PRE LAST STEP その後の『御座(トロン)の間』~『天使』の場合~
地上の様子を眺めれば、ため息が口をついた。
相変わらず、仕様もないやつらだ。
とくに朔夜。これが曲がりなりにも俺に連なる『片鱗』だとは……。
今回のことを通じてあいつも少し成長した。そう思ったのは、間違いだったのだろうか。
だが、仮にそうだとしても俺は、けしてあいつらを見捨てることはない。
『サクレアは、サクスに作られた存在。サクスなしでは生きていけない弱きもの。
そして、サクスがいたとしてもそう長くは生きられない』
『あのままゆけばお前は、いずれ哀れみのあまり、サクレアの創造からすべて、なかったことにしてしまうことだろう』
これを聞かせたのは、けしてやつの反応を楽しむためではない――まあ、その側面が全くなかったとは言わないが――それを乗り越えさせるためだ。
やつに見せたサクレアの『キオク』に、アズールが怯えるさまを添付したのも。
なおかつ、アズールが狂気を得た理由を、やつとサキに『完全には』知らせなかったのも。
すべて、各人が己を反省し、互いを許しあうため。
前向きな成長と、真の和睦を導くためだ。
俺たちの心根は、もとからそのようにできている。
弱いからこそ、愛おしい。愛すればこそ、鍛えねば。そう、思ってしまうのだ。
そうである以上俺は、これからもあいつらを見守り続け、ときに耳に痛い言葉を告げに行くことになるのだろう。
まったく、難儀なことだ。
『天使』のアバターを脱ぎ捨てた俺は、いま一度ため息をついた。
「だいじょぶだよ、さっちゃん」
するとふわり、やわらかく寄り添う感触とともに、優しい声が耳をくすぐった。
振り返らずともわかった。アレクがるーちゃんを抱いて、俺に寄りかかっていた。
「朔夜くんたちは、もうきみのなかよしでしょ?
さっちゃんには、ぼくたちがついてるから。
こまったときには、ぼくたちをたよって?
みんな、さっちゃんの味方だから!」
やつが愛くるしく微笑めば、腕の中のるーちゃんもミー、と鳴く。
ありがとう、そう告げて、ふたりをともに抱きしめた。
「あーあ、あっついあっつい。
エリカがユーといい感じだからサクッとこっちに引き上げてきたっていうのに、こりゃーたまんないわー。
それじゃあたしも、ハルんとこ帰るわね! どーもごちそーさまー!」
とたん、冷やかす声が飛んできた。
エリーだ。とっとと帰れと言うと、にししーなどと言いながら身を翻す。
アレクがあわててエリちゃん! と声を上げたが、やつはすでにいなかった。
過去改変であいつ、キャラぶっ壊れてないか。まあいいが。
『奈々希』もすこしだけあきれた様子でため息をつく。
「もう、エリーってば。……
まあ、これはこれでいいよね。
彼女も幸せになれて、ほんとによかった。
僕は奈々希の鏡写しだけど、だからこそ僕にとっても、彼女は大切なひとだもの」
しかしそれも一瞬のこと。すぐに優しい笑みを咲かせる。
その隣で『こうさぎ』は、いかにも僕は気にしていませんという素振りで伸びをして、ぽん、と身軽に立ち上がる。
「わかる。僕……
っもとい、ホンモノのうさぎちゃんも、あの子の事情わりと気にしてたしね。
さーって、これで用事も片付いた、と。
それじゃ、僕も一足先に帰ってるから」
「まって、まって、帰るならいっしょに帰ろうよ!」
「……しかたないなあ」
『こうさぎ』はしぶしぶといった顔を作って振り返った。
駆け寄ってくるアレクを待って、アレクとるーちゃんの頭を優しく撫でる。
アレクはくすぐったそうに笑って、明るく声を上げた。
「えへへっ。
さっ、それじゃあみんな、かえろっ!」
すると『御座の間』の真ん中に、まばゆいゲートが口をあける。
俺たちはひとり、またひとりとそこをくぐって“帰還”していく。
最後に俺は、ふとふりかえった。
地上では、相変わらず朔夜たちがわいわいとにぎやかに言い合っているのが見えた。
どうやら、平和的かつ前向きな結論に達したらしい。
えいえいおーと声を上げるその様子に、思わず笑みが浮かんだ。
汝ら、人の子として在れるものよ。
行くがいい。そして、つかむがいい。
俺にはつかめなかった、しあわせを。
――お前たちの前途に、いつまでもいくらでも、しあわせが訪れるように。
心からあふれ出たことほぎをそっと大気に溶かして、俺もまた光のゲートをくぐった。
エリカ・エトワール:由羅の長、戦姫、奇跡の女王
愛称エリー。エリカのご先祖。フリーダムだが正義感は強い。奈々希の『お姉さんがわり』。
アユーラ西ノ島の乱ののち、政略結婚を嫌い亡命。七瀬の庇護の下『由羅』一族を旗揚げ、偉名王国御四家にまでした辣腕の持ち主。のちに『光の都構想』の欺瞞を暴き世の英雄となる。
その後の朱鳥国設立準備のさい、故郷の婚約者と再会。憎い敵国の王子とだけ思っていた相手が、実は初恋の人『裁き手』ハルードであったと知り、彼との結婚を受け入れた。
このことにより、西ノ島新旧住民の融和も進み、由羅の民もスムーズに帰国。偉名海没の難をぶじに逃れる。
やがて彼女はその手腕と人柄から女王に推され、アユーラの黄金時代を築いた。




