STEP2-0 回想~墓前のサクス
スノーフレークスの咲き乱れる墓の前で、俺は一体、何をしていたのだろう。そう、問いかけ続けていた。
サクレアの命は、速やかに燃え尽きた。
唯聖殿からの救出後、たったの一年。
医師でもある父の見立てで判っていたとはいえ、あまりに儚い終わりだった。
けれどサクレアは、嬉しそうだった。
自らがすでに死すべき運命にあるときいたとき、ニッコリ笑ったのだ。
なぜと問うと、彼はこういった。
『だって、ぼく一人にならないですむんだもの!
これまではぼく、ずっとこわかった。
ぼくは神さまだから、ひとりでずっと長生きして、でもみんなは人間だからいつか死んで、そして、ぼくだけひとりぼっちになっちゃうんだって。
……でも、そんなことなかった。
うれしいなあ。
ぼくも死ねる。
みんなといっしょに、同じとこにいけるんだ。
あの、虹の橋の向こうのくにに』
だったら、俺が不老不死になってやる。だからお前は安心して永遠に生きればいい。
よっぽど、そういってやりたかった。
でも、サクレアは今度こそ、あまりに弱りすぎていた。
俺たちがどれだけ手を尽くしても、一日一日、確実に死への道のりをたどり続けた。
そしてサクレアの樹に薄紅色の花が咲いた日に、虹の橋へと行ってしまった。
サクレアの記憶は飛び飛びだった。かつて俺たちが殺されたことすら抜け落ちていた。
サクレアは生き返りのさいに記憶を失う。それは俺たちも知っているが――
そんなにも、生き返ったのか。死ぬような目に、遭ったのか。
俺たちがあの外道の手で殺されてから、生まれ変わり、成長して、唯聖殿に乗り込むまでの十数年、サクレアはどれだけ記憶=命を奪われてきたのだろう。
知りうるはずもない。けれど、俺は知りたかった。知らねばならないと思った。
なぜってそうしなければ、救われない。
サクレアの記憶のかけらが、蘇生の代償としてただ食い尽くされれば、そこで苦しんでいたサクレアの声は、誰にも届かないままになってしまう。
それではあまりにも救われない。
せめて俺だけは、その苦しみに寄り添ってやりたい。
そのために、俺は知りたい。サクレアの失われた記憶を。そこにあった、真実を。
『本当に知りたいか』
そのとき、はるかな高みから声が聞こえた。
振り仰げば、昼の月の方向に、『それ』がいるのが感じとられた。
「……『御座』」
『それ』は、我らユキマイの民が代々祀ってきたもの。
そのチカラを扱いきれず、もてあました馬鹿者どもの手によって、はるか空をさまよう身となった、我らが神の宿り。
どういうわけか転生して後の俺には、それがどこにあるのかいつも正確にわかった。
しかしそいつが『話しかけて』きたのは、これが初めてのことだった。
『写し身よ。
本当にそれを知りたいか』
「ああ」
俺はしかし、それに驚きを覚えることもせずに答えを返す。
そして、遅ればせながら苦笑する。
俺はここまで磨り減っていたか。最期の後すらサクレアは、幸せな笑顔をあふれんばかりに俺たちにくれていたというのに。
『知って、どうする。
封印とは人が見るべきでないものを隔離するためにある。
その意味を踏み越え、こじ開けた結果は、悲惨なものにしかならない』
いつの間にかひとりの男が、目の前に立っていた。
年のころ25位か。俺にひどく似ていたが、髪と瞳は金色にみえる。頬の小さな傷跡はない。
白の装いはぴしりと詰まった立ち襟ゆえか、軍服めいた硬い印象。
立ち姿も堂々と正しく、うちから輝くような、気高く静謐な雰囲気をたたえている。
それはどこか、サクレアと似ていたが、同時に全く違う、近寄りがたいながらもひどく懐かしい、そんなものだった。
「天、使……?」
『そう取ってもらってかまわない。
で、どうする』
「見るに決まっている!
それがどれだけ悲惨なものだって――サクレアは、それを見たんだ。
サクレア一人をだけ、苦しみのさなかに置き去りになんて俺はできない!
俺は、真実を見たい。サクレアの苦しみを分かち合いたい。
そして、それを戒めに、次こそサクレアを一生守ってやるんだ。
こんどこそ。何にかえても。誰よりもずっと、ずっと近くで……!!」
『サクレアを救わなかった『呪い』を、そして救われなかった『業苦』を、その身と心に容れると言うか。
小さき人の子と自らを認めながらも、神のそれを、受け容れると』
「もちろんだ!」
『わかった。
ヴァル=サクスの名を受けしものよ。ヒトの子としてある愚か者よ。
――汝望むままに、悔いるがいい』
男の指が額に触れたと同時に、それは始まった。
灼けつくような痛みとともに、サクレアの記憶の片鱗が、それにまつわる情報が。そしてチカラの片鱗が……
三日三晩うなされて、生還したとき俺の目は、サクレアと同じ色に染まっていた。
それを見て俺は、初めて泣いた。
俺は見てしまった。
唯聖殿の闇のなか、ひとり震え泣いていたのは、サクレアではなく、あの男だった。
否、サクレアが悪いわけではない。絶対、絶対にそんなことはない。
こんな結果を招いてしまったのは、ひとえに俺の弱さ、おろかさ、それゆえだ。
俺はそれを、けして、けして忘れるまい。
生まれ変わったら俺はそうして、だれよりもサクレアのそばで、永久にサクレアを守る。
サクレアのしあわせを奪おうとするすべてから。
すなわち、やってくる敵。そして、この残酷すぎる真実から。
たとえばそのために、誰かを――そう、サクレア自身をさえ、欺いてでも。