STEP1-4 Cats in the Cage~咲也の場合~
「……亜貴たちは、アズールのへやに。
ここは、きみのへや。
まだ、他の子たちに会う段階じゃないから、ボクたちが用意した、きみのための『御座の間』だよ。
ようこそサキ。『御座の間』へ」
見れば見るほどそっくりだ。
穏やかに語るその子は、まるっきりルナさんだった。ただし、中学にあがった頃くらいの。
優しく、可愛らしい顔立ちに、小柄で華奢な体つき。
白いシンプルな貫頭衣をまとって、みずみずしいあしもとは、はだし。
しかしそれがかえって、その子を神聖なものに見せていた。
それはまるで、スノーが花菜恵として、俺たちの前に現れたときのようだった。
もちろん違いは多々あった。
くせのない、さらさらとつややかな黒髪は、鎖骨くらいの長さ。
小さな頭には、白地に若草ポイントの被毛を有した、一対の猫耳が生えている。
同じカラーリングをしたしっぽも、腰のうしろからフリフリのぞく。
そしてその目は、俺とまったく同じ、黒に近い深緑だった。
「えっと、……きみ?
もしかして、サク、レア……?」
そう問えば、少女のような少年はこく、とうなずく。
「だいたい、うん。
正確には、きみの似姿。この子は、るーちゃんのね。
ここは、ボクたちは、君のためのユーザーインターフェースとして概念の海から『抽出』され、提供されたものだよ。
つまりはトロンが君の望みをきくため、用意したナビゲーター。
……うん、ほんというと、やめてほしいっておもってるけど。
ともあれ、まずボクたちに名前をつけてくれる? そのことで君に問い、問われるものとして、存在が定着するから」
俺はこの子の言ってることを、正しく理解できてるか? 完全に、と言い切る自信まではない。
しかし、彼らが俺のナビ役をしてくれる、決して敵ではない存在で、なんか俺のことを心配してくれてるっぽい、ということはさすがにわかった。
「あー、うん。とりあえず、了解。
じゃあ、そうだな。ふたりはなんて呼ばれたいんだ?」
「えっ?
いや、ボクたちにはそういったことは……」
「『ほんというとやめてほしいって思っ』たりするのにか?」
「……もうっ。
そんなふうにいうから、YUIもきみをすきに……なんでもない、わすれて!」
「えっ」
人間くさくぷるぷる、と頭を振ると、少年はまっすぐに俺を見上げた。
腕のなかの子猫を、あやすように抱えなおして。
「『アレク』。
ボクは、『サクレア』の鏡うつしでできたものだから、それがいい。
るーちゃんは、るーちゃんのままでいいって。
ダメ、つれてかえれないからねっ。『ボクたち』はあくまでキミの声の反響だ。
だからこそ、いうんだけど……
このまま、かえってくれない?」
「えっ?」
二度目の『えっ』に返されたのは、真剣そのものの瞳と、おそろしいほどに正確な俺の行動予測、そしてそれへの否定の言葉だった。
「……キミは、こういうよ。
『サクがなんだか、すっげー苦しんでるんだ。
いいかげん、助けてやりたい。
そのためにまず、やつが抱えてしまった秘密を、おじさんが言っていた『キオク』を、俺も知りたい。サクの悩み苦しみを、分かち合ってやりたいんだ。
きっとそれは、アズールを救うことにもつながるんじゃないかと思う』って。……
うん、ご明察。たしかに、それは『正解』への第一歩だ。
けど、ふたりはそうされることを望まない。
――そうだね、アズールのほうには亜貴とナナキがいる。ここは、サクのことに話を絞ろう。
サクは、ほかのひとたち、とくに君には『それ』を、絶対に見せたくないって思ってる。
信頼するご両親にも肝心のところは伏せ、君とスノーの事は、あんなふうに『裏切っ』てまで。
そうまでして守ろうとしてる『パンドラの箱』をむりにこじ開ければ、サクがむしろ苦しむことになってしまうんだよ。
それは、わかってるよね?」
俺はただ、率直に返す。
「ああ。それはもちろん、苦しいだろうな。
でも、このまんまにしておいてもどうにもならない。
そう思ったからこそ、サクは自分のなかの『箱』をふたたび開けに、ここに来たんだろ。
やつは、夜明けまでに戻らねば救援を、とルナさんに言い残してる。
俺たちは、その意を受けてここに来た。
やつをぶじに連れ帰るためには、やつの手助けをしてやらないわけにはいかないんだ。
そしてそのためには、やつの苦しみの根源である『キオク』を知らなきゃどうにもならない。
『キオク』は俺がアズールに殺された『かもしれない』ときのことだ。そうだろ?」
そして、さらなる問いを投げかけたが、それにも肯定ではないこたえが返された。
「ゆきお姉ちゃんはいってたよね。
『アズールは神殺しの罪を犯した』。
そして、『そこに解くべきなぞはない』って。
そしてアズール本人も、その『罪』を受け入れている。
それでは納得がいかないの?」
だが、むしろそいつで俺は、確信を得た。
「ああ。
ゆきさんはふたつめの言葉、すごく言いたくなさそうだった。つまり『本当はそこにつかめる真実がある』んだよ。それを、『なんかの理由で隠さざるをえなかった』。
そして今お前が言った。
『そしてアズール本人も、その『罪』を“受け入れて”いる』と。
つまりアズールは、ひとりですべての真相をひっかぶるつもりでいる。ゆきさんも、それをわかってて、それを支持せざるをえなくなっているんだ。
けど、そんなじゃ救われなさすぎだろ。奴は確かにいろいろひでえことしたかもしれないが、だからって何もかも引っかぶるのは――それに甘えてなにもかも、押し付けるのはおかしいんだ」
ついに、アレクは沈黙した。
俺は静かにたたみかける。
「サクは、アズールのことが大っ嫌いだ。だけど、そんな責任転嫁をするまねは、もっともっと嫌いなはずなんだ。
なのにそうしているということは、それよりも重い理由があるんだよな。
――俺、だろ。
ことの真相は、俺をひどく傷つけるものなんだ。
それはつまり……」
「……うん。
サキ。そこまでわかったら、もういいでしょ?
君は望む確信を得た。もう……」
アレクは懇願する調子で俺を見上げる。
胸が痛んだ。けれど、やらなきゃならない。
なぜって、そうしなければ俺はまた、籠のなかの子猫に逆戻りなのだ。
サクという大きな存在に守られ、何も知らずにミーミーと鳴いているだけの。
俺はひざをつき、アレクを見上げて訴えかけた。
「わるいけど、だめなんだ。
俺は『見』たいんだ。あいつの中に巣食い、あいつを苦しめている『キオク』が、どんなものかを。
ホントの意味で分かち合いたいんだ。
だって、あいつはそうしようとしてくれた。
俺が死んだあと墓の前でそう祈って、手に入れたんだろ。俺のチカラの片鱗と、俺のものだったはずの『キオク』を。
でもそれは、本来俺のものなんだ。サクに押し付けるべきものじゃない。
もしもそれが封印されるべきものならば、なおのことそれの扱いをサクに押し付けるわけにはいかないんだ。
俺は――あいつの神で、相棒で、親友だから!!」
アレクは目を伏せ、ふるふると首を振った。
けれどその様子は、彼が俺の望みを受け入れたということを示していた。
「……うん。いろいろと、訂正すべきことはあるんだけど、……
わかった。でも、知りたいなら、最後まで見ることになるよ。
お願い、壊れないで。嘆かないで。
きみのせいでも、るーちゃんのせいでも、これはないことなんだから……!!」
やるせなそうな表情で子猫をぎゅっと抱き、泣き出しそうな顔のアレク。
アレクは震えていた。子猫もまた、震えていた。
俺はふたりをもろともに、ぎゅっと抱きしめる。
そして、そっと癒しのチカラを流した。
「だいじょぶだ。
はじめてくれ。
……あくまで俺が望んだことだ。気に病まないで」
けれど、玉座に導かれた俺がみたものは、確かに俺をどん底に叩き落した――――




