STEP7-3 ちゃぶ台返しどころか床下からひっくり返し、さらに地球ごと叩き割るかのごとき解決法(こたえ)~咲也の場合~
「いま、よ――く確認したわよね。
みんなのがんばり。みんなの想い。
あんたたち、これっだけみんなに踏ん張らせといて、何もかもあきらめるつもりなの?」
「そ、れは……」
スノーは怒っていた。
ほんとのホンキで、怒っていた。
その気持ちは、よくわかる。
あんなかっこいいこと言っちまった俺だって、心のそこから納得してるといえば嘘になる。
けれど。
「ほんというなら、悔しいさ。
なんとかできるなら、したい気持ちはあるよ」
「だが、どうすればいいんだ。
不死の重みに、サクレアの心が耐え切れないのははっきりしている。サクレアは、不死を喪い、死なねばならない。そして、そのためには……」
それは、隣に立つサクも同じ。
沈痛な顔で、そう繰り返す。
だがスノーは、はあっとため息をついた。
「もう、あんたたちは……
しょうがないから、大ヒントあげる。
その一。サクレアが死んだホントの原因は、神の力を使い果たしたからじゃない。
サクレアが、『自分は弱って、もう駄目なんだ』って思い込んだからよ!」
「……え?」
俺はぽかんとした。まさか、ここにきて驚きのスポ根展開でしょうか。
人差し指を立てたスノーは、いったんスルーを決め込むことにしたらしい。さくさくと話し出す。
「証拠はあるわ。
最初の転生を果たしてサクレアを助け出した後、サクスとルナおねえちゃんがあの村で『天寿を全う』したことよ。
もうわかってるとおり、ふたりも神。本来ならば老いることなく、ずっとずっと生きるはずだったわ。
けれどアズールたちに一度殺されて、自分たちは弱い、ただの人間だ。そうである以上いずれ老いや病で死んでいくんだ、と思い込んだからそうなったの。
いうなれば、自分で自分を殺してしまったのね」
「えーと、それってただ単に、転生したから人間になったってだけじゃ……?」
「もしそうなるとしたら、あたしもサキもとっくにただの人間でしょ。
転生したって、神は神。もってうまれたチカラは、そうそう変動はしないもんなの。
そこんとこは『そういうもん』だから、そういうもんと思っといて」
「ほえー……」
そういうもんなのか。俺たちがため息を漏らしていると、スノーは人差し指に続いてそのとなり、中指を立てて話を続ける。
「で、ヒントその二。
サクスはサクレアを『神の子』として生み出すことができた。
神がデフォルトで持つ、ほぼ無限の寿命、不老不死、高ポテンシャルの異能。さらには記憶を代償に蘇生する能力、自分好み全部のせの特徴まで無意識のままに『与えて』。
つまり、神は自分のつくったものに、自分の力の範囲で望む性質を付与することができるの。
……いいかげんもう、わかったわね?」
俺たちはおもわず顔を見合わせた。
「いや、ちょっとまて……」
「いやまじ、それでいいの……」
たどり着いたのはひとつの、ちゃぶ台返しどころか床下からひっくり返し、さらに地球ごと叩き割るかのごときこたえ。
「俺がサクレアを、定命のものとして作り出すか……」
「俺が不老不死じゃないって、固く信じればぜんぶいけちゃうってこと?!」
「はいご名答。
そうすれば、サキは幸せなまんま、無事に『天寿を全う』できる。
そしたらこれまでのシミュレーション結果、全部適用しても何一つ問題ない。
奈々緒兄さまもおと……っおやじも、あんたたちも全員無事にハッピーエンドにたどり着けるようになるわ!」
「なんでいきなり降格っ?!」
「こっちむいてニヤニヤしてるからよっ! もうっ恥ずかしい!」
「ひどっ!!」
『おとうさん』認定がきっかけで親ばか発症していたアズールが、さっそくの降格処分を食らって半泣きになっていた。
だが、悪いが俺たちは、いまそれどころじゃなかった。
「わたしとお兄さまもそのようにすれば、サクレアさまと自然におなじ道を歩むことができるのですわね……?」
「しかしそうなると俺たちは、こんどは自然の成り行きで、サクレアを置き去りにしてしまうかもしれない……」
「いや、そのくらいは俺、がまん……がま、ん、……」
あの頃、そしてシミュレーションの中で、みんなを失ったときを思い出すと、あのつらさがこみ上げた。
けれど、それ以上のわがままはいえないだろう。だって、みんな通る道だ。
おもわず半泣きになるけど、必死に我慢する。
だが、自称よくばりのルナさんは、最高の答えを見つけてくれた。
「でしたら、こうすればいいわ。
サクレアさまとサクスお兄さま。サキさんとお兄さま。
ふたりのいのちを、ひとつにつなげばいい。
お兄さまの力を持ってすれば、たやすいことですわ」
「ルナ、おまえは?」
「わたしは大丈夫。
もしもわたしが、母になったなら……
万一いとしい方に先立たれたとしても、ふたりの子を守らなくっちゃいけないもの。
もっともこれは、お母さまの受け売りですけど!」
いたずらっぽく笑うルナさんだが、俺の涙腺は爆発してしまった。
みっともないとは思いつつ、どうやっても涙が止まらない。
袖を目元に押し当て、必死にこれだけ言った。
「あり、が、と……でも俺ぜったいっ、先だたないからねっ!
ぜったいぜったいっ、最強無敵になってっ、ルナさんを、まもるからっ……!!」
すると背中にばしっと、結構痛い感触。振り返らないでもわかる、スノーだ。
ちなみにルナさんのほうは叩き方が優しかったようだ。ちょっとずるい。
「じゃっ、それまではあたしが二人を守ってあげるわ!
頼ってちょうだい、こうみえて神サマ歴はいちばんながいんだから!」
「おい、俺の立場は。」
「あんたもおとなしく守られときなさい、サク。
あんたはサキと命一つにするんでしょ。サキはあたしの半身よ。あんたが無茶して、サキになんかあったら、あたしだって地味にただじゃすまないんだから!」
「あら、でもそれって、スノーさんになにかあったら、サキさんも、お兄さまも大変なことになるってことよね?」
「あ、えーと、それは……」
「ふふっ。
でしたら、みんなで守りあえばいいですわ!
この四人だけじゃない、みんな、みんなで。
いいかしら、みなさん?」
さすがなルナさんのことばに、次々賛成の声が上がる。
やさしく、力強い、友と恋人たちの声。
そのさなかで俺はますます、涙がこみ上げてしまうのだった。
ふとふりかえれば、アレクとるーちゃん、こうさぎちゃんと奈々希、サクそっくりの天使……俺たちを導いてくれたナビたちが、光の中微笑んでこちらを見ていた。
* * * * *
その日、世界中で『大中小の三連流れ星が目撃された』とニュースになっていた。
吉祥の証として、多くの人たちに喜ばれたそれの正体はというと、実は俺たちのエアビークルだったようだ。
しかし俺たちは、特にそれに対してつっこんだ発信を行うことはなかった。
逆に、なにをどう発信すればいいのだろう。
そのときすでに、歴史は変わってしまっていた。
つまり、かわってしまった後の“いま”からみれば、何もおきていないのと同じなのだから。
――それでも、俺たちは“知って”いる。
俺たちは悲しい歴史を潜り抜け、争い、そして手を取り合い、いまの幸せを編み上げたことを。
俺はもう、非業の前世を持つ神の子ではない。
サクも、それを隠すために必死になっていた“裏切り者”の騎士じゃない。
アズールも、俺をひどい目に合わせてなんかいないし、そうである以上、ナナっちもその業を背負わなくてよくなった。
ただ、ほんの少しの違和感を訴える人は、まだちらほらといる。
それに、イメイ宮遺跡の探索は、やっぱりしておきたいものだ。
それよりもなによりも……
暖かな気候に、美しい大きな海。
そして、ユーリさんとホークさんをはじめとした、おおらかな人たちとの日々は、“人知れず”苦難のみちを歩んできた二人を、きっと癒してくれるはずだ。
そんなわけでナナっちとアズールは、またしばらくセンティオにお世話になることになった。
双方の都合もあり、出発は一ヵ月後。
今度の調査は、短くて数ヶ月。もしかしたら年単位になるかもしれない。またしても離れ離れとなる俺たちは、その間に一通り、遊んでおこうと約束したのだった。




