小次郎1
スペースオペラでございます。
アステロイド・舟島!
決闘場として著名なこの小惑星を、辺境のアステロイドベルトから探し出すのは容易でない。むろん太陽系ガイドブックなどを漁っても無駄だから注意してくれ。ここを訪れるためには、しかるべき手順を踏んで、しかるべき組織の案内を請わねばならないのだ。ガイドと接触するときはナメられないように気をつけること。君が冷やかしの観光客だと知られれば、スターダスト高田馬場あたりに連れ込まれて、待ち構えた狼どもの袋だたきに遭うことは必至である。
以下に述べる物語は、西暦2612年、この宇宙の片隅で行われた、技と命を争う武芸者の闘いの記録である。
では、はじめよう!
* 小次郎 *
「武蔵のやつ、遅いッ」
小次郎が唸った。年の頃は四十前後、がっしりした体をコバルトブルーの宇宙服に包み、ヘルメットのシールド越しに満天の星空を睨みつけている。アステロイドは決闘見物に訪れたギャンブラーたちでごった返し、酒やつまみを売る屋台の幟が、真空中に色とりどりの紋様を靡かせている。
灰色の宇宙服に『運営』の文字を飾った男が、笑って小次郎に指摘した。
「奴が来なけりゃあんたの勝ちさ。野郎、一部じゃ辺境の風神とか呼ばれてるって噂だ。その武蔵が尻尾をまいて逃げたとなりゃあ、あんたの株もまた上がるぜ」
だが、小次郎は不機嫌に答える。
「黙ってろ、アンドレーエフ。俺は骨のあるやつとやり合いたいんだ」
「骨のあるやつねえ。まあ今時ライブ・オア・デスのスペシャルマッチをやりたがるやつなんざ、よほどの阿呆か命知らずくらいだわな」
肩をすくめたロシア星人を、小次郎はじろりと睨みつける。そして正露丸を噛み砕いたような顔で吐き捨てた。
「お前みてえな男にゃ、永遠にわからねえよ」
そのとき、会場の人々のヘルメット内に、女性の声による警告アナウンスが流された。
「アテンション。アテンション。ビンデミアトリクス方面、距離十二万八千キロに未確認ボールシップ。着陸コースに入っています」
人々がトークチャネル越しにざわめきだす。小次郎は空を見上げてにやりと笑った。
「ボールシップは男の船だ。武蔵、ようやく来やがったな」
その十五分後、激しい逆噴射ガスを閃かせながら、決闘場の上空にボールシップが停止した。ボールシップとは、特殊な目的に使用される単座の球形宇宙船である。地上からの光に下半球を輝かせ、重力を軽いガス噴射で相殺しながら、来訪者は糸で吊ったようにするすると舞い降りてきた。小次郎が小声で呟いた。
「ナガミツ。奴のボールシップを分析できるか」
ナガミツは彼のボールシップの制御AIである。もう五年来の付き合いで、型落ちだが、小次郎の思考パターンによくチューンナップされた優秀な個体だ。
「――もう開始しています。当然のようにカスタムモデルですね。直径はわれらがオサフネ号より五インチくらい小さいです。重量は恐らく七トン前後と思われます。逆噴射をみた感じでは、反作用駆動方式もわれわれと変わりありませんね」
「化学ジェットか。しかし七トンとは、随分軽いな」
「――姿勢制御レスポンスと噴射ガスの量からの推測です。やたらと軽いことも気になりますが、一番怪しいのはキャノピーの形状ですね。随分縦長で、視界がよいとは思えません」
「ふうむ。似たようなモデルの例はあるか?」
「――手許の記録にはありません。ボールシップはオーダーメイドが多いですから、単なる搭乗者の趣味かもしれませんね」
「趣味、ねえ……。趣味で自分の目隠しする馬鹿がいるかね」
話す間にも来訪者のボールシップは降下してくる。もう肉眼でも地上から細かい形状が分かるくらいになっていた。球面はほぼ半分ずつ紅色と黄色とに塗られていて、二色の境界が仏画の炎のように荒々しく交わっている。なかなか派手好みの塗装のようだ。
ボールシップは会場の中央、砂だらけの地面に着陸した。観衆もスタッフも小次郎も、緊張した面持ちでこの新参の船を見つめている。キャノピーはナガミツの言うとおり縦長の楕円形で、満天の星空をそっくりそのまま表面に映し出し、黒ガラスの上に塩をまいたような美しさだ。
「――ネル、――あ――、―こ? トークチャネルここかな? 聞こえる?」
会場からどよめきが起こった。全員のヘルメットを通して流れた来訪者の声は、女の――それも、かなり若い女の声だったのだ。
「遅れてごめんね。宮本武蔵よ。みなさん待った?」
ざわめく群衆の中、小次郎はむっすりとして、えもいわれぬ渋い顔を作った。