STEP6-2 どうしようもない大馬鹿野郎~朔夜の場合~
2019/07/18
ご指摘ありがとうございます! 表現修正させていただきました!
『御技』→『御業』
「イメイの滅亡については、そんなところだ。
次に、ユキマイの滅亡について。
イメイの海没はサクレアに責がある。そう言ったが、たとえサクレアが力の行使を控えても、いずれイメイは沈む運命にある。
ユキマイが滅亡するのは、その後だ」
「まさか、ユキマイも海に沈むの……?」
不安げなシャサに対し、『天使』は静かにかぶりをふる。
「ユキマイはいま以上には沈まない。
だが、地力を使い尽くされ、死の砂漠となる。
そしてサクレアの意志が、その回復を阻害する。
サクレアのチカラと意志がユキマイを滅亡させ、サクレアは命を失う――この歴史でそうだったように。いや、それ以上の絶望とともに」
今度こそ、イサも俺も声を上げていた。
嘘だろう。あのサクレアが、ユキマイの地を呪うとでもいうのか?
もしそうならば俺たちは、その理由を知らねばならない。
浮き足立つ俺たちとは対照的に、『天使』は落ち着き払って語り続けた。
「さきほど省略した部分だが、サクレアのチカラの源は、ユキマイの地力だ。
地力の源――土中に埋もれた腐植を、その前後の時間軸のものも含めて自らの力に『変換』。
それを使用して、適切なテンプレートに基づいた各種の『再構成』を行う。
それが、サクレアの『御業』の本態だ。
サクレアの『御業』は、『サクレアの奇跡』において田畑を『再編』したときのように、『物質的な資源の転送』を主体とすることもある。
逆に、落ち込んでいる者に元気を出させるときのように、『既存の心身組織に生命エネルギーを注ぎ込むことによる活性化・活動促進』を主体とすることもある。
しかし、いずれの場合でも行われることは『ユキマイの地力の変換・吸収』と『適切なテンプレートに基づく再構成』。つねにそれに変わりはない。
ともあれ、ユキマイの地でこれが行われるなら、何の問題もなかった。
ユキマイの土からもたらされた結実が、いずれ正しくユキマイの土に帰るならば。
だが唯名帝国成立後のサクレアは、かどわかされた仲間たちを取り返す、友達の畑が危ないからと頼まれた、といっては、頻繁にユキマイを出、力を使った。
それにより、大幅にユキマイの地力は消耗してしまった。
アズールが外征のための蓄財に走ったとき、サクレアはユキマイに戻され、ユキマイの土に力を使わされたが、収支は依然マイナスのままだった。
そこで得られた実りは、大部分が外へと持ち出されたからだ。
それでもなお、実りを求めて行使されつづけたサクレアの力は、ユキマイの地から地力を吸い尽くし、完全に地力を失った死の砂漠へと変えてしまった。
のみならず、サクレアは、それを受け入れた。
豊穣の神でありながら、人の子のように心くじけ、己の、ユキマイの回復をなきものと考えた。
その『選択』は土地一つを滅ぼし、遠い未来にまで負の遺産を残した。
――これが、サクレアによるユキマイの滅亡の顛末だ。
豊穣神サクレアは、そのチカラと弱さゆえ、期せずしてイメイとユキマイに破滅をもたらす。
すなわち、大いなる厄災の元凶というべき存在なのだ」
なんという言い草だ。
だが、俺が口を出す一瞬前に、シャサが『天使』に詰め寄っていた。
その顔は、怒りのあまり青くなっている。
「キミさ、……言いがかりにもほどがあるよ!!
さっくんは悪くない。
前半はまだしも、後半はさっくんのせいじゃないっ!!
さっくんはだまされて、力を奪われて、勝手にやられたんだよ?!
それで、そのせいで弱ってて、回復することが信じられなかった。
キミだって、自分ではわかんなくとも長いことつかまってたら、そうしてひどい目にあわされ続けてたら、そうなっちゃうでしょ?!」
「ああ。なるだろうな。
それでもそれは、我が責だ。
なぜなら、我には神の力があるからだ。
力あるものは、その責を負わねばならない。
人の力を持つものは、人の。
人を超えた力を持つものは、人を超えたそれを」
奴にも情があったらしい。
言葉を失ってしまったシャサへかけた声は少しだけ柔らかく、その手はそっと、髪に添えられていた。
「……だが、確かにサクレアは『悪く』はない。
サクレアは神の子。世界の半身たる神の子が、世界になしたことに『悪』などはない。
それはあくまで、人の世の決め事にすぎないからな」
そして、彼女を優しく恋人の胸に押しやる。
だが奴が俺に向き直って告げたのは、俺の精神を滅多斬りにせんばかりのことどもだった。
「それでも、厄災の原因がサクレアの力にあったことは間違いがない。
さらにいうなら、ユキマイに過酷な運命がもたらされた理由は、あり得なかったはずの実りが、欲深き者共の目をひきつけたためだ。
もしもユキマイがあのままだったら、イメイも……その間者も、やっては来なかった。
そして、いずれ来る全球的な温暖化により、崩壊と再生を繰り返しつつも、ゆっくりと実りを取り戻し、今なおきっと、平和で豊かな土地であったはずだ。
お前たちが見たユキマイの滅亡を、お前たちのやり方で回避したとしよう。
だが、それでもサクレアによるユキマイの滅亡は起きる。
サクレアのチカラと弱さ。
そして、いずれ来る地殻そのものの沈降による、イメイの避けられぬ海没。
これらがそろってある以上、アズールを変え、イメイを制し、ユキマイの歴史を平和なものとしたとしても、ユキマイは死の砂漠となる。
――まず、イメイが沈む。
そこからやってきた民の一部を、サクレアはユキマイに受け入れる。
奈々希について葦原島に去った者たち、独自に周辺に散った者たちのことも、同時に全力で支援しようとする。
豊かな実りをもたらし、彼らを養うためにとサクレアは、自らの気力とユキマイの地力を振り絞る。
そとに地力を奪われて、ユキマイは徐々にやせ衰え、住民たちも散ってゆく。
やがてユキマイは地力を失いつくして死の砂漠と化し、サクレアは心砕けてユキマイの、自らの滅びを受け入れる。
ユキマイの神たるサクレアの絶望は、すなわちユキマイの地の絶望。
サクレアが滅び去った後数千年、ユキマイは『死の砂漠』であり続けるだろう。
サクレアのもてるチカラと優しさ、そして愚かさと弱さのために。
もちろんこの程度のことは、より高き神の視点からすればなんということもない、些事だ。
だがサクレアは、悲しむだろう。
すべては自分が無力だから。生み出してくれた人、はぐくんでくれた人、信じてくれた人、救えない人、関係のない人も悲しませてしまうと、己を責めるだろう。
そして、その存在を呪い、苦しむだろう」
いつしか奴は、俺に、俺にのみ語りかけていた。
「そんな状態でも、お前はサクレアを生かしておくのか?
お前はそのようなことができるのか?
親しきものとの死別に心を痛め、死を望んだサクレアに、それを許したお前が。
いずれお前は、サクレアの意を汲み、サクレアの創造から、全てをなかったことにするだろう。
己は神であるとの自覚を深め、その階梯をみっつも昇れば、お前にはそれが可能になる。
いまその階梯にあるわたしが言おう。
サクレアは、生み出されるべきいのちではなかった。
神の子としての力を持ちながら、それとは不釣り合いなほどに弱く、愚かで、優しすぎる。
創造主の無知からいびつに作られ、悲しい末路しか辿れない、小さく哀れな存在だ。
それでも強いてサクレアを生かすなら、その心を作り変えねばならないだろう。
サクレアは、弱い存在だ。お前なしでは生きることのできない哀れな子猫だ。予め風切り羽を奪われ、ひとり羽ばたくことはけしてできない雛鳥だ。
お前がそう、生み出したのだから」
声を荒げるような感情はすでに麻痺していた。
ただ、俺は、判断した。
「サクレアを生んだのも、生かすのも、ただひたすらに、俺の無知とエゴが理由。
つまりは、そういうことか」
信じたいわけなんかなかった。
でも、信じざるを得ない理由があった。
それは、サクレアに対する、俺の気持ちだった。
自慢の弟だった。可愛くてたまらなかった。大好きだった。
好きじゃないところなんか、ひとつもなかった。
女なら、ルナ。男なら、サクレア。
このふたりが、世界で一番、可愛いと思っていた。
でも、それは、俺がふたりを、そう『作った』から。
ひとりは、孤独を癒しともに歩むために、愛くるしく、賢く強く。
もうひとりは、俺が囲い癒すために、愛らしくも、愚かに弱く。
信じたくなんかない。
他のやつが同じことをしたとしよう。それを見て俺は、なんと言う?
『最低の、下種野郎』。
だが、信じざるを得ない。
なぜならあいつのすべては、俺が最も愛するものだったからだ。
頭は悪くない。でもドジだった。
運動神経も悪くない。なのに何もないところで転ぶ。
優しくて強くて、誰かが困っていればすっとんでいき――
そのくせ雷なんか鳴った夜には、俺のベッドじゃないと寝なかった。
絶対にひとりでほっとくことなんてできないと思っていた。
いつまででもそばにいて、守ってやらなきゃいけない、そう思っていた。
ほんとうに、なにもかもが可愛らしくていとおしかった。
見た目も、声も、語り口も。
ちょっとした仕草のひとつひとつ、やわらかな毛並みの一本一本すら。
まるで、俺のために生まれてきてくれたかのように。
神様が、俺のために生み出してくれたかのように。
だがその『神』が、俺だったなら、それも納得だ。
つまり俺は、最低の、下種野郎だったのだ。
ただ自分のためだけに、命を生み出し、世界をもてあそび。
愛しいはずの者たちをさえ、苦しめて――
それに気づかず、被害者面をして己の愚行の尻拭いをしようとしていた、どうしようもない大馬鹿野郎だった。
「……よく、わかった」
俺は、立ち上がった。
そして、手を伸ばす。
「俺は、変える。
サクレアを不幸にするすべてを。
俺は最低の下種野郎だ。どうしようもない大馬鹿野郎だ。
だが、そんなことはどうでもいい!!
ああ、乗り越えてやる、全部。何に代えても。
俺の愚かさも。世界の理不尽さも。
サクレアがサクレアを不要というなら、それすらも乗り越えてやる!!
『自覚する。俺は神。真なる神だ』。
俺は、」
輝く光輪を握り締め、宣言すると同時に、世界が急転した。




