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咲也・此花STEPS!! 4~もと・訳ありフリーターの俺が花いっぱいの国でにゃんこな王様になるまで~  作者: 日向 るきあ
STEP6.サクレア

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STEP6-1 俺があいつを消す理由・2~朔夜の場合~

「お前は当時のユキマイの大地を『傷つき、病んだもの』と断じた。

 そしてその癒しを、小さな化身を通じてその手でもたらすことを望んだ。

 その結果、世界はユキマイを傷つき、病んだものとし、瀕死の化身を作り出した。

 お前の愛を最もかき立てる造形を具えて――

 それが、サクレアだ」


 金色の男が、瞬きもせず語る言葉に、俺たちはみな言葉を失っていた。


「お前たちの基準では、化身というものは、神の座に並ぶものだった。

 そこから、お前の中で無意識にこんな考えが成立した――


『この子猫は大地の化身だ。すなわち、神だ』

『神たる彼がここにいる、ということは、彼でない自分は、神ではない』

『よって、この子猫は神の力を持っており、自分は神の力を持っていない』


 そうしてお前は、自らの神としての力さえ、期せずしてサクレアに譲り渡してしまった。

 まるで、『切り分けたケーキの一切れを『ケーキ』と呼べば、残りはおのずから『あまりもの』となる』というのと同じような論法でな」


 今の俺からすれば、突っ込みどころだらけの『三段論法』。

 しかし、今思えばそのときは、まさしくそう、考えていた。

 それゆえ口を挟まなかったものの、内心では情けなかった。

 だが天使は特にそれを嘲るでもなく、淡々と先を続ける。


「しかしとうのサクレアには、なにもできなかった。

 サクレアは、未熟な子猫として作られたためだ。

 化身として本来果たすべき機能を果たすことができなかった――ユキマイの大地に、自らが得た活力を還流し、癒しと豊穣をもたらすことができなかった。

 なおかつ、お前から得た神の力を利用してそれらを実現することも、できなかった。

 そのため、傷つき病んだユキマイの地は、なすすべもなく旱魃に陥ってしまった。

 つまり、あの旱魃は未熟だったサクレアの、ひいては彼をそう作ったお前の責だ」

「サクレアのせいじゃない!」


 俺は反論していた。最後は絶対違う。なぜならば。


「旱魃の原因は『御座トロン』の失調だ。。

 つねにユキマイの村を加護してあったというのに、そのときだけはルナの、史上最高の巫女の祈りですら動かなか……」

「そのルナを作り出したのはお前だ。

 創造主たるお前が『望んだ』不作に、抗えるわけもなかろう」

「っ……」


 絶句してしまった俺の肩に、ぽんとあたたかい感触。

 見ればシャサがその手を置いて、ニコニコ笑ってくれていた。


「サクっち。

 あたしたちは、気にしてないよ。

 だって、誰も死ななかった。

 苦しい思いはしたけど、それでみんなの絆が深まったもの!」


 そして反対側からむぎゅっと肩を抱く感触。

 ふりむけば、イサが笑っている。


「そのときのことを教訓に、いろいろ考えられたしな。

 それに、なんたってさっくんはいいやつだ!

 それだけでゼンゼン、俺らとしてはまるもうけだぜ?

 まっ、サクスがまさかの未婚の父だったってのはビックリだけどな!」


 冗談めかすやつのとなりで、イザークもうんうんとうなずいてくれていた。

 ……目の奥がじんとした。

 ああ、なんて、なんてやつらだ。

 ありがとう、おまえたちがいれば、向き合える。

 それを言葉で伝えると、俺はあらためて、天使に問いかけた。


「それは……理解した。

『俺が無知なままユキマイの癒しを望み、サクレアが生まれた。

 そのさいの不手際でいっとき、ユキマイは窮地に至った』

 しかし、なら、なぜだ。

 なぜ俺が、あいつを消し去らねばならない。

 ユキマイの窮状を救ったのは、やはりサクレアだ。サクレアが自ら限界を突破して、一人前の神として覚醒し、救いをもたらしてくれたんだ。

 疑問は他にもある。

 サクレアが神として立った後の俺は、『サクレアの恩恵』という形をとってだが、本来の神としての力を使えていたはずだ。

 その俺が――俺たちがなぜ、あいつらに負けた?!

 なぜサクレアを奪われるに任せねばならなかった。あのっ……あの外道に奪われ、利用され、しまいには!!」


 いつの間にか、声を荒げていた。

 アズールの狂化に情状酌量の余地はある。それは理解している。

 そしてそのいまわしい過去は確実に殺せる。それは、わかっている。

 けれどまだ、心にはあの痛みが残っている。

 あのときに勝てておれば。いったいどうして勝てなかったという、煮えたぎるような感情も。

『天使』はまたたきもせず答えを返す。


「まず二つ目の問いについて。

 お前はその当時、自分を人間と思い込んでいた。

 だから、ヒトの限界を超えられなかった。

 ヒトの限界だけで、納まってしまっていた。それゆえ、数と力で負けた。

 他にもさまざまな要因があるが、お前にもっとも『近い』理由はそれだ」


 ぎり、と奥歯が音を立てた。

 なんと愚かだったか。

 あいつのためなら、ヒトをすら超えてやる――そう、あの時に思っておれさえすれば、俺はサクレアを守れていたのだ!


 まあ、いい。それは今から取り戻す。

 このシミュレーションが完成したら、俺はそれを用いて、この世界を変える。

 歴史を改変し、サクレアが昔も今も、未来もずっと、しあわせなようにしてやるのだ。

 そう、なににかえてでも。

 そのためには、サクレアを消し去るなどということが、絶対的な愚行だと証明せねばならない。

 俺はしっかと『天使』を見据え、その声に耳を澄ました。


「心の準備はよさそうだな。

 なら、一つ目について。

 お前がサクレアを消し去る理由。

 それは、サクレアが、歪に過ぎるものだからだ。

 過ぎるほどの優しさと強さ、愚かさを兼ね備えてしまった不適格者の末路には、ただ破滅しか存在しない」



 しん、と冷えついた。

 頭の芯が。周囲の空気が。



「サクレアが、愚かな不適格者、だと?

 アズールに、騙されたゆえか」


 冴え冴えとクリアになる視界の中、『天使』はかぶりを振る。


「いや。

 サクレアが、期せずしてイメイとユキマイに破滅をもたらすからだ。

 豊穣神サクレアは、大いなる厄災の、その元凶なのだ」


 イザークが、シャサが声を上げる。

 イサは大きく深呼吸して、平静を保とうとしている。

 とにもかくにも、まずは情報を得ねばならない。そう考えているのは明白だった。

『天使』はやつが一呼吸を終えたのと合わせ、言葉を継いだ。


「お前たちの試行においては、全き自然の成り行き、不可抗力として捨て置かれていたが――

 イメイ半島全域の海没。

 急速に過ぎるそれをもたらしたものは、『サクレアの奇跡』による大地への干渉だ」



 しばらくの沈黙の後、シャサが困惑した様子で問いを発した。


「どういうこと?」

「うーん……これはあれか。

 地下水がどっかで使われるだろ。で、あまり使うと地下水の流れが減って、下流側で地盤沈下が起きるってやつじゃないか。

 ほら、『サクレアの奇跡』を契機にユキマイ高原じゃどんと農地が広がったろ、それでよ」


 イザークの答えに『天使』は、わが意を得たりとばかりにうなずく。


「まさしくそのとおりだ。

『サクレアの奇跡』により、ユキマイ村の田畑は理想的な農地に『再編』され、旱魃の害を免れた。

 それ一度だけなら、まだ大した影響もなかったが――

 サクレアはその後も、継続的にそれを行い続けた。

 ユキマイの農地は次々に拡大。住民も続々と集まった。

 河川水の使用量、植物が地中から吸い上げる地下水の量がともに増大した。

 その結果、ユキマイ高原から偉名半島へと流れ落ちていた水脈が痩せ、半島の土地が沈み始めたのだ」


 シャサは一度眉根を寄せたが、もともと頭は悪くない。すぐに気づいて問いを重ねた。


「沈み『始めた』ってことは、そのあとにも別の原因が続くんだよね?

 たしか……そう。温暖化!

『サクレアの奇跡』からあとは毎年あったかかったし、転生したあとはもっと……」


 イサが意識接続エンゲージでトロンに確認を取りつつも、やつの持つ知識を語る。


「――だな。

 あの当時、ちょうど太陽活動が活発化してた。

 そこに『サクレアの奇跡』で多く出てきたメタンガスの働きも加わって、気候がどんどん温暖化して、氷河やなんかが溶けて海面が上がったんだ。

 さらに、イメイそのものの経済活動でさらに地下水脈がやせている。

 原因のひとつは、イメイで農耕が盛んになったこと。もうひとつは、都市化と工業化だな」

「ああ……」


 シャサは納得したようで、一つ大きくうなずいた。


 海流が変わって漁獲高が減り、農作に頼らざるを得ない地域がでてきた。

 イメイ王国の成立で人が集まり、より多くの食料が必要になった。

 温暖化と、平和の樹立により、イメイ北部が農耕に適した場所となった。

 これらの理由から、イメイ全域で農業が盛んになった。


 また、王都の発展によって都市化が、三倉のマーケットの発展によって工業化が進んだ。

 都市には水路が引かれ、汲みあげ井戸が各所に設けられた。


 かつて読んだ多くの資料によれば、そうだった。


「……いやシィ、メタンガスに突っ込まないのか?」

「ふっふっふー。あたしもすこしは勉強したんだよイサくん。

 ユキマイはずっと昔湿原だったんだよね。だったらメタンガスくらい埋まってるでしょ。

 あのときさっくんが田んぼと畑にリコンストラクション使ったから、前より深いとこまで永久凍土が溶けるような、むかしのいい状態に『治って』、そんとき出てきた。

 ずばり、そうでしょう!」


 俺とイサは、ドヤ顔のシャサを凝視した。

 こいつは、けっして頭は悪くないのだ。

 だが無事にここから帰ったら、一度ゆきに再教育してもらうべきかもしれない。

 そう、しばし国防の職から離してでも。

 え……そうなん? と心もとなさげなイザークは、ユキマイの民ではなかったから、仕方がないが。

 思わずため息をつけば、きょとんとしている二人に向け、冷静な『天使』が説明していた。


「着眼点は悪くはないが、それではサクレアと同じようなレベルだ。

 考えても見ろ。幾度もの夏のたび融解が起きているそこに、いまさらメタンガスなど残っているわけがない。

『サクレアの奇跡』において行われたことは、ユキマイの地下資源の変換・再配置。

 このうちメタンガスに関連するのは後者だ。

 サクレアはその力をもって、永久凍土に封じられた腐植――肥えた土や、地下水脈に満ちた水などの地下資源を、理想的な状態・理想的な配置で田畑に移送。そこにある作物が即時利用できるように『再配置』した。

 それらの資源がより豊富に眠っている場所は、毎年凍土が溶ける深さよりももっと下だ。

 つまりそのメタンガスは、お前が思っているよりもっと深い場所からわざわざ掘り出されてきたもの、ということだ」

「はぁぁぁ……!」


 感動した様子で手を打つシャサとイザーク。

 一瞬イサに『この二人もなかなか似合いだったな』と言ってみたい衝動に駆られたがやめた。

 今はそんな時ではない。

 まだ聞くべき、論破のタネにするべきことが、俺の前にはあるのだから。

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