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武蔵1

   * 武蔵 *


 耳。耳だ。武蔵は三半規管が波を打つのを意識した。体がうまく動かない。足に何かが当たっている。どうしたの? ここは?

「――武蔵、無事ですか?」ヤスツナの声が、長い反響を伴って脳に達する。

 徐々に意識がはっきりしてきた。腕がなにかの間に押し込まれている。なにかの間? いや、自分の体と、シート! シートの間だ。

 武蔵は突然、自分の身に何が起こったかを把握した。オサフネ号から吐き出された武蔵は、ヤスツナ号のシートの上に、足を突き立てるようにして落ち込んだのだ。その先の記憶は途切れている。とりあえず今の姿勢は、コックピットのシートに肩から埋め込まれたような恰好をしている……ようだ。

「ヤスツナ! どうなったの? 小次郎は?」

 武蔵は叫んだ。叫びながら、シートから起き上がろうと、山椒魚のように身をもがく。

「――鬼ごっこをしています。敵はレーザー砲を一門しか持っていないようです。オサフネ号が攻撃を吸収していますが、さすがですね、あなたを降ろしてから一発も被弾していないようですよ」

「ああそう。やるわね。それじゃあたしたちも参戦しよっか。軍用の車両じゃなければ、あたしたちの体当たりで潰せるかもしれないわ」

 ようやく武蔵がシートに座った。シートベルトを体に回し、主要計器を一瞥すると、息を整えて指示を出す。

「神経ブースト! 自動操縦終了、ヤスツナ、ナビゲーションに回って!」

 コックピット全体が、赤い光で明滅した。

「――拒否します。今のあなたには、無理です。自動操縦プログラムにお任せください」

 武蔵は目を丸くした。

「ちょっと、どういうこと? 命令不服従なんて、あんた、」

「――気づかないんですか。脚を開放骨折してるんです。出血は収まりつつありますが、腿で宇宙服を絞っただけの、応急処置にすぎません。あなたの神経速度は平常時の74%です。加速すれば、痛みの増加に耐えられないはずです」

 武蔵は驚いて下半身を見た。右の大腿部を巻く圧迫ベルトが、見たこともないほどきつく締められている。確かに右脚の感覚がない。言われて初めて気づいたが、集中力もあきらかに通常レベルまでは回復していなかった。武蔵の顔から血の気が引いた。

「だからって、あたしが操縦しなくちゃ……」

「――お膳立てはできています。安心してください、私がうまくやりますから」

 聞き慣れたヤスツナ号の声ですら、いつもより平板に聞こえてくる。いや、意識が瞬間的に遠のいているのだ。

「……何のお膳立てよ? ピンボールマッチの主催者と戦うの?」

「――脱出ですよ。オサフネ号と我々は、加速しながら、いま、アステロイドの上を逆向きに走っています。もう少ししたら再度コースが交叉します。正面衝突です。その勢いで、オサフネ号は我々を弾いて……」

「待って」武蔵が息を絞り出した。また意識が遠のきかけて、戻る。

「弾くって、あたしたちを? そしたら向こうはどうなるの?」

「――その計算結果は、知らされていません」

「知らないはずがないわ! 衝突諸元を知ってるんなら、あんたにだって計算できるでしょう!」

 武蔵の目に怒りの色が走った。さっきまで小次郎の腕を掴んでいたグローブが、アームレストの上面を握りしめる。

「――武蔵、いまのあなたにできることはありません。無二齋さまはこういう事態を想定して、私に拒否権を下さいました。そのプログラムはまだ有効です。安全が確認されるまで、自動操縦を継続します。悪く思わないでくださいね」

「あなたは、あたしの、ボール、でしょう……」武蔵の目が急に霞んだ。ゆっくりと頭を振るが、やってくるのは吐き気だけだ。

「――あなたの手の届くところにあえて私を遺したのは、無二齋さまのご配慮だったんですよ。あなたはまだお若くて、怖いもの知らずでしたから」

「なによ、それ……。誰も彼も、あたしのこと、馬鹿に、して、」

 武蔵は大きく息を吐くと、歯を食いしばって顎を上げた。だが、思考の乱れからは逃れられない。いつもは気丈な目尻から、不意に一筋の涙がこぼれた。

「――オサフネ号、来ます! 衝撃注意!」

 コントラストの低い夜半球の闇から、突然ボールシップの姿が浮かび上がった。それは最初、曲面に映り混む光の斑点に過ぎなかった。だが次の瞬間、その姿はヤスツナ号の視界一杯にまで広がった。朦朧とした武蔵にとって、それは映画のコマに混じり込んだ、全く別のシーンのワンカットのように思われた。武蔵は吹き飛んだキャノピーの中に、小次郎の姿を見たような気がした。同時にオサフネ号の背後でまばゆいばかりの閃光が炸裂し、影絵になったボールシップが真っ黒な静止画となって、武蔵の網膜に焼き付いた。外殻をうち割らんばかりの凄まじい衝撃が、ヤスツナ号に襲いかかった。


 ブースターを点火したオサフネ号に突き上げられ、ヤスツナ号は猛然と上昇を始めた。脱出軌道に乗っている。ダメージ検査プログラムの実行を示す数十個のインジケータが、オレンジ色の波を作ってコックピット内部を洗った。

「――成功です! このままアステロイドベルトを抜け、敵の死角で方向転換――」

「……オサフネ、ごう、」

 霞む視界を通して武蔵が見たものは、遠ざかるアステロイドのあばただらけの地表面と、運動エネルギーを失ってぽっかりと宙に浮かんだ豆粒のようなボールシップ、そして、動きを止めた獲物に的確に吸い込まれる一条の赤いレーザーと、七色に散る金属の花火であった。

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