STEP4-4 御前裁判・2~咲也の場合~
2019/07/13
さっそくですみません……イメイ、偉名の表記ゆれを修正しました。
(グライスは「偉名」、サキたちは「イメイ」、アズールは話の進行で使い分けている)
少し、残酷だったかもしれない。
しかし、この先を考えると、言っておかねばならないことだった。
俺たちは知っている。それをしたのは、彼の国の王。その政策のため、秘密裏に雇われた流れ者たちだと。
それを知らず、間違った恨みを抱いたままの彼らを助命しても、一時の気休めとしかならないのは明らかなのだ。
俺は、玉座を立って、彼らの前にひざをつこうとした。ほっとけなかったからだ。
もちろん、立ち上がったところでサクスににらまれ、元通り腰をおろさざるを得なかったのだが。
しかたないので俺は大きく身を乗り出し、少しでも低く、彼らに近い場所から語りかける。
「七瀬の公子、奈々希のことは、聞いたことがあるよな?」
「は、はい、それは……」
「あいつは、そうして見捨てられた人たちをなんとか助けようとしてる。
そのあいつを何度も何度も救ってるのが、アズールなんだ。
そんなアズールがお前たちに、『奈々希が助けようとしている相手』に、そんなひどいことを……
そいつはきっと、お前たちとアズールを陥れようとした偽者なんじゃないか。
俺にはそんな気がしてる。
俺に詳しく聞かせてくれないか、そのときの状況を」
グライスは小さく目を伏せ、語りだした。
彼らは、昼だけ王都のマーケットで働き、夜はスラムに戻るという生活をしていた。
貧しい暮らしの中でのささやかな楽しみは、仲間たちで金を出し合って買うお酒。
店に入るような余裕はなかったので、早番の日に酒だけを買い、王都のはずれで飲んでしゃべって、憂さを晴らしていたという。
一月ほど前のその日も、倉庫街の一角で飲みながら、夜族への恨みを口にしていた。
するととつぜん、フードをかぶった背の高い男がわりこんできた。
そいつが、馴れ馴れしい態度で言ったことは――
『なあ、お前ら知ってる?
こんどユキマイに行く留学生。夜族なんだってよ。
なんでもつい先だってまでこの辺を荒らしまくってたくせに、まんまと軍のえらいさんタラしこんで、スカウトしてもらっておとがめナシだと。
でもって今度のユキマイ留学、なんっと国費留学生枠でいってくんだとよ!
わらっちまうよなあおい! 王都の悪党が、こんどは豪勢に国費留学だとさァ!
いやあ確かなハナシだぜ、だって俺サマこそ、そのご本人なんですからよ!!
なあどんな気持ち? バカにしていた夜族に上行かれて!
ハハハ、ざまあみたらしってなもんだ。
俺はユキマイにいき、神王陛下の寵愛を勝ち得てみせるぜ。そうしたらお前ら反夜族派なんか、神の威光で消し炭だ!!』
そうして彼らをボコボコにし、残った酒を飲み干して、笑いながら去っていった。
それを恨んだ彼らは、ユキマイまで追ってきて、事件を起こしたのだという。
俺は当然知っている。史実にそんな事件はないと。
『御座』にアクセスし、この試行の中でもそれはなかった、ということも確認してある。
だが『普通に』それを証明するのは困難だ。
異国の町外れでのこと、第三者の証人を見つけるのも難航するだろう。
しかしグライスは、真に迫った様子で言い募る。
「そのときには気づきませんでしたが、ここで数日反省し、頭を冷やして気づきました。
俺たちがアズールをうらみ、ユキマイまで追いかけてきて、反夜族の活動をすれば……
それに対し、猫をかぶったアズールが『そんなのは身に覚えのない罪をかぶせられての、いわれのない差別なのです』と訴えかければ……
心優しい神王陛下はアズールを哀れみ、守るようになると。
アズールはそうやって、まんまと陛下のお側にはべり、寵愛を受けるつもりだったのだと。
俺たちは利用されたんです。夜族を恨む心につけこまれて。
そういえばあのときの刃物。あいつがいなくなった後に落ちていたんです。
奴は最初っからそのつもりだったんですっ。
奴がいなくなったすぐあと、匿名の支援者があらわれたんですが、それも今思うとタイミングがよすぎでした。
何もかもあいつの差し金なんです。間違いありません!」
『匿名の支援者』。
確認しておいた取調べ調書によれば、アズールが去った直後に現れたフードの男が、ずっしりと金の入った財布をよこしていったのだという。
『とんだ災難だったな。
あの男にはわれわれも辟易しているのだ。ひとつ、お前たちの手でお灸をすえてやってくれ。
留学先で、王城の前でサンザンに非難されれば、あいつの面目もつぶれるだろう。
もしかしたら暴れてぼろを出してくれるかも知れんな!
たのんだぞ、われらが同志よ』
……と。
反夜族活動自体は、王の肝いりだ。
当然、こうしたことはあっただろう。
しかしこれには、素朴な疑問が沸いてくる。
――何でこんな回りくどいことになったのだろう、と。
もしも俺が、その支援者なら。
まず、グライスらをつれて、官憲に通報する。
もちろん、このことが明るみに出ることはすぐにはない。
偉名王は、ユキマイに留学というカタチでアズールを厄介払いしたいのだから。
しかし、留学前に馬鹿なことをしたアズール本人は、それなり絞られるだろう。
そして、のちのちにわたってそれをネタにされることになる。
こっちのほうが、ずっと安上がりで確実で効果的だ。
逆に、俺がグライスなら、その男に頭を下げ、官憲の詰め所まで同行してもらう。
そいつを証人として、アズールを告発するのだ。
もし、そいつに断られても、詰め所までは絶対にいく。
だが調書には、官憲に告発したという旨の記述はなかった。
これに気づいたとき、俺たちはひとつの作戦をくみ上げたのだ。
そしてそれを走らせるときは、今。
俺は心でわびつつ、決められた言葉を口にした。
「ありがとう、よくわかった。
被告側の話を聞きたい。被告・アズールをここに」
控え室のドアが開き、アズールが出てきた。
グライスは、さきほどまでのしおらしさはどこへやら、すさまじい勢いで奴をにらみつけた。
アズールは嫌疑を全面否認した。
とぼけてんじゃねえぞ、と吼えたグライスに対して、どこ吹く風で返す。
「何度でも言うが、そのあたりの期間、俺にはびっちりアリバイがあるぜ。
朝から晩まで七瀬屋敷にカンヅメで、みっちり勉強させられてたからなァ。
それとも、そちらさんにはなにか反証があるのか?
たとえばお前らとマジに関係のねえ、目撃者がいるとか。
ああ、もしかして官憲に駆け込んでスルーされたってクチか?
だったらお願いすりゃよくね、ユキマイ通じて、イメイに事実関係の確認をよ。
だいじな自国の人間が生きるか死ぬかの瀬戸際だ、イメイもきっちり答えてくれるだろうよ?」
「官憲には言ってない。
だってそうだろう!! 軍の上層部とつながった国費留学生だぞ!! 告発したって、もみ消されるに決まってる!!」
「俺を排除したい奴らは上層部にもいるんだぜ。
たとえば、お前に金をよこした奴は?
なんでお前はそいつのツテを使って、俺を告発しなかった?
逆にそいつはなぜお前らを使って、俺を告発しなかったんだ?
ユキマイまでの旅費をポンと出せるようなおえらい野郎がだぞ。
つかおかしくねえか。
なんでわざわざお前らを手間かけてカネかけてユキマイまでいかせてんだよ?」
「知るか!!」
「ともあれ、そいつ俺がてめえらボコったのを見てるんだよな?
じゃあ、なってもらおうぜ、証人に。
やつがそうと証言すれば、俺はスパイ確定で死罪だ。
偉名は喜んで証言だしてくれるだろうよ――
お前らもそう思ってるとおり、俺はどうにもならねえ厄介者だ。だから偉名からここに『捨てられた』。
手間かけてカネかけて、留学生に仕立ててな。
手間かけてカネかけて、正義の志士様に仕立てられたてめぇらとは真逆によ」
グライスは息を呑んだ。
恐ろしいほどの沈黙を破ったのは、グライス自身の声だった。
「俺、たちも、捨てられていた……?
馬鹿な! そんな馬鹿な!!
俺たちは正義のために戦ってたんだぞ!
夜族どもを根絶やしにしてしまえば、『光の都』政策は廃止できる。みんなずっとずっとラクになるんだ。俺はあくまで偉名のために……
それは、騒動を起こしたこともあるけれど、支持者だっていたし……
旅費を出してくれた人は本当にいるんだ。その前も何度も、名を伏せた寄付があって……そもそも夜族は悪しき種族だってのは、国の……」
言えば言うほど、グライスの声は小さくなっていく。
アズールは、低く滑らかな声で彼に告げた。
一転、マジメな調子で。この上なく、マジメな顔で。
「グライス。
俺は、作り物の夜族だ。
この意味、わかるか。
偉名の国は、『悪の種族』を、わざわざ人工的に作り出した。
そして、役に立つよう改造までした。
お前も気味悪がってる、この目。
俺はここに、チカラを埋め込まれた。
何の恨みもない諸外国の要人をひそかに傷つけ、偉名の王に従えと脅させる――そのためだけにな」
「う、……うわあああああああああああ!!」
グライスは頭を抱えて絶叫した。
他の仲間たちも叫び、顔を覆い、あるいは地面にこぶしを叩きつける。
俺は今度こそ玉座を降りた。
そして、グライスを抱きしめた。




