怪物の名
怪物と呼ばれていた少年が出会った少女と女性。
それは少年にとって大きな変化をもたらした。
暗闇の中、聞こえてくる。
銃声、破裂音、怒号、悲鳴…。
どれも聞き慣れている音。
どれももう聞きたくない音。
暗闇の中、少年は耳を塞ぐ。
生きるために仕方がない。だけどもう聞きたくない!でも死にたくない!
暗闇の中、少年は震える。
痛いのは嫌だ。苦しいのは嫌だ。死ぬのは嫌だ。だから周りを壊すしかない。
でも、そんなこともうしたくない。
音をかき消すように少年は暗闇で叫んだ。
「アァァァァァァァ!!」
叫びながら飛び起きた怪物が目にしたものは誰かが住んでいる住居の様子だった。
暖かな陽の光が窓から差し込む部屋の中には椅子や机、本棚がある。
間を置いて、怪物は自分がベッドの上に寝かされていることに気がつく。
怪物の身体には包帯が巻かれている。
誰かが治療をした痕跡があった。
「………………。」
そして怪物はある視線に気づく。
ベットの傍らでじっと怪物を見ているモノがそこにいた。
「……オマエ…ハ?」
怪物は何とか自分がわかる言葉で話す。
「…………弥生…。」
「オマエ……ヤヨ…イ?」
怪物は目の前で此方を見続けている小さな少女に尋ねる。
「そう…弥生。」
怪物と少女はジッと互いを無言で見つめていた。
「おっ?坊主!起きたか!!」
唐突に沈黙が破かれた。
「坊主!どっか痛むところはないか?」
部屋の中に入ってきたのは怪物を投げたあの狐面の女性だった。
「オマエハ!」
怪物はベッドからはね起きようとした。
いや、したかった。
「ウゥ…ウグゥ……。」
「コラコラ。ムリはするなよ?坊主はまだ完全には治ってないんだよ?」
怪物は痛みにうずくまる。
それを窘めるように女性は静かに諭す。
「大丈夫。別に坊主を虐めたりはしないよ。」
狐面の女性は優しげに語りかける。
「ここにお前を虐めるやつはいない。だから心配しなくてもいい。」
そう言いながら背中をさする。
「私の名前は睦月。ただの隠居の世捨て人。坊主の名前は?」
背中をさすりながら怪物に訪ねる。
だけど怪物には名前がなかった。
「……ナマ…エ?」
「おや?名前がないのかい?」
睦月はキョトンとしていたがすぐに思いついたかのように告げた。
「分かった!じゃあ私が付けたげるよ!」
明るい口調で睦月は話す。
「じゃあ…坊主の名前は……。」
睦月が首をかしげながら考える。
「日向なんてどうだい?」
「ヒュウ…ガ?」
「そっ!日向!!」
睦月の声色は明らかに高くなっている。
「日向水木っていう花の名前から取ったんだよ。我ながら中々いいセンスだと思うんだけどなぁ。」
「ドウシテ…ソノハナ?」
「ん?だって…。」
睦月は高い声色のまま続ける。
「弥生が日向を見てたからだけど?」
そう言うと睦月は突然、弥生の方を振り向いた。
「……っ!?」
突然のことに弥生は驚いた様子でビクッと身体を震わせると一目散に部屋から出ていった。
「あらら…。驚かせちゃったかぁ…。」
睦月は頭を掻く。
「あの子…坊主が眠ってる間ずっとそばに居たんだよ?あの子にしちゃ珍しいことでね。今までそんなことなかったんだけどねぇ。」
「………?」
日向はよく分からないという表情のまま首を傾げた。
「まぁ!いいや!とにかくおいで!お腹減っただろ?」
そう言うと半ば強引に睦月は日向の手を引きながら部屋を出た。
「ほい!座りな!」
勧められるままに日向は椅子に座らされる。
「もうすぐ出来るからね〜。」
そう言いながら睦月は何処かに向かう。
「……よし!お待たせ!」
戻ってきた睦月の手には大きめのお皿に盛り付けられた大量の食事があった。
その後ろには先程部屋から出ていった弥生がオドオドしながら着いてきている。
「ほら!弥生も座りな!ご飯にしよう!」
そう言われた少女はしずしずと椅子に腰掛けた。
「日向!あんた好き嫌いはあるかい?」
日向は首を傾げる。好き嫌い?それは何?
「なさそうだね。よしっ!」
そう言うと睦月は料理を机に置いた。
「遠慮せずに食べな!」
そして料理を勧めた。
しかし、少年は手をつけない。
「おや?食べないのかい?」
睦月は日向の様子を見て首をかしげたあと、気づいた。
「あぁ…なるほどね。」
そう呟くと日向の目の前にある料理を1つ手に取り、お面の口元のみをズラし、目の前で自分の口に放り込んだ。
「……ほらね?毒なんか入ってないよ。」
わずかに見えた口元は優しげに微笑んでいる。
そしてそれを見た日向は恐る恐る料理に手を伸ばし、1つを口に運んだ。
「…………。」
口に運んだ料理を無言で咀嚼していた少年は間髪入れずに料理を頬張った。
「………ウゥ……」
口いっぱいに料理を頬張る少年の頬にはいつの間にか大量の涙が伝っている。
「おいおい!?どうしたんだい?そんなに美味くなかったかい!?」
突然のことに睦月は驚きを隠せていない。
「……ウゥ…ウゥァァァァ……」
泣きじゃくる日向の顔は既にグシャグシャになっている。
日向にとって、こんなに美味しい食事は初めてだった。
こんな暖かな涙は初めてだった。
「……大丈夫。日向……。」
泣きじゃくる大きな少年の頭を小さな少女は優しく撫でていた。
拙い自己満足物語の続きを読んで下さりありがとうございます。
それぞれのキャラクターの名前には一応の意味があります。
その意味についてはご想像にお任せします。
短編で収めるつもりですがまた付き合って頂けたらと思いますのでよろしくお願いします。