 風呂。いや。

 宇宙服。

 宇宙服の中にいる。

「……ナガミツ、」

 小次郎は徐々に意識がはっきりしてくるのを感じた。宇宙服の中で体がずれかかって、シートベルトだけが辛うじて彼の体を座席に結わえ付けている。大男は片手で額を押さえた。

「――気がつきましたか。よかった。私はてっきり――」

「大丈夫だ。何秒くらい寝てたかわかるか?」

「――74秒です。神経ブースターとの接続が切れたときは、脳をやっちゃったかと思いましたよ、正直」

「運が良かったな。で、状況は?」

「――天井の強化ガラスを破って、二隻ともコースアウトしました。現在ゲーム台から24マイルの地点、夜半球です。暗くて見えないでしょうが、ヤスツナ号は我々の三百メートル向こうに着地しています」

「で、勝負はどうなった?」

「――いずれ主催の回収チームが来るでしょう。それまでに、ええと、」

「勝負はどうなった?」

「――本シップの武装は、コックピットに格納してある質量銃のみです。ヤスツナ号の武装は不明。シンジケートのビークルには最低でもレーザー銃、クルーの標準装備は質量銃一丁と……」

「……負けたんだな」

 小次郎は溜息をついた。負ければ、死。

「――はい。残念ながら」

「気を遣わせてすまんな。いいさ。覚悟はできてる。しかしまさか、あんな嬢ちゃんに負けるとはなあ」

「――武蔵は強かったですよ。荒削りですが、今まで戦ったどの武芸者よりも強かったですよ」

「わかってるさ」

「――噂をすれば……、歩いてきます。武蔵です」

「フン」

 外の景色は上半分が星空で、残り半分は漆黒の暗闇だった。最寄りの恒星の裏側にあたるこの地域には、僅かな光しか降り注がないのだ。地平線の少し上、一番低い星々に混じって、ちらちらと黒い影が動いていた。武蔵だ。ヤスツナ号の誘導を受けているのか、武蔵はまっすぐにオサフネ号のほうへ歩いてくるようだ。小次郎は待った。影はだんだん大きくなると、やがて黒い斑のように星空を遮って、敵手がオサフネ号の脇に到着したことを知らせた。コツコツとキャノピーを叩く音がナガミツの増幅処理を受けて、小次郎のヘルメットの中に静かに響く。プライベートな音声チャネルが開く、ピロンというアラームの音がそれに続いた。

「小次郎? 生きてるの?」

 小次郎は吹き出した。

「生きてるさ。もう長い命じゃないがな。俺の負けだよ。お前の態度にゃ色々むかついたが、今さら俺が何をいっても負け犬の遠吠えだ。さあ、ひと思いにやってくれ」

 小次郎はオサフネ号のハッチを開けた。外側へ持ち上がるキャノピーを避け、武蔵の影がよろめいた。コックピット内の照明が外部に漏れて、おぼろげに武蔵の姿を照らし出す。相変わらずぶかぶかの宇宙服を着て、いかにも動きにくい様子だった。

「やるって、何をよ?」

「決着をつけるのさ。勝負事には後始末ってもんがある。この距離なら外さないだろう。ズドンと――」言いかけた小次郎は、気の抜けたような武蔵の声に遮られた。

「銃なんか、ないわよ」

 数秒間の沈黙が降りた。

「どういうことだ? とどめを刺しに来たんじゃないのか」

「バカいわないで。最初に言ったでしょ、あたしが欲しいのはタイトルだけなの。敗者を殺すつもりはないのよ」

「――丸腰ってのはホントみたいですね」ナガミツが囁く。

 丸腰。このアウトローの掃き溜めで。小次郎は目を丸くしたが、次の瞬間、彫りの深い顔に鮮やかな血の色が沸き上がった。

「てめえ、ふざけんな! 真剣勝負だぞ! 俺が勝ったらどうするつもりだった!」

 だが武蔵は、その剣幕にもたじろがない。むしろ一歩前に出て、開いたキャノピーの真下に立った。顎をあげて、毅然とした声で小次郎に答える。

「そのときはおとなしく死んでたわ。特別なのは、あたしが勝ったときだけよ。勝負をなめてるわけじゃない。負けなければ済むことだもの。こんな勝負で人の命を貰おうなんて、そんな浅ましいこと考えてないって、それだけ」

「お前――」男の声は、怒りでなかば泡立っている。

「実際あたしが勝ったじゃない。なにか文句あるの?」

 勝負事は非情だ。大男は言葉を呑み込んだ。こめかみには血管が脈打っている。

「とりあえず、殺しちゃったんじゃないかと心配して見に来ただけよ。あなたが生きててよかったわ」

 小首を傾けていう武蔵に対し、小次郎は虎のように低く唸った。

「……お前、それで、これから一体どうするつもりなんだ」

「賞金を頂いて、あとは帰るだけよ。あとなにか記念品とかあったら、貰っていくかも? そんな感じ」

「――アホですね、この娘」ナガミツが口を挟んだ。小次郎は重い溜息をついた。

「お前、わかってんのか。デスマッチってのはプレーヤーだけの問題じゃねえんだ。客が求めてるのはギャンブルとショーなんだよ。負け犬が殺されるところを見てえのさ。高い金を賭けるのも、そういう祭りに参加するためだ。台の上で決着がついたんなら、シンジケートが敗者を殺す。だが俺たちは台から飛び出しちまった。決着は運営がここにきて二隻の記録を確認するまで、保留になってることだろう」

 武蔵の動きが考え込むように止まった。

「それって、負けた方は絶対に殺されるってこと?」

「そうだ。この小惑星を出られるのは、俺たちのうちどっちか一人ってことだよ。さらにお前にとって悪いことに」再度小さな溜息を挟む。「オッズは適正じゃねえ。お前は女で、やたらと若い。祭り好きは穴狙いでお前に賭けてる。お前のオッズは本当はもっと低いんだ。今オッズが開いてるのは、アホを煽って儲けるためよ」

「つまんないことするのね。でも、それは賭けてる人たちだけの問題でしょ? 歩合じゃないし、あたしには影響ないわ」

「わかってねえな。シンジケートは俺が勝った方が儲かるってことだよ。お前は客から見えるところで、疑う余地のない決着をつける必要があった。コースアウトは予想外だったが、こうなった以上、お前はシンジケートの係員が来る前に、俺を殺しとかなくちゃならん。でなきゃあお前は連中に消される。お前を消したうえで、俺の勝ちと発表すりゃいいんだからな。俺はてっきり、お前が銃を持って、俺を殺しに来たもんだと思ったよ」

 武蔵が身を乗り出した。さっきまで遊んでいた手が、いつのまにかハッチの縁を握りしめている。

「でも、あたしは――」語尾がしぼんで、そのまま消えた。

「別に俺がお前を撃ち殺したっていいんだよ。生きてる方が勝ちなんだからな」小次郎は座席の後ろに手を突っ込むと、そこから質量銃を取り出した。レーザーポインタが点灯し、武蔵の胸に赤い照準が落ちる。娘の体が凍りついた。痙攣したような緊張の吐息が、チャンネル越しに敵手二人の耳を打つ。

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