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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

川びたし 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 オフィスに置かれたウォーターサーバー、つぶらやはもう使ったかい? どうもお得意さんからのお試しで置いたらしくって、期間限定なんだとよ。ただで紅茶やコーヒーが飲み放題なんだ。これでわずかなりとも、飲み物代が浮くってもんだぜ。

 俺たちは水を摂らずには生きていけない生物。水分を補給しないと、一週間と経たず死に至る。そのため飲み水を攻めるというのは、戦争において非常に強烈な手段。それに毒を混ぜるともなれば、非人道的な手として非難されかねないほどだ。

 全身からわずか2パーセントが失われただけで、身体が異状のシグナルを出すほどの重要な物質、水。こいつをめぐる不思議な話は、古今東西で無数に存在しているのは知っての通り。ここんところ、またひとつ話を仕入れたんだ。この機会に聞いてみないか?


 むかしむかし、とある村ではある日を境に、腹痛を訴える者の数がどんと増えた。ちょうど寒い日が続いたこともあり、当初は腹が冷えたのだろうと、厚着と布団代わりのわらのかさを増やしたりした。しかし症状は良くならず、患者の数は増えていく一方。

 全員が体調不良に陥ったわけじゃなかった。幾人かは皆と同じ生活を送っているにも関わらず、健康への影響は見受けられない。彼らはいずれも村に住まって半年から3年程度しか経っていない、新参者だったという。

 一時期は彼らが結託して、飲み水を汚した説がささやかれた。そのため彼らは、腹痛に耐える古参たちによって謹慎を申し渡され、一ヵ月ほど監視をつけられたらしい。

 しかし彼らが動かなくても、事態は止むことがなく、ますます症状は重篤なものとなっていく。彼らの食事などに関しても、他の住民たちが食べるのと同じものしか与えておらず、彼らが毒を盛った可能性も低い。

 謹慎が解かれると、動くことができる面々は原因を求めて、村の内外を探り始めたんだ。


 じょじょに探索範囲を広げていく彼らのうち、村の水源を探っていた組は、妙なことに気がついた。

 彼らが水汲みに使っている川はどんどんさかのぼっていくと、二里(約8キロ)離れたあたりで二十尺(約6メートル)ほどの幅になる。その川幅いっぱいに、一枚の布が渡されていたんだ。

 川の両端にあたる河原。そこの格別大きい岩へ突き立てられているのは、木でできた一対の支柱。

 渡された竿には赤黒く汚れた布がかけられている。川幅をもれなく覆い、せき止めはしないが、すべての流れは布を通らずして、先へ進むことかなわない。竿そのものが水面に向けて大きくたわんでいるために、川の中ほどへ近づくにつれて、布はほぼ沈むようにして川の水に漬かっていた。

 左から右に進む流れをじっと見る。布を越えてすぐの水は、布全体を染める汚れと同じ色に染まるが、間もなく元の透明なものに戻っていく。そうなると、自分たちが飲んだり、畑に撒いている水は、この布で「こされた」ものということになる。


 一同の行動は早かった。何人かが長い木の枝で布の端を引っかけて、これ以上は水に漬からないように、片方の支柱側へ寄せて竿にぐるぐると巻き付ける。本来なら支柱ごと処分したかったところだが、いずれも岩の中に深々と刺さっていて、数人がかりでも抜くことはできなかった。それに、このままにしておけば、仕掛けた犯人が様子を見に戻って来る可能性も期待できる。

 川の源はまだまだ先。見張り役の数人を置き、彼らは陽が暮れるまで、ずっとこの川をさかのぼっていくことにしたんだ。

 予想は当たる。先に進むと、また同じような作りの竿と支柱を使い、布が川水の中へさらされていたんだ。やや狭くなった川幅に合わせて、竿の長さも調整されたそのからくりにつけられる布は、やはり赤黒く汚れている。またも関所といわんばかりに、その全身を大いに広げながら検問を張っていた。布を越えてなお残る赤黒い汚れは、さしずめ通行手形といったところか。

 彼らがやることも決まっている。布の生地ことごとくを竿に巻き付けて、一方の支柱へ寄せた。川はもう染まることなく、下流へ流れ続けていく。


 それからも一同は、上流へ向かうたびに同じような作りを目にしていった。ますます川幅が狭くなっていくのは、水源に近づいているがゆえだろうか。しかも心なしか、先へ進むにつれて互いの間隔が狭まっているんだ。

 すでに探索を始めて三刻ほど経っただろうか。空に夕焼けが映え、カラスの鳴き声が聞こえ始める頃、彼らは水源と思しき場所へ到着する。家一軒分の広さはあるだろう泉の中心から、白く染まって見えるほどの勢いで水が噴き出している。とうとうと流れる水音は、彼らがここまでたどってきた川の中へ注がれていくが、その入り口には門番が横たわっている。

 これまでの木とは違う、鉄でできた支柱は、これもまたひときわ大きい岩の中へと突き刺さっていた。人力のみでどうにかできる硬さではないが、それよりも驚くのは川に通じる入口で張っている布だ。

 これまで見てきたどの布よりも、赤黒く染まったそれは、一見して炭のようにすら思えた。だがそれらの表面からは、生地と同じ色の泡がひとりでにぶくぶくと湧いては、弾けていく。布全体で時間差を保ち、いささかもおとなしくはしていない。

 当然、そのようなところを通る水も、ただでは済まなかった。尾を引くとは、かくのごとくを言うのだろう。これまでは布を越えて、せいぜい三寸程度しか色のついた水は残らなかった。それがここでは、探索隊が登ってきた十数歩手前の坂を下るまで、水は毒々しい色をたたえたまま、先を急いでいたのだから。


 このままにはしておけない。その場にいる一同は今までのように、めいめいで持った長い枝を使い、布を水から引き上げようとする。

 しかし、今回は布そのものが大きい。大きいということは水を吸ったであろう部分も広いわけで、枝たちは重さに耐えかねて折れ始めてしまう。やむなく、彼らは獣が出た時の護身用として持ち歩いていた槍の穂先を使って、布を引き上げようとする。

 得体の知れないものだ。最悪、破けてしまってもかまうまい。そう思って槍の刃が布に深く差し込まれた時、数人が一斉にうがいを始めたかのような濁った声が、その場の全員の耳朶を打つ。


 音はどうやら、布そのものから聞こえてくるようだった。槍で持ち上げようとしたところ、布の泡立ちはひときわ激しいものになったばかりか、弾ける時に大いに飛沫を飛ばしてきたんだ。

 岸まで飛んでくるハネに、一同が槍を手放して驚いている間、布は風もないのにふわりと宙へと浮き上がった。糸で釣られるように空へ持ち上がっていく布は、やがて竿も支柱もきしませ始める。それらは抵抗するようにぶるぶると震えたが、ほどなく音を立てて岩から外れ布と一緒に高く高く昇って行ってしまった。


「愚か、愚か、まことに愚か。もはや泉は病にかかり、まともな水を出さぬのに。それをうぬらが飲めるよう、我らが身を張り、どうにか抑えていたというのに。

 愚か、愚か。もはやこの水、飲めはせぬ。長くこの地に住まう者なら、なおさら命を長らえぬ」


  しわがれた年寄りの声で紡がれる歌は、布が遠ざかるとともに、遠く小さくなってしまったとか。


 村へ取って返した面々は、悲惨な有様に直面する。

 腹痛に苦しんでいた面々は、布団代わりのわら山を蹴り散らし、床の上で腹を押さえながら悶えている。しかもその顔や肌は、あの川で見た布が染まっていたものと同じ、赤黒い色に染まりつつあったんだ。

 痛みは長く続かない。手当の甲斐なく、最初に腹痛を患った年寄りのひとりが息を引き取ると、他の者たちも後を追うように、命を落としていってしまう。

 亡くなると、赤黒いシミは急激に体中に広がり、川で見たようにおのずから泡立ち始めた。犠牲者の身体は赤い煙を吐き出しながら、みるみる干からびてしまい、おののく家族の前でふわりと浮いたかと思うと、勝手に玄関目掛けて飛んでいく。

 見送った者は、干物のようになった遺体が天の昇っていくのを見た。追いすがって止めようとすると、触れた体の部分は簡単にちぎれ、玄関を閉ざすと、手で触れた時には考えられない堅固さで、戸をぶち破る。そしてやはり空へと昇ってしまう……。


 その時、村では大量に遺体のない墓が作られたらしい。ほどなく村からは人がいなくなり、さびれていってしまったという。

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― 新着の感想 ―
[一言] おお! とても面白かったです。 てっきり原因かと思っていたものが、反対にできるかぎり食い止めてくれていたのですね。それでもわずかに残っていたものが少しずつ……なるほど、だから古参達から具合が…
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