STEP2-2 どうしようもない大馬鹿野郎~梓の場合~
2019/07/03
脱字修正いたしました。
忌まわい→忌まわしい
表現を修正しました
イカれた→イカレた
あの頃をくりかえし、異なる選択をしては、望まぬ結果に直面する。
タチのわるいことに、これはガチに『ゲームだが、遊びじゃない』。
ハッピーエンドが本当にあるかすら、わからないシロモノだ。
諦める気などなかったが、果ての見えない繰り返しは、ずっしりとした疲労をもたらした。
悪いが一旦休憩させてくれ。外の空気を吸ってくる。そう言って『御座の間』を出た俺は、そこでへんな声をあげそうになった。
俺たちがやってきた通路――のはずのそこは、またしても『御座の間』。
その玉座の側には、抱き合って泣いてる此花とルナさんがいた。
此花は、何度もしゃくりあげながら話していた。
俺が最初に『狂った』時のことを。
「そんなの間近で見ちまったらっ、誰だっておかしくなるに決まってるっ。
おれの……おれのせいなんだ。
みんな、おれのせいだったんだ。
あの子は……アレクは優しいから、ちがうと言ってくれたけど!!
でも、ほんとは、ほんとは……」
「違う!」
俺は声をあげていた。そう、そいつはとんだ誤解だ。
踏み出せばブーツがカツンとなって、二人は同時にこちらを見た。
あの嫌な感覚が、ふたたび襲ってきた。
さっきなどとは比べ物にならないほど、強く。
だが俺はそのときすでに悟っていた。
俺のすべきことは、まず“これ”であったのだと。
それなしですまされることなど、ないのだと。
こみ上げるものを抑えつけ、俺は話し出す。
「違うんだ此花。そいつはお前のせいじゃない。
だったらルナさんはとっくにイカレてなきゃなんねえぞ。
サクレアにいろいろ手当てして触れていたし、蘇生していくとこも見てる。
――そいつは、俺のせいなんだよ。
俺の中にもともと、イカレた考えがあったからだ」
「えっ?!」
俺を見つめて、此花はでっかく目をむいた。
やつの腕の中でルナさんも、大きく息をのんでいる。
「俺はな。どうしようもねえ馬鹿だった。
……悪党になりたかったんだよ。
理由は実にくだらねえ……」
そう、マジにくだらない。
その理由は、『楽しかったから』だ。
「イメイの施設にいた頃は、毎ン日ひたすら退屈してた。
出される課題は全っ部楽勝でハナシになんねえ。
研究員どもも面白かねぇし、ゆきたちの輪にもなじめなかった。
だから、施設を飛び出して……
んで、まあ、……わけあってちょっとハデにやらかしたら、騒がれてよ。
それがけっこー楽しかったからいろいろしてたら、なんか勝手に義賊とか呼ばれるようになっちまって。
しまいにゃイメイ王に目つけられて、ガチで始末されかけたんだわ。
騎士だの兵士だの、めっちゃ差し向けられてよ。……
だが俺は、そんとき初めて、マジにワクワクできたんだ。
手ごたえのあるやつらと戦って。手加減ナシでぶっぱなしてけちらして。
負けた奴らはみんな、地べたから俺を睨んで『この悪党め!』とののしってきた。
ああ、サイッコーに気持ちよかったわ、ありゃ。
いうなれば『絶対優位』。あの時、俺のなかで『悪党』ってのは、そのあかしになった。
もっともっとワクワクしたい。そうだ、もっとワルになれば、きっともっとワクワクできる。
だからもっともっと悪くなろう、どうせなら世界一の悪党に。
……そう思って俺は、馬鹿なことを考えたんだよ。
世界征服、してやろうって。
なんだかんだでイメイ軍にスカウトされちまったから、まずはスパイとして、神王サクレアの心を手に入れようとした。
アホのフリしてサクレアに近づいて、よさげなとこで『鉄砲玉』をよこしてもらった」
「……それって」
奴らはあっと顔を見合わせた。
「そうだ。あのときの過激派だ。
ユキマイに押しかけてきて、俺へのヘイトスピーチやらなんやをぶちかましたあいつら。
あれは決して、偶然に来たわけじゃねえ。あくまで、俺の差し金だ。
あらかじめイメイ軍工作班にハナシをつけてあったんだ――俺がほどほどにサクレアと親しくなったころあいで、イメイ国内の夜族排斥派の過激なやつらに情報をリークしてくれと。
『もと指名手配犯、しかも夜族の俺が、きったねえ手を使って国費留学生に選ばれ、農業先進国のユキマイに輝かしくも派遣されやがった』と。
そうすりゃ、やつらはユキマイにすっとんでって差別発言ぶちかます。
心優しいサクレアが“可哀想な被差別民”をほっとくわけがない。俺はヤツに守られることで、その懐に入り込むことができる。
国内でもてあまされていた過激派どもも、異国で料理してもらえる。そう言ってな。
サクレアを殺させるつもりはなかった。それは本当だ。
死んでも生き返るなんて、知らなかったから、……」
血が煮えそうだ。身体が震えている。自分の腕に爪を立ててもまだ収まらない。
この先は、口にするのも忌まわしい。
俺は今もって最低の人種だ。『どーにもならねー敗者からの罵倒はサイコーだ』などと本気で言い放って、悦に入ることのできるような。
だが、それでもハッキリと言える。
あの頃の俺は、人ですらなかった。
それを償うためには、まずは全て、白状しなきゃならない。
歯を食いしばり、絞り出した声は、もはや自分でわかるほどにかすれ、震えていた。
「けどっ、死して生き返るお前を見て、俺は好都合とばかり邪念を膨らませたんだ。
……死んでも生き返るなら、何度でも、やってやれるって……
俺を友と慕い、守ってくれるやつを殺すとか、それも何度もとか、全くの最低最悪野郎だ!! だがあそこで俺はそれになろうって、自ら狂気に手を伸ばしちまった!!
そうすれば、もっともっとゾクゾクして、もっともっと気持ちよくなれるだろうって!!
なにもかも、俺のせいだ。サクレアのせいなんかじゃない。
『カリスマ』の効果でどうしようもなく参っちまったのは事実だ。がっ、それを悪い方向に蹴飛ばしたのはほかでもない、この俺のイカレっぷり。ただひたすらに、それだけなんだ!!!」
そして俺は、その場に両手をついた。
「すまなかった。後悔してる。いまもってクソヤロウの俺が言っても信じてもらえないか知れんが、これは本当の本気だ。
許してくれなんぞとはとてもいえねえ。だが、本当に申し訳なかったッ!!
頼む、俺の馬鹿さを、お前たちが背負わないでくれ。
そんなことになればお前たちに顔向けできない。ナナも救われない。おやじと兄貴も、いらない苦しみを負うことになる。
それだけは、それだけは勘弁してくれ!
俺は、どうされてもいい。消されたっていい。
だが、だがっ……!!」
詫びたかった。心から、懇願したかった。
何度も、床に額を打ち付けていた。
そんなことで過去も罪も消えはしない。けれど、どうしてもそうせずにはいられなかった。
しかしふいに、それまでとは違う、床より明らかに柔らかな感触が額に当たった。
驚き見れば、人の手のひら。
俺の額と、床板の間に置かれ、クッションのようにされている。
顔を上げれば、此花が手を差し出していた。
泣き出しそうな顔で、ひざをついて。本来の利き手である、左手を。




