STEP0-3A 突入・高天原~朔夜の場合~
2019/08/02
ご指摘いただき、脱字修正いたしました。ありがとうございます!
エアビークル『テンペスト』のコ『ッ』クピット内に、←
それは、離陸から三十分ほど経ったときの事だった。
『前方に『高天原』の反応を確認しました。進入しますか?』
エアビークル『テンペスト』のコックピット内に、YUIと似た合成音声が響いた。
それを紡ぐは『エアリエル』。この機体を管轄するAIだ。
「行けるか、イザーク?」
「もっちのろんよ。サクは?」
風防越しの満月を睨みつつ、後ろに座する我が友に問えば、返されたのは力強い声。
「行ける。
『エアリエル』、進入シーケンスを」
『かしこまりました。<息吹>を励起状態にしてください。
カウントダウン、3、2、1』
言われるがまま息を吸い、自らのうちの異能を息吹かせる。
喚起されたチカラに、特段の効力は乗せない。ただ、生のそれそのものでもって、自身を、イザークを、そしてこの機体全体を包み込む。
こうするのには、訳がある。
『高天原』は、普段我々が生きている人の世とは異なる次元、いうなれば次元の階梯の数段上にある。
その段差をのりこえることができるのが、異能だからだ。
我々が異能を使用する際には、かならず次元のズレを伴うことが、これまでの研究で判明している。
最小でも、使用者本人とその『気』がカバーする範囲。大きいところでは、能力の使用対象全てや、使用範囲の全て。
それらが全て、異能の準備段階から残渣の消滅まで、通常とは異なる次元にシフトする。
『高天原』のコアたる『御座』は、大きな異能を常に発揮している高エネルギー体である。
そのため『御座』は、つねに人の世とは異なる次元にありつづけている。
その影響力は、『御座』のチカラを封じる『神殿』のはたらきで、『高天原』のふちまでと限られるが、これのために異能なき只人は、『高天原』にはけしてたどり着けない。
対して異能使いは、異能発動の準備をさえ行えば、自らとその周辺を異次元シフトさせ、『高天原』と同じ次元に到達することが可能なのだ。
もっとも、次元シフトの幅は、異能の強度と比例する。
そのため、異能を準備状態にすればいいといっても、半端な出力設定では『高天原』レベルには到達できない。
たとえばティアは強力な使い手だが、それでも独力で『高天原』に入るのは厳しい。
そして――ここからが致命的な問題なのだが――一度そうして『高天原』に入ってしまえば、『御座』から受ける影響により、『高天原』レベルの異能のチカラを発し続けている状態に強制的にされてしまう。
そのため、無理を押して入ったところで、すみやかに力尽きてしまいかねない。
冗談ではなく、危険な場所なのだ。
それでも、俺は行くと決めた。
サキは真実にたどり着きかけている。もう、危険だ何だといっている場合ではない。
こんなときのためにあるのだ――俺の中に宿る神の片鱗は。
全力を挙げて、成し遂げねばならない。
『キオク』を目覚めさせてこのかた、欺いてでも守り続けたあいつを、その笑顔を守るために。
『0』
そんなことを考えていれば、カウントダウンのラストが響く。
同時にエアビークルが、月に向かって加速した。
目の前の空間に水の輪のようなさざめきが立ち、輝く月光が海原のように広がった。
コックピットが光の水面につっこんだかと思えば、あっという間もなく俺たちは『それ』の目の前にいた。
深い深い青のさなかに浮かぶのは、月色の神殿を抱いた小さな島――
『前方に『高天原』を確認。
前庭部に当ビークルを着地させます』
そう、これこそ伝説の神の御座。
願いかなえる天空の島、そう伝えられる『高天原』だ。
背後から、ため息まじりの声があがる。
「すっ、げ――!!
これが『高天原』か!! 実在したんだな、マジにっ!!
あ…… 悪い。こいつはお前にとっちゃ、侵略者どもが作らせたモノ、なんだよな」
「気にするな。
施工したのはやつらに従わされたユキマイの民と夜天族だし、建物に罪はないからな」
その声は近い。シートベルトの限界まで身を乗り出していることは、容易にわかった。
無理もない。何も知らないガキのころには俺も、ただ純粋に憧れた。
奴の声を聞いていると、そのころの気持ちがよみがえった。
だが今は、心底からわくわくもしてはいられない。
『ここ』をまともに操れるのは、竜神の巫女たるルナだけのはずなのだ。
俺がサクレアの片鱗を持っているとしても、ルナの兄であるとしても、絶対という保証はない。
何人もの強力な術者が、“まつろわぬ神の御座”に精神を食らわれてきた。
そしてそいつを制したとしても、その先にはまだ待ち構えているのだ。
サクレアの忌まわしき過去を殺し、無限の未来までを幸せにするという、全てをかけたミッション・インポッシブルが。
風防越しにだんだんと、月色の牙城が近づいてくる。
ゆっくりと深呼吸を繰り返し、俺は来るべき試練に備えた。