STEP2-3 新たな盟友~梓の場合~
「ぉ……ストップこれマジ痛いわ……
アズール、それタンマ! それはやめよう、痛いから!!」
「へ……?」
此花は目じりに軽く涙をにじませストップをかけてくる。
俺がぼーぜんとしてると、さらに距離を詰めてくる。
「って、もう真っ赤だぞそのおでこ……
ちょっと治すからな、痛そうだから」
「は……っ?!」
何てことないようにのたまうや奴は、俺のひたいに手を触れた。
まず感じたのは、さきほど俺の額を受け止めた指の、柔らかさとぬくもり。
ついで、あたたかさと清涼感を伴うここちよさが、じんじんとした痛みを拭いはじめる。
たとえるならば、よく晴れた日に芝生に寝転び、そよ風に吹かれたときのあの感覚――
「い、いやちょっ、待っ! 離れ……」
流されかけたところで、しまったと身を引いた。癒しのチカラなんて、サクレアの力そのものもいいとこだ。しかも、直に手を触れて流し込まれたりしたら!
しかしとうの此花は、きょとんとした顔でのたまった。
「え? 悪い、もう治しちまった。
いや、だいじょぶだろ、接触禁止ったってやむをえぬ場合を除く、なんだし。
目の前でんな痛そうなカッコしてられたら充分『やむをえぬ場合』だし、サクも怒ったりしないって」
「いやいやいや……そうじゃなくってだなー……
まだ俺ンなかにあの狂気が残ってたらどーする気だよっ! またイカレてお前にひでえことしようとすっかも知れねえんだぞっ!!
っつーかいま見たんだろお前、俺がお前にひでえことするとこ! それでなんでそんな風にできるんだよ!!」
「あー……いや。なんかもう、吹っ飛んじまったというか……」
すると此花は、気まずそうな顔で、ぽりぽりと頭をかいた。
かと思うと俺に向き直り、逆に両手をついてきた!
「つか、俺がしたんだよ、ひでえことは。
すまないアズール。お前をグレさせちまった。せっかくロク兄さんが信じて託してくれたのに!
俺、前にナナっちの記憶の中で見たんだ。前世のロク兄さんが俺のこと、優しくて徳が高い神王さまだから、きっとお前を優しい男にしてくれるはずっていってたの。
なのに俺はそれどころか、チョロさ全開でぜんぜん、お前のためになってやれてなかった。
あのときだってボケッとしすぎてたんだ、神のクセにあっさりやられるとか。
その結果、お前をそんなに追い詰めた。
本当にすまなかった。本当に!!」
「いや、だから……そもそも俺がクソヤロウじゃなければよかったわけで……」
「でも俺神だしっ!」
「けど俺のがおとなだからっ!」
「おふたりとも」
と、優しい手が俺の背中に触れた。
水辺の風のような安らぎが、俺の中に吹き込んでくる。
そいつは俺のなかのわだかまりを、優しく洗い流していく。
それは此花も同じだったよう。
「ルナさん……」
「それでは第三者であるわたくしが申し上げますわ。
おあいこです。
おふたりともに非はあった。
だからここからは、手を取りあって変えてゆけばよいのですわ。
――どうかお手伝いさせてくださいませ。
全能の『御座』に仕えし身でありながら、あの頃あなたがたを救えなかった、弱くおろかな巫女の償いのためにも」
そんなふうに諭されて、俺たちなんかよりぜんぜん年下の女の子に頭なんか下げられちゃ、言い合いなんかしておれない。
けど。
「……いい、のか?」
「ああ。
心配すんなよアズール。
お前はもう、あんなことはしないよ。だって、それしたらナナっちが泣くだろ?
それに俺も、もう素直で優しい『サクレア』じゃない。どっちかっつーとひねくれた“お人悪し”の『此花咲也』だ。
お前が今更悪巧みしたって、倍返しで叩きなおしてやるって!」
ニカッ、と――あきらかにサクレアとはちがう、やんちゃな笑いを――見せると、奴は再び手を差し出してきた。
こんどは、握手のかたちで。顔には、明るい微笑みをたたえて。
「それでも不安なら、一緒に変えちまおうぜ、その過去をさ!
そうすりゃなーんも心配なし。お前が罪悪感持つ必要だってなくなるんだ。
お前たちもそのためにここにきたんだろ。だったら俺たちも混ぜてくれよ。な?」
「過去の改変がかなえば、サキさんとお兄さまも楽になれます。
わたしたちの目指す先はひとつ。でしたら、力を合わせてゆけるはずですわ。
それにね梓さん。サキさん、赤派のお友達がもっとほしいって口癖ですの。
あなたならきっと、サキさんのいいお友達になれますわ!」
やつの隣でルナさんも、優しく笑いかけてくれる。
その、ひだまりのような笑顔。俺は完全に毒気を抜かれ、思わず口にしていた。
「……此花、赤なの?」
「おまえも? まじかー!!
いやお前のケータイのストラップさ、ツイブレの限定の赤だったろ? だからもしかしてって思ってたんだ!
もうさ聞いてくれよ、サクも青だしナナっちも青だし亜貴もイサも青なんだぜ? クロウのやつは隠れ赤だって判明したんだけどさ、それでもまだまだ劣勢でー!!」
「おいっ、そいつは聞き捨てならねえな!
よし帰ったら作戦会議だ! 赤の勇者はもっと評価されていいはずなんだ!」
そのとたん、此花はおにーちゃん顔負けの勢いでまくし立ててきた。
それを聞いて俺も黙ってはおれなかった。
気付けば俺たちは固く握手していた。
「まったくだ! まったくだぜアズール!!
ありがとうルナさん。こんなところで同志が増えるなんて思ってもみなかったよ!」
「ふふっ。どういたしまして♪」
心から嬉しそうに微笑む彼女は、白い小さな花のようにも見えた。
在りし日のサクレアを思い出して、なんだか胸がきゅっとした。
* * * * *
そんなわけで、俺たちは合流した。
といっても、それはなんというか奇妙な感じで……
そう、いつの間にかナビうさちゃんがここにおり、おにーちゃんたちの乗る小型飛行機が『そこにあった』のだ。
おにーちゃんたちからすれば『いつの間にか俺たちのほうがいた』つーことらしいが、ここはそーいうもんらしいので深く気にはしないでおく。
俺からおにーちゃんたちに、此花たちが仲間になってくれたことを伝え――
おにーちゃんたちは此花たちに、ナビうさちゃんのことと、こっちチームのこれまでの進捗を適度にオブラートかけて話してくれた。
ってもまあ、なにやってもダメだったということなんだが、我らが王とその婚約者はうんうんと真面目に聞いて、アイデアを出してくれた。
「よろしいかしら。
これまでの試行で行われたことは、すべて『梓さんのみから、アズールさんの思考へ干渉することのみ』で、間違いはございませんわね?」
「おお、その通りだ。
いま俺たちでできるのは、『過去の自分の思考に干渉すること』『それによって間接的に周囲を変えること』だけだ。
ナビ公によれば、おにーちゃんたちは俺たちの時代にゃ生まれてなかったから、この『ゲーム』の『プレイヤー』にはなれないんだと。だよな、ナビ公?」
「その呼び方以外には同意だよ」
ナビうさちゃんはそういってふん、と鼻を鳴らす。
しかもこいつめ、いつのまにかルナさんにくっつくように隠れてやがる。リアルガキかお前。
ルナさんは気を悪くした様子もなく、馴れ馴れしいクソガキを優しく撫でて言う。
「やはり、そうでしたのね。
でしたら今度は、サキさんとわたしも同時にプレイヤーとして加わって、ユキマイ側からも事態に干渉してみるのはいかがかしら。
そうすればまた、別の展開がみられると思いますわ」
「俺もそう思う。
でも、ユーさんジゥさん、亜貴もひきつづき、アドバイスくれるとありがたいよ。
やっぱり『プレイヤー』になると入り込んじゃうだろ?
距離を置いてみてくれる人たちがいるのは絶対有利だからさ!」
すると一歩踏み出したおにーちゃんが、主にルナさんにむけて胸を張った――可愛い子の前でかっこつけたい心理は、どうやら末期ブラコンでも同じらしい。
「任せてよ。
そうだ、これまでの試行で『ここでサクレアとルナさんがこうしてくれてたら』っての出してみるから、参考までに見てみて。
うさちゃん、テンプレートとシーンリスト、受け取って」
「亜貴の頼みならしょうがないね」
ナビ公がおにーちゃんに呼ばれ、ふたりがおでこをくっつけるや、『御座の間』の空中にずらっとサムネイルが浮かんだ。
まるで、某人気動画サイトの再生リストがそのまま召喚されたかのよう。なんともSFチックな眺めだ。
素直な此花とルナさんは身を乗り出し、感嘆の声をあげた。
「おお! すげーな亜貴!!」
「『御座』の機能をこんなに……
ほんとうにすごいですわ。わたしでも、こんなことできなかったのに……!」
「俺の力じゃないよ、ルナさん。
現代人の俺たちには、古代にはなかった知識がある。
この世界を生きるモノたちが、営々と積み上げてきた知恵が。
だから『こういうことができる』て考えられて、それを願いにすることができるんだ。
本当にすごいのは、こんなリクエストにも即応できる『御座』のほうさ。
一体誰が作ったんだろうね、こんなとんでもないもの。ね、うさちゃん?」
「君にわかんないわけがないと思うけど。
ま、僕の頭を撫でる口実として、受け入れてあげるよ」
ナビ公のやつめ、減らず口ぶっ叩きつつもまんざらでもない様子だ。おい。
俺がモフった時にはむこうずね蹴ってきやがったのに。
「なんでおにーちゃんにはお前甘いんだよ……」
「君、そういうほうが好きなんだろ?
現にシィやサキや奈々緒を認めた時だって」
「えっ」
俺は絶句。此花も絶句。室内がなんともいえない空気になった。




