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小次郎2

 キャノピーが開き、小柄な姿が砂の上に足を降ろす。薄いオレンジの宇宙服に、野暮ったい全球型のヘルメット。微妙に引っかかりのある動きを見れば、服と体のサイズが合っていないのは明らかだ。武蔵は両の掌でヘルメットの座りを整えると、会場をひと渡り見まわし、周囲に尋ねた。

「えっと、佐々木小次郎さんはどなたかしら」

「俺だ」小次郎が手を挙げる。

 武蔵は落ちついた足取りで小次郎の前まで進み出ると、なんの衒いもなさそうに、すいと右手を差し出した。並んで立った武蔵の上背は、身長六フィート半の小次郎の鳩尾までしかない。

「初めまして。無二斎の子で武蔵。宇宙一の武芸者がいるって噂を聞いて、あなたを倒しにやって来たの」

 武蔵の頭はMサイズの宇宙服からかろうじて首が出る程度だった。小さな顎が喉を守るはずのプロテクターにぶつかって、いかにも借りものの衣裳という印象を与える。

 小次郎はその手を取ると、形だけの握手をしてすぐに離した。掌は小さく、腕に力がない。ほんの小娘だ。

「鐘捲自齋門下、佐々木小次郎だ。随分若いようだが、死ぬ覚悟はできてんのか。ここの勝負はハードコアだぜ」

 武蔵はにっこりと微笑む。

「あたしは死なないから心配ご無用。あとね、あたしが勝ってもあなたの命までは取りません。あたしが欲しいのは、ここのタイトルだけだから」

 武蔵は昂然と言い放った。声には自信家らしい落ち着きがある。小次郎は小さく舌打ちした。

「そんな細腕でシップが操れるのか?」

「重要なのはセンスとテクニックよ。どんだけ腕っ節が強くたって、船に乗ればそんなの関係ないわ」見上げる口元には笑みがある。

「勇ましいな。くたばっても後悔すんなよ」

 平坦な声で言い捨てた小次郎に、武蔵はなにも答えなかった。


「さあ舟島の決闘第647番、まもなく始まります。挑戦者を迎えるのは第七代舟島チャンピオン、佐々木小次郎、使用ボールはオサフネ号です。アシスタントAIはナガミツ。チャレンジャーは宮本武蔵、舟島ハードコア・デスマッチ史上初の女性の挑戦者です。スピカ生まれの一五歳、使用ボールは小玉のヤスツナ号。アシスタントAIも同名のヤスツナです。試合方式はワンボールスコアマッチ、制限時間は一分です。提供は皆様おなじみパイナップル・シンジケート・イースト、お手もとの勝ち玉投票券をなくさないようご注意ください」

 アナウンスチャネルを通してすべての関係者に試合概要が告知されると、トークチャネルを流れていた観衆の声が一段と低くなった。皆が皆、周囲の人間とひそひそ話を始めた。挑戦者が女ということもあるし、あまりに若いということもあった。ボールシップ乗りに、ティーンエイジャーは珍しい。

 シップに乗り込んだ小次郎と武蔵は、暗闇の中、それぞれのスタート地点で静止していた。オサフネ号の中では無数のインジケータが淡い光を明滅させ、彫りの深い小次郎の顔に、くっきりとした陰影をつけている。

「――乗り気じゃないんですか、小次郎」ナガミツが訊いた。

「乗り気もクソも、ありゃあただの子供じゃねえか。装備も態度もなってねえ。俺にあんなガキを殺せってのかい。まったく冗談じゃねえよ」

「――しかし、彼女も武芸者を名乗ってるんですから、そのへんの覚悟はあるはずでしょう」

「どうだかな、俺にはそうは思えんね」小次郎はうんざりしたように言った。

「――そういえば小次郎、あのボールシップですが、恐らく武蔵自身に合わせて作ったものじゃないですね」

「どうしてわかる?」

「――彼女の宇宙服です。ぶかぶかだったでしょう。あの船、恐らくもっと大柄な人間に合わせて作られていて、体を固定するために、最低でもMサイズの宇宙服を着ないと乗りこなせないのだと思われます」

「ふむ、じゃシップは分捕り品ってことか」

「――そこまではわかりませんね。無二齋から受け継いだものかもしれません」

「へっ、娘を乗っけるなら新調するだろ。素人じゃあるまいし、ハンパなシップに乗る危険は、十分に承知してるはずだと思うがね」

 と、突然サーチライトが点灯し、二人の戦場をまっ暗な空の中に照らし出した。それは縦横数百メートル、厚さ二十メートルにも及ぶ巨大な箱で、四偶に取り付けられた長さ数十メートルの脚によって、巨大なクレーターの中に斜めに支えられていた。箱の内部に火が入る。中央に灯った白い光は、一瞬ののち爆発的に膨張し、たちまち辺りを真っ白に覆い尽くした。そして次の瞬間一気に崩れて、無数の飛沫に転化する。光の粒は滝となって箱の上面を洗い、その端のあたりで泡のように真空中に溶けていった。あとに残ったのは色とりどりの電飾、瞬くように点滅するストロボ光の列だ。箱のてっぺんには『Pinball FNJ』のネオン管が色彩鮮やかに輝いて、その両脇には見事な十二単衣を着た女性と、黄色のパイナップルを模したネオンアートが飾られている。細かくフィーチャーが仕込まれた箱の底面には、色ガラスで描かれた鮮やかな錦絵が広がっていた。

 だが、ボールシップ乗りには箱の造形に見入っている余裕などない。そう、舟島は宇宙政府非公認の殺人ピンボール場、小次郎も武蔵もプロのピンボール武芸家なのだ。これから二人は命を賭けた大一番を演じるのである。

 トークチャネルに興奮した観衆の声が轟いた。

 ピンボール台の脇に立つ巨大なスコアボードに、二人のスコアとオッズが表示される。小次郎が1.3倍、武蔵が12.6倍だ。その下のスクリーンには、コックピットに坐る両名の勇姿と、タキシード型宇宙服を着た司会のロシア星人が分割で映し出されていた。

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