表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/14

最終話

「ねえ、佐々木さん」

「何だ?」

「今でも感覚は衰えていませんか? 例えば、その、ピンボーラーの皆さんが使う、神経加速がなくても」

「さあな。長いこと試してねえ」

「例えば今から5秒で、状況の変化に対応できるかしら?」

「さてね。何を出すつもりだ?」

「これです」武蔵は紙袋に手を突っ込むと、一個のリンゴを取り出した。赤い玉を掴んだ指に、小さな電磁ナイフも挟んでいる。

「それがどうかしたかい」小次郎は怪訝そうな顔をする。

「剥いてあげるわ。ほら」武蔵は紙袋を膝の上に置くと、器用に玉を回し始めた。

「差し入れは別の窓口だぜ」

「あら――?」

 武蔵は手元から顔を上げた。目が虚ろだ。そして『別な窓口』を探す様子で頭、いや、上体を回す。

 そこから先は早かった。胸から上を向き直りざま、武蔵は鞭のように腕を振った。電磁ナイフが空を裂き、次の瞬間、激しいスパーク音を立てて後ろの衛士の額に刺さった。リンゴが床に落下する。と、クリーム色の果肉がパチンと弾け、中からぴかぴかする金属の玉が現れた。と同時に、床を強く蹴って跳ね上がる。ただの玉ではない――ミニチュアの、ボールシップだ。館内にけたたましいブザーが鳴った。小次郎はその一部始終を、座ったまま、ただ黙々と眺めていた。

 武蔵が早口で何かを言う。「ああ?」小次郎が聞き返した。透明パネルの逆側にいたもう一体の衛士ロボットが、銃口を上げて武蔵を撃つ。赤いレーザーが迸った。光線はパネルを透過して走ったが、割り込んだ金属の玉に命中して散乱した。空中に赤い矢車草が咲く。その一条が結んだ武蔵の髪を貫き、焦げ臭い匂いをあたりに放った。長い髪はたちまち解けて、張り詰めた空気の中に渦を巻いて回転した。

「目測違い! よけて!」抑揚の小さな、機械的な声で武蔵が叫ぶ。小次郎は一瞬考えた。が、次の瞬間、椅子を蹴って横ざまに身を投げた。「警告! 警告! 緊急事態……」アラームを鳴らした衛士ロボットが、隔壁の存在を無視してまっすぐ武蔵に突っ込んでいく。ロボットは小次郎の椅子を跳ねとばした。が、ロボットが隔壁にめり込もうとした瞬間、先ほどの揺れが轟音に変わり、続いて凄まじい破壊音に変化した。巨大な何かが天井を突き破って落下してきたのだ。娘と囚人は体を丸めて防御の姿勢を取った。狂ったような衝撃がすべてを揺るがし、打ちのめした。濛々たる粉塵が建物の――いや、廃墟の中に渦を巻いた。

 数秒間、あたりから音というべき音が消えた。


「……小次郎?」最初に声を上げたのは、武蔵だ。

「ごほ、まさか腰を抜かしたりなんてしてないわよね? 小次郎?」土煙の中に、武蔵の声が響き渡る。「小次郎? もしかしてもしかすると、死んでたりするの?」この声にはもう、さっきまでの虚ろな響きは含まれていない。

「阿呆。さっさと乗れ」

 小次郎の声がした。粉塵が次第に薄れて、衝撃の中央に鎮座している巨大な影を露わにする。ボールシップ――ヤスツナ号だ。小次郎の巨躯は、すでに半開きのハッチに首を突っ込みかけている。

「この人が死ぬわけないか。ナガミツ? 行くわよ!」武蔵が呼ぶと、床に潰れた衛士ロボットの残骸から、先程の金属球が飛びだした。「――ああ勿体ない! 武蔵、あなたはご自分の資産をもっと大事にしないと――」文句を言いながら跳ねてきたナガミツを、武蔵は片手でキャッチする。完全に開いたハッチには、まず小次郎が乗り込んだ。

 「ちょっと、」武蔵が言う。「あたしのシップよ。お客さんはあと」だが小次郎はにやりとしただけだ。

「2年ぶりだ、久々に血が騒ぐんだよ」

「馬鹿ね」

「おうよ」

 破壊されたエリアの外側から、別なアラームの音が響いてくる。「仕方ないわね」不平を言いながら、武蔵もシップに乗り込んだ。内部は旧オサフネ号よりもっと狭い。小次郎は二年前のあの日と同様、武蔵を膝に乗せてシートベルトを回した。

「きついぜ。それに重い。髪が邪魔だ」小次郎が笑った。

「失礼ね。いつまでも子供じゃないのよ」ベルトを調整する武蔵の頭は、もう小次郎の顎くらいまではある。

「ヤスツナ! 久しぶりだな! 準備はいいか! それとお前、いつのまに宇宙服フリーに改造したんだ?」

「――去年です。武蔵がスカートで乗りたいって大騒ぎを……。準備もOK。あなたは武蔵の命の恩人ですから、ご自分の船だと思って存分にご指示を」 ヤスツナの声に、ナガミツの不満げな声が覆い被さる。「――小次郎、私は悔しい。早く船体を新調して、ヤスツナなんかじゃなく、この私に乗ってください」「何よあなた、もううちの子でしょ?」これは武蔵。「――そんなご無体な、」ナガミツ。

 ヤスツナ号がブースターに点火した。すさまじい噴射があたりのガラクタを吹き飛ばし、そこら一帯を緑の煙で覆い尽くす。

「――武蔵、この筐体には感謝していますが、私は――」船体が震え、ゆっくりと地面を離れだす。「ヒャホウ! 黙れ黙れ、この感触、久しぶりだ!」「何よ感触って。やらしいわね」「――離陸します、離陸します」「ボールだよ! 何色気づいてやがんだ、まだまだガキのくせに」「そのガキに助けられて気分はどう?」「未熟もんがナマ言ってんじゃねえ。神経ブーストで面会に来てたのバレバレだったぜ」「反射神経が必要だったの。ドンパチ前提だったもん」「――加速します。――加速します」「ナガミツ、こいつの神経肩代わりはどうだった? 俺のより良かったか?」「――意地の悪い質問ですね、もうちょっと感謝してくださってもいいんじゃないですか、私がいなければ――」「そう、2年前に、小次郎は死んでたわね」「へっ、頼みもしねえのに俺を降ろしたんだろうが。しかも観衆のど真ん中に」「ナガミツのメモリーが教えてくれたのよ、自分は決して小次郎と心中しないって」「薄情だねえ」「だからあたしは勝ち名乗りを上げなかった。宮本武蔵は小次郎に負けて、いまでも舟島の露と消えたことになってるのよ。だからこそ、勝ち玉投票券を持った博打打ちが、あなたを守ってくれたんじゃない」「守ったは言い過ぎだろ。それに、まだ俺が動けねえうちに、十手持ちが現れていきなり御用ときたもんだ」「仕方ないわ。オサフネ号が暴れてたとき、宇宙奉行所にSOSを打ったアホな客がいたんだから」「まあ臭い飯も乙なもんだったぜ」「臭くないでしょ。あたしがここの株主になって、待遇改善やったんだから」「マジかよ」「――本当ですよ、武蔵に感謝するべきですね」「ついでにガードロボットも全部中古に代えたけどね!」「スピカのお嬢様は金持ちだなあ」「ナガミツが教えてくれたのよ、あなたの隠しクレジット口座。さすが宇宙一の賞金ピンボーラー、桁が違ったわ――」「……」


(了)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ