小次郎4
外側シューターから飛びだした武蔵の船が、トップラインをなめながら逆サイドに向かっていくのを尻目に、オサフネ号は手始めにとばかり、フィールド上部にある円筒形のバンパーに体当たりした。激しく弾かれた船体が、猛然と外壁との間を往復する。神経ブーストのせいで太鼓のように低まったバズ音が、小次郎の腹の底まで滲みわたった。数百点のスコアが入った。
次に小次郎が操舵レバーを大きく回すと、シップの外殻の中でウェイトパーツが回転し、球形のオサフネ号はあっという間にスピン状態を変化させた。ピンボーラーはこれを利用し、外殻上の好きな点を壁や仕掛けに衝突させて、普通のピンボールとはまったく異なった反射を実現するのだ。オサフネ号は特注の超重量ウェイトパーツと、弾性率の分布が激しく変わる複雑な外殻を持つ暴れん坊である。こんな船を変幻自在に操れるのは、宇宙いかに広しといえども、舟島の小次郎ただ一人といってよかった。
本日の調子を確認しつつ、オサフネ号はバンパーと天井の間にある三つのトップレーンを往復する。そのたびに小さなベルの音が鳴り、レーンの床にある黄色いライトが点灯していった。三つ揃うとボーナスだ。ファンファーレが鳴って、小次郎のスコアが加算される。次に壁とのバウンス角度を変えてバンパーを逃れ、フィールド下部へと落下した。地獄のアウトホールの上に構える天使の羽根、ボールを弾くフリッパーの上に落ちかかる。手ではたくようにフリッパーに打ち返されたオサフネ号は、今度はフィールド左上部の壁際のレーンに向かって猛然と突進した。
「――向こうとすれ違います! 気をつけて!」
「おうよ!」
斜め前方から高速落下してきたヤスツナ号が、オサフネ号を掠めて下部に抜けていった。神経ブーストしていてさえも、ほんの一瞬のできごとだ。
フィールド左端に添って作られた狭いレーンに飛び込んだオサフネ号は、小板に軸をつけた水車のようなスピナーに体当たりして、その部分を突き抜けた。小板がぱらぱら回転し、スコア獲得の効果音が機関銃のように鳴り響く。そのままレーンを突き進み、今度は天井に取り付けられたガラスのスイッチを順番に反応させた。ドレミの音とともに色のついたスイッチが点灯してゆき、一気に最上部まで抜けきると、スイッチの組みが美しいグラデーションを作り出した。またまたボーナススコアだ。
「奴の動きはどうだ?」
「――フィーチャーを確認して回ってるようです。意地を張らずに、始まる前に見ておけばよかったものを」
「まったくだ。スコアじゃ多分ついてこれないだろう。どっかでこっちをたたき落としに来るぞ」小次郎の声は楽しげだ。
「――あなたもそれを望んでるんでしょう?」
「もちろん」
フィールド上部から落ちかかりながら、小次郎は意地悪くその辺りのフィーチャーの状態を乱しておいた。バックグラスに描かれた極彩色の錦絵が、目にも止まらないスピードでオサフネ号の下を通り過ぎていく。そこかしこに取り付けられたランプの類が、ハイウェイをソニック・ヴェロシティですっ飛ばすように、小次郎の後ろへと流れていった。
「パイナップル行けるか?」
「――いま表示はDIMEです」
「よっしゃ、好都合だ」
小次郎は船を一気に回転させ、外殻のもっとも弾性率が高い点を三角形のスリングショットに打ち付けると、オサフネ号を物凄い勢いで斜め上に弾き飛ばした。そのままフィールドを横切って、二階部分に上がるランプレーンに侵入する。通常のフィールドと二階になったスペシャル部分を繋ぐランプレーンには金属のレールが敷かれていて、徐々に盤面から浮き上がるジェットコースターのような高架構造になっている。二階部分にはミニ・フィールドがある。ヤスツナ号が下のフロアを猛然と通過するのを尻目にしながら、オサフネ号はあっという間にこのエリアの役をコンプリートした。ボーナススコアを手土産に、別な出口から二階部分を脱出する。
「パイナップル、やほう!」
小次郎が叫んだ。この出口を使うと、通常とは違う角度、この台で一番スコアの大きいフィーチャーにもっとも有利な角度から一階部分を攻めることができるのだ。小次郎は壁に激しく船体を打ち付けると、狭い角の近くにある難易度の高いスイッチの上を通過して、フィールド中央にある『DIME』の表示を『EIME』に変えた。そしてフィールド逆壁のわずかなへこみに船体をぶつけ、ほぼ同じ軌道を逆向きに通って同じスイッチを反応させる。『EIME』が『FIME』になった。
「ここのスイッチの連続押しは、ホームゲームじゃなきゃ出来ねえ芸当だ。嬢ちゃん邪魔しに来るかねえ?」
「――さあ、来なきゃウソだと思いますけど」
『FIME』はあっというまに『PIME』まで変わった。あとはMをNに変えれば、この台のビッグボーナスである『パイン』が揃うことになる。小次郎は軌道を変えて一旦フリッパーまで落下すると、船を弾いて一気に別のスイッチに向かった。
「――武蔵、来ます!」
「おっしゃ!」
Mの変更を阻止しようと、武蔵は横ざまに体当たりを挑んできた。小次郎は船体をスピンさせて弾性率の低い部分でそれを受ける。がちんという激しい音がして、オサフネ号は斜め上に弾かれた。次のバウンスで目的のスイッチを狙うのは難しい。小次郎は一旦逆サイドのスリングショットに落ちかかると、反射角を調整してふたたび目的のスイッチを狙った。今度は邪魔が入らない。オサフネ号は猛然とスイッチの上を通過した。
ファンファーレが鳴らない。
「――いつのまにかQINEになってます!」
「やるじゃねえか、嬢ちゃん、PをQに変えやがったか」
だが、その後の展開は予想外だった。『QINE』はあっというまに『VINE』(蔦)に変わって、小ボーナスが武蔵のほうに入ったのだ。
「何だぁ? 普通の船じゃあ連続であっちのスイッチを踏むのは無理のはずだぞ」
不思議なことだったが、そんなことを言ってみても始まらない。オサフネ号はPINEを諦めて、別な役を狙いに上部へと飛び上がった。手近なところでちまちまとスコアを稼ぎながら、一休みがてらヤスツナ号の動きを観察する作戦だ。『VINE』を取られたとはいえ、『PINE』ほど高得点の役ではないため、小次郎が気を揉む必要は一向になかった。役を効率よく回る小次郎とそうでない武蔵のスコアには、既に三倍近い差ができている。
「――小次郎、なんだかヤスツナ号の動きが変です」
ナガミツが呟く。
「変って、どう変なんだよ」
「――スピンの回転数の割に、振動のパターンが多彩ですね」
「どういうことだ?」
ウェイトパーツを回転させると、外殻はウェイトとは逆向きに回ろうとする。しかしウェイトをいくら回したところで、船全体の重心位置は変わらない。ボールシップはこれを利用して、壁やフィーチャーとの反射角、および外殻のどのポイントで衝突するかを調整するのだ。また船の振動パターンから、ウェイトと船体の質量バランスを逆算することができる。ヤスツナ号は平均的なボールシップに比べて、あきらかに動きがおかしいというのだ。
「――もしかすると、ダブルウェイトかも」
「ダブルウェイト? まさか」
「――ウェイトを二つ搭載していれば、ふたつのウェイトの回転状態を個別に変えることで、振動をかなり制御できるはずです。実際、それに挑戦したシップはあったと聞きます」
「どうせドイツ星人の道楽とかだろう。リスクが大きすぎる。ウェイトの制御に失敗したらお陀仏だぜ。ジュードー・レスラーの背中にくくりつけた弁当箱の中で、物質と反物質のビリヤードをするようなもんだ」
「――本当にうまく制御できるなら、普通のボールシップにはできない機動ができるでしょうね。それにウェイトが二つあると仮定すると、キャノピーが小さかった理由もわかります。ウェイトを回せる軌道パターンを多めに確保してるんでしょう」
「それが本当だとしても、俺は単なる曲芸だと思うがね。感心しねえな」
と、突然横のレーンからヤスツナ号が飛びだしてきた。小次郎は咄嗟にスピンを変えて体当たりを受けとめたが、ヤスツナ号は外殻を小さく震わせて、もっとも効率のいい受け角を許さなかった。オサフネ号は瞬間的に制御不能の高回転に陥り、逆サイドの壁に衝突すると、斜め下に向かって鋭く落下した。
「野郎、コツを掴んできやがった」
「――次のバウンスまで制御不安定、注意してください」
ほぼ垂直に落下したオサフネ号は、フリッパーへと続くリターンレーンの中に飛び込みざま、外殻を大きく震わせて壁にぶつけた。その瞬間にスピンを変えて、コントロールを回復する。
「――追ってきます!」
「しゃらくせえ!」