STEP3-2 王都の悪党――その名は・A~奈々緒の場合~
気付けば俺はひとり、白く静謐な部屋にいた。
中央にぽつりと玉座が、それを乗せた台座があるだけの。
しかし、物寂しさはなかった。
玉座のうえ、座したものの冠となるだろう位置に浮かぶ白い光輪が、その輝きと存在感が、全てをやわらかく圧していたからだ。
ほのかなあかりにつつまれた室内は、ここちよい温度と湿度に保たれている。
不思議だ、と思った。
ここはもともと、ユキマイの神の社。そして帝国が帝政を支えるための道具として利用しようとした遺跡だ。
そのコアならば、それだけのしつらえが『ある』ことは、不思議なことではない。
けれど、それが未だにこうして『ぶじ、稼動している』ことはなんだか不思議だ。
唯聖殿や偉名宮、その四つの塔を見てきた後でもやはり。
「不思議じゃないよ、奈々緒」
そんなことを考えていると、どこか、懐かしい声がした。
玉座のまえ、いつの間にか立っていたのは、俺によくにた青年だった。
シンプルな金の額冠のしたの、サラサラとした髪の色はブラウン。慈愛に満ちた瞳は清らかな大河の青。年のころは、ロクにいより少し上か。背は俺とそんなに変わらない。
成人男子にしては華奢な体躯を包むのは、赤と白の装束。これにも見覚えがあった。朱鳥国王の準正装だ。
とするとこの人は前世の俺――それもちょうど、王になったころの――なんだろうか?
彼は優しく微笑むと、問いかける前に答えをくれた。
「半分、あたり。
『俺』は『御座』が創りだした、お前のためのナビゲーションキャラクターだ。
あのころの姿に似せてね。
この部屋も、似たようなものだよ」
「じゃ、じゃあ……!」
どき、と心臓が跳ね上がった。
俺はここにいたるまで、アズやメイちゃんの手助けをして、無事につれて帰ることしか考えてなかった。
俺自身が『御座』にふれ、望みをかなえる立場になるとは、思ってもいなかったのだ。
でも、『神殿』は俺のまえに、写し身と玉座を遣わせてきた。
すなわち、俺に『願いをかなえる資格アリ』として、チャンスを提供してくれたのだ!
「あわてないで、奈々緒。
俺たちは、お前の願いをかなえられる。
でも、ひとつの願いをかなえたことで、ほかの苦難がふりかかることもある。
それが、どうしてもゆずれない願いを潰してしまうことも、ないことじゃない。
まずはここで、シミュレーションをしてごらん。
よくできたVRゲームと思ってくれればいい。
要領は、YUIとの意識接続と同じだよ」
「ありがとう。やってみる!」
昔の俺に似たナビは、俺を玉座へと導いてくれた。
現状は不思議だし、不安もあった。
サクやんたちと一緒にいたはずなのに、いつの間にかひとりきり。
でも、『ここ』がそれを適切と判断したならば、素直にそれに乗ろう。
そう決めて、『奈々希』の澄んだ瞳を見つめると、彼はニッコリと笑い返してくれて、すこしだけ不安が和らいだ。
* * * * *
アズを王都でほうっておけば、前世と同じになってしまうはずだ。
そう考えた俺は、全力でアズを説得した。
努力実って、うちに来てもらうことは無事できた。
アズは俺をいつも側で守ってくれた。
優れた能力や知識を活かして、武術や学問の手ほどきをしてくれるようになった。
ぶっきらぼうで照れ屋だけど、根っこはとても優しい彼を、すぐにみんなが好きになった。
ずっとここにいてほしいとみんなが言った。
そのたびあいつは『あ、飽きるまでっていったろ……』とツンデレして。
その後、大好きな手作りコーディアルをもってご機嫌伺いに行くと、『ったく、しょーがねーな! お前みたいな天然ほっとけないからなっ!』っとやっぱツンデレするまでがワンセットで……
毎日毎日、とても楽しくて、それ以上にしあわせだった。
けれど研究所は『最高傑作』である彼を取り戻したがった。
『施設を焼いて脱走した、危険な実験体』として指名手配した。
王に連なる政治力を用いてまで、差し出させようとしてきた。
父上も兄上も手を尽くし、アズをまもろうとしてくれた。
けれど、状況は日に日に不利になるばかり。
ついにアズは、うちを出るといいだした。
もちろん、捕まりに行くのではない。ハデにひと芝居打って飛び出して、ほとぼりが冷めたらこっそり戻ってくる作戦だとアズは言った。
それよりは、一緒にいこう、と俺は言った。
うちを出て、拠点を定めず救済活動をすることにすればいいじゃないか。
アズはそれを断った。
挙げられた理由はどれも的確で、説得力があった。納得しないわけにはいかなかった。
だから俺は頼み込んだ――約束してと。
絶対、絶対に、目立つようなことはしないでと。
この町で困ったことがあっても、俺たちで何とかするから、おまえはぜったい、人目につかないで、と。
けれどそれが、まずかったのだ。
その数日後アズは、『義賊』としての一歩を踏み出してしまった。
歴史どおりのいきさつで。
すなわち、大店の店主に乱暴な扱いをうけた子供たちを見て。
俺は即日王都を駆け回った。なんとかみつけたアズに、どうしてとつめよった。
返事は『町のことには干渉するな』とめっちゃ言われるから逆に気になった。
それで、三倉のマーケットを偵察してたら……ということだった。
俺の説得が裏目に出たのだ。
かといって、このまま捨て置くことは出来ない。必死で訴えかけた。たのむから、目立つ真似はもうやめてくれと。
このままいけば、身に覚えのない罪を着せられ、本当の悪の道へと追いこまれるんだと。
アズは笑ってとりあわなかった。
――そんなことを幾度か繰り返し、数ヵ月後。
俺の知る歴史と同様、アズは反乱の濡れ衣を着せられた。
幾多の騎士や兵士が、彼一人を探し回り、襲い掛かった。
アズは毎回圧倒的な強さで返り討ちを続けていたが、それもいつまで続くことか。
俺は、和睦を上奏した。
すると俺が、王に扮してアズを説得することになった。
そう、これも、歴史どおりに。
* * * * *
巨大な鏡に映る俺は、いつにもまして子供じみていた。
小柄な俺の体格では、第二王子殿下の装束でもまだちょっと大きすぎたのだ。
どこか狩衣にも似たデザインのため、袖をまくるわけにも行かず、まるっきり上の子の晴れ着を無理に着せられた子供のようだ。
いやいいんだ、そんなのはどうでも。
これも、資金の足しにと殿下から頂いたもののひとつ。似合うかなんて、どうでもいい。
鏡ごし、自分をにらんで、気合を入れた。
ドローイングルームの扉が開けば、かつて見た光景が広がっていた。
アズは豪奢な椅子にふんぞりかえり、お茶とお菓子を満喫していた。
俺を見てフリーズしたのち、ぶふっと派手に吹き出した。
「おー、アンタサマが偉名王へーかー!
ンだよ、まるっきり俺の知ってるかわいこちゃんみてーだなおい!
いーぜ、おまえのオハナシきーてやろーじゃん! ほら……」
もとの歴史では、ここでアズは、俺の説得を笑い飛ばして拉致ろうとする。
しかしその時、陸也兄上の機転でスパイにスカウトされ、ユキマイに留学。
サクレア王の側近を手にかけて、戻れない道へと進むのだ。
だが、それを逆手に取れば。
「アズ、俺と行こう!」
俺は、アズを説得しなかった。
その代わり、前ふりなしにアズの手を取った。
――アズを鎮めるための人身御供を装って、アズを連れ出し、そうして静かに暮らす。
それが俺の作戦だった。
アズの手配書が回るまえに、七瀬のみんなには事情を話してあった。
七瀬の神からの神託といえば、家族以外にもすんなりと話は通った。
俺は『七瀬の七番目』。人の世で最も、神に近いとされる存在のひとりだからだ。
すでに、領内に住居は手配してあった。辺境に近い、質素ながら住み心地のいい家だ。
王を説得するのも簡単だった。
三日めの夜明けには、彼はすでに参っていた。
寝る間もなしに上がる報告のたび、みるみる磨り減っていく王の威信、つみあがる内戦レベルの損害額。
それを多少の悪評と助成金に取り替えられると聞けば、彼は飛びついた。
すなわち、イケニエのお姫様と、毎月の貢物をさしだして、悪竜を田舎に引っ込める。
俺が差し出したそんなプランを、二つ返事で飲んだのだ。
そうなれば、緊急御前会議も楽勝だった。
王都を辞したアズへの不干渉、そして国庫からの給付金の支出は、満場一致で可決された。
王国の平穏のために、必要なことです。けちなまねをすれば、輝かしき王都がまた同じことになりますよ。
いえ、僕ではございません。陛下が、そのようにおぼしめしておいでなのです。
もちろんあの者の元には僕が参ります。七瀬の神の恵みを受けしこの身をもって、かならずや悪竜の化身を鎮めてご覧に入れましょう。
そう、笑顔で言えば、だれも反対はしなかった。
俺はアズをひっぱって偉名宮の外へと走りつつ、意気揚々とこう告げた。
新しいうちを確保したんだ。おまえと俺のための。いまからそこに行こう。
この状況を利用させてもらって、国王陛下と交渉した。
俺たちが新しいうちで静かに暮らす限り、もう干渉しないと約束させた。
だからもう、あんな戦いをする必要はないんだ。
お金も、もうアズが奪って、ばらまかなくていい。
生活費込みの資金援助をとりつけたんだ。
これからは、毎月給付される資金や、それで買った物資を使えばいいんだ。
だから、俺と行こう。
そしてまた、一緒に楽しく、静かに暮らそう。
「は?」




