STEP2-1 どうしようもない大馬鹿野郎~咲也の場合~
「サキ! サキ! だからちがうの、サキのせいじゃないんだってば!!
るーちゃんのせいでもないの!!
だから……おねがい……」
我に返れば、アレクが俺のひざにすがって泣き叫んでいた。
アレクの腕の中では、しっかりと抱えられた子猫がただ震えている。
俺は手を伸ばし、子猫の頭をそっと撫でた。
そして、アレクの涙を拭いてやった。
「だいじょうぶだ。……ありがとう。
たしかに、うん、きついわコレ。
サクが、見せたくないはずだ……」
俺はふたりに笑ってみせたが、声がちょっとしゃがれていた。
のどがからからで、体中きしむように痛い。目元も顔も全身も、いやな汗で濡れて冷たい。
無理もない。俺は有害図書はおろか、『未成年お断りコンテンツ』さえ見ない人種だった。
でも、大丈夫、なんてことない。
だってサクは、これを15のときに見たのだ。
そのときには当然に、サクスの記憶と精神が復活していたとはいえ。
俺はアレクの頭を撫でてこう告げた。
「でもさ、アレク。
俺は、これを死んだサクレアに丸投げはしない。
だって、サクが、抱えてくれてたんだ。未熟だった、俺のかわりに。
けれど、俺はサクにおいついた。
だから俺も、やってやる。こいつを、すすいで見せるよ。
サクがいま、そうしようとしてくれているように。
過去を変えて……なんとか、うまくやって……
サクとアズールの頭の中から、こんな『キオク』、きれいさっぱり洗い流してやる。
それが俺の、責に」
「サキさん!!」
そのときあの、高く甘く愛くるしい声が、ぱたぱたと軽い足音が俺の言葉をさえぎった。
見ればもう玉座のそばに、息を切らした彼女がいた。
ぱっと見こそアレクに似ているものの、漆黒のショートボブ、白いブラウスに短めの紺のプリーツスカートの少女。
そう、出発のときとたがわぬ姿の、今度こそホンモノのルナさんだった。
ルナさんは俺と目を合わせるや、全てを悟ったようだ。
スカートのポケットから取り出した白い、せっけんの香りのハンカチで、俺の顔を優しく拭いてくれてこう言った。
「ご覧になりましたのね。お兄さまが秘していらした『キオク』を。
とても、……つらいもの、だったのですわね。
大丈夫ですわ。わたしも、その改変、お手伝いします。
わたしも見ますわ、」
「だめだ!」
そのとき俺は、ルナさんの言葉を断ち切っていた。
あっと驚いた顔に、罪悪感が湧き上がる。
すぐに玉座を立ち、頭を下げた。
「ごめん、大声出して。
でも……」
「サキさん。
見せてくださいませ、わたしにも。
わたしも分け合いたいのです。あなたと、お兄さまと。
だれより愛するあなたたちと、そのつらさを……」
いまや、構図は逆転していた。
アレクに食い下がった俺がいまは、ルナさんに言葉を重ねられて抗弁してる。
「あれは……だめだ。あれだけは、見ちゃいけない。
たとえ、ルナさんがおとなでも、俺の人生のパートナーでも」
「サキさん……
わたし、そんなに頼りないですか?」
「そういうわけじゃ……」
「では、どうして?
スノーさん、だったら、……大丈夫なの、ですか?」
「スノーは……多分知ってる。
でも、ホント言うとそれも嫌だ。
それほどのことじゃなくちゃ、変えたいなんて、言わないよ」
それでもルナさんは、俺とアレクたちを気遣ってくれていた。
言葉を選び、声を整え、つとめて静かに問いを重ねる。
これが俺なんかなら、とっくに声を荒げてておかしくないような心境だろうに。
そんな様子がたまらなくいじらしくて、俺は彼女を抱きしめていた。
そうしつつ、俺はサクに心の中でわびていた。
サク、お前はこんな気持ちだったんだ。
あんな、いまわしい真実を心に抱いて。
何も知らずに探ろうとする俺に、その理由をいうこともできないまま、苦しい抗弁をするしかできなかった。
それでも俺は、スノーを通じて知ろうとしたから、したくもない裏切りに手を染めざるを得なかった。危険な神殿に身を投じ、歴史を変えるなんて挑戦をしなきゃならなくなった。
ぜんぶ、俺のせいなのに。
「どんな真実を見出したのか――そのことだけでも、教えてはもらえないの?」
けれど、そんな俺をルナさんは、そんなカタチで許してくれた。
俺はもう一度、愛しい少女を抱きしめた。
* * * * *
気持ちをおちつかせ、言葉を選んだ。
それをぽつり、ぽつりとつなげて、俺はルナさんにこんなことを伝えた。
まず、サクは俺に一部『嘘』を言っていた。
サクが得た『キオク』は、たしかに俺の記憶の一部ではあった――が、100パーセント俺だけのものではなかった。
すなわち、不足分をアズールの記憶で補われた、複合的な情報だった。
しかし、それがなかったならば、そこにあった真実は、決して見えてはこなかっただろう。
そしてそれはやはり、とてもとても残酷なものだった。
アズールは唯聖殿の地下で俺にいろいろなことを――時にはとてもいえないようなことをさえ――していた。
泣かせて、傷つけて。
そうして俺のなかの豊穣のチカラを、ごっそりと、命ごと、奪い取った。
そんなことを何度も何度も、繰り返していた。
当初、それは一応『手段』という位置づけだった。
地下薬草園で栽培していたご禁制の薬草を急速成長させるべく、栄養剤を得るという『目的』のための。
だが繰り返すうち、『手段』は『目的』にかわっていた。
奴は非道に溺れていた。
だがそれと同時に、怯えてもいた。
どれだけ死んでも生き返る俺を見て。
そして生き返れば、泣いた記憶も身体の傷もなにもかも吹っ飛ばして、ニコニコとなついてくる俺を見て。
自らをすらごまかしていたが、それでもずっと、怯えていた。
アズールはひどく怯えていた。
それでも、俺を手放すことができなかった。
俺のなかにひめられた力のせいだ。
恐れながらも魅了され続け、やつは壊れていった。
いつしかやつの凶行は、『俺』がもたらす恐怖に抗うためのものとなっていた。
カリスマによって魅了されてるというなら、断固抗えばいいじゃないか。そうして俺を手放せばいいじゃないか。そう思うかもしれない。
だが神の力は、人の力とは桁がちがう。人ひとりの力や意志力で、抗うことはとうてい不可能。
“偉名最高傑作の改造夜族”とはいえ、やはり人の子でしかないやつは、だからどうしようもなく壊されていったのだ。
『神の力』という名の、圧倒的な暴力によって。
だがそもそも、アズールがそんなふうになってしまったのはなぜか。いったい何が原因だったのか。
それはなんと、俺が犯したミスだった。
アズールが留学してきて一月ほどたったころ、偉名から夜族排斥派の一団がやってきた。
『アズールは偉名の都を荒らした化け物だ、やつを出せ!』そう叫ぶ若者たちを見て、俺は間抜けにもひょこひょこと奴らの前に出て行き……
あっと思ったときには、中の一人が刃物を手に快哉を上げていた。
『サクレアのサーガ』のなかでは『サクレアの最初の死』として語られている事件だ。
現場に居合わせたアズールは、なかよしの留学生としての演技からだが、地に伏した俺を泣き叫びながら抱き上げた。
そのとき俺は、人としては絶対にありえない姿――ひとたび命を失って後、見る間に蘇生してゆくさまを、やつの腕の中でさらしてしまった。
そうして俺から流れ出す『カリスマ』がやつの手に触れれば、やつの心で狂気が膨れ上がった。
つまり、被害者として語られる俺は、実は加害者。
神のくせして無自覚に、一人の「ひと」の心と、人生を狂わせ――
ユキマイに、偉名に、大陸全土に災厄を招き――
誰より俺を案じ、力を尽くしてくれた相棒に、明かせぬ苦しみを抱えさせた、どうしようもない大馬鹿野郎だったのだ。
* * * * *
いつしか俺は泣いていた。
ルナさんも、俺を抱きしめて泣いていた。
「そんなの間近で見ちまったらっ、誰だっておかしくなるに決まってるっ。
おれの……おれのせいなんだ。
みんな、おれのせいだったんだ。
アレクは優しいから、ちがうと言ってくれたけど!!
でも、ほんとは、ほんとは……」
「違う!」
かつん。聞き覚えのあるブーツの靴音とともに、これまた聞き覚えのある声が聞こえた。
よく通るハスキーボイス。だが、かつてのような、神経をえぐるガンガンとした響きはない。
御座の間の入り口に立っていたのは、どうしようもなく青ざめた、けれど口元はきっと結んで前を見る、黒いスーツのあの男だった。
後から読んだらいろいろ妙なので、塊で修正しました。すみませんm(__)m
だったらそもそも、俺を手放せばいいじゃないか。カリスマによって魅了されてるというなら、断固抗えばいいじゃないか。
↓
カリスマによって魅了されてるというなら、断固抗えばいいじゃないか。そうして俺を手放せばいいじゃないか。
アズールがそんなふうになってしまったのはなぜか。→ だがそもそも、アズールがそんなふうになってしまったのはなぜか。
そのとき現場に居合わせたアズールは、なかよしの留学生としての演技からだが、地に伏した俺を泣き叫びながら抱き上げた。
そのとき、俺から流れ出す『カリスマ』が、アズールに触れてしまった。
そして俺は、人としては絶対にありえない姿――ひとたび命を失って後、見る間に蘇生してゆくさまを、アズールの腕の中でさらしてしまった。
その瞬間、アズールのなかで狂気が膨れ上がったのだ。
↓
現場に居合わせたアズールは、なかよしの留学生としての演技からだが、地に伏した俺を泣き叫びながら抱き上げた。
そのとき俺は、人としては絶対にありえない姿――ひとたび命を失って後、見る間に蘇生してゆくさまを、やつの腕の中でさらしてしまった。
そうして俺から流れ出す『カリスマ』がやつの手に触れれば、やつの心で狂気が膨れ上がった。